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18日目③
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人間というのは不思議なもの。急に予想外の行動を取られると、乱れた感情が途端に冷静を取り戻す。かく言う私も人間なので、じわりと浮かんだ涙が嘘のように引っ込んでしまった。
でも潤んだ瞳はそう簡単に乾いてくれず、レオナードは懐から私にハンカチを差し出しながら口を開いた。
「聞いてくれ」
そう言ったレオナードの瞳は真剣そのものだった。思わずハンカチを受け取って、こくりと頷いてしまう。そうすれば、眼前にいる彼はほっとした様子で息を吐いた。けれど私に向ける眼差しは、ひたむきなまま。
ただ、彼は車内で膝を付いている。話は聞くけど、まずは互いに座席に腰かけた方が良いのではないかと思う。けれど、それより前にレオナードが口を開いてしまった。
「私は、君をダシに使ってアイリーンに会うことに対して、とてつもなく罪悪感を感じている」
「そうなの?」
「ああ。それはもう。夜会への同席を頼んだことよりも、もっと深く感じている」
「………………私は、夜会の方が罪悪感を感じるべきだと思うわ。特にあなたのお母様の一件については、特に」
「うっ、た、確かにその通りだ。………い、いや待ってくれ。今その話を始めてしまったら、大幅に脱線してしまう」
「言い出したのはあなたよ?レオナード」
「………………そうだったな」
レオナードの表情が真剣なものから、微妙なものに変化した。そして膝を付いたまま、片手で顔を覆ってしまった。そして、あぁとか、うぅとか言葉にならない声を発している。
「ねえ、レオナード。もしかして、ずっと不機嫌だったのは、罪悪感を隠そうとしていたからなの?」
このまま苦悩の底に沈んでしまいそうな彼を見兼ねて助け舟を出せば、しばらくの間の後、彼は小さく頷いた。
その仕種はまるで、悪戯が見つかった子供がようやっと観念したかのよう。怒りとか憤りとか色んな感情を飛び越えて、私は声を上げて笑ってしまった。
「ふふっ、そんなことだったのね。可愛いわ、レオナード」
「………………ミリア嬢、そこは笑うところじゃないだろう」
指の隙間から覗かせたレオナードの表情が呆れたものだったので、思わず首を傾げてしまった。
「え?じゃあ怒れば良いの?」
「まぁ、笑うか怒るかしか選べないなら、怒るべきだな」
「………………レオナード、あなた大丈夫?」
そう問いかけながら、恐る恐る私は彼の肩に触れ、そのまま軽く揺さぶった。
契約違反になってしまうなと思ったけれど、レオナードはそれを咎めることはしないので、私も気付いてないという体で言葉を続けた。
「私、さっき怒ったじゃない」
「いや、そういう種類のものじゃないんだ」
何故だかわからないけれど、私をジト目で睨むレオナードに、じゃあ何のジャンルだと、にじり寄りたくなる。
本当に今日のレオナードは的を得ないことばかり口にしてイライラする。でも、まぁ.........一度声に出して笑ってしまった以上、もう怒ることはできないし、私が今、一番彼に伝えたいのはこれだけ。
「まったくもう、それならそうと早く言ってくれれば良いのに」
言えるかよ。レオナードはまたぶすっとした表情でそう吐き捨てた。ん?また、同じことを繰り返したいのか?コイツ。
一度は治まった怒りが再びふつふつと湧き上がる。けれど、私がレオナードを床に張り倒す前に馬車が静かに停まった。一旦小休止をして、私は馬車の窓に目をやれば、見慣れた景色が視界に飛び込んできた。
「あれ?ここ私の屋敷じゃない」
「そうだ。今日はこの荷物だ。さすがに私だけでは運べないから、アイリーンの住居まで馬車を乗り付けることになるからな。そうなれば帰宅する君の馬車がなくなってしまうから、先に君を送ることにした」
そう言いながらレオナードはようやっと顔を上げた。けれど、まだ膝を付いたまま。いい加減向かいの席に座ればいいのに。でもそれを口にする前に、言いたいことがある。
「だからといって、別にわざわざ遠回りしなくても…………この前のように直接アイリーンさんの元に向かえば良かったのに。あ、もちろん私はその辺の辻馬車を拾って帰るつもりだったのよ」
ちょっと肩を竦めてそう言えば、途端に、レオナードは不機嫌な顔になった。
「前にも言ったが私は、君を整備されていない石畳を歩かせるようなことはしない。それに、アイリーンのことで君を蔑ろにするつもりもない」
「いや別に、そこまでお気遣い頂かなくても…………」
「嫌だ。これだけは、譲らない」
これだけって…………レオナードは気付いていないのだろうか。なんだかんだと、彼は結構強情で譲らないものがたくさんあることを。
呆れた感情が隠しきれなくて溜息を付けば、レオナードは何故か再び真面目な表情になった。
「ミリア嬢、明日も会ってくれるか?」
「は?」
レオナードのその言葉に、きょとんとしてしまった。
「会ってくれるよな?」
なぜか前のめりになって、再びレオナードは念を押してくる。あと、妙に口調が男っぽい。でも今はそこは突っ込むところじゃないだろう。
「ええ。当たり前じゃない」
わざわざそんなことを聞いてくるレオナードに、少しイラッとした。けれど、今日やっとレオナードの笑みを見ることができて嬉しかった。
でも潤んだ瞳はそう簡単に乾いてくれず、レオナードは懐から私にハンカチを差し出しながら口を開いた。
「聞いてくれ」
そう言ったレオナードの瞳は真剣そのものだった。思わずハンカチを受け取って、こくりと頷いてしまう。そうすれば、眼前にいる彼はほっとした様子で息を吐いた。けれど私に向ける眼差しは、ひたむきなまま。
ただ、彼は車内で膝を付いている。話は聞くけど、まずは互いに座席に腰かけた方が良いのではないかと思う。けれど、それより前にレオナードが口を開いてしまった。
「私は、君をダシに使ってアイリーンに会うことに対して、とてつもなく罪悪感を感じている」
「そうなの?」
「ああ。それはもう。夜会への同席を頼んだことよりも、もっと深く感じている」
「………………私は、夜会の方が罪悪感を感じるべきだと思うわ。特にあなたのお母様の一件については、特に」
「うっ、た、確かにその通りだ。………い、いや待ってくれ。今その話を始めてしまったら、大幅に脱線してしまう」
「言い出したのはあなたよ?レオナード」
「………………そうだったな」
レオナードの表情が真剣なものから、微妙なものに変化した。そして膝を付いたまま、片手で顔を覆ってしまった。そして、あぁとか、うぅとか言葉にならない声を発している。
「ねえ、レオナード。もしかして、ずっと不機嫌だったのは、罪悪感を隠そうとしていたからなの?」
このまま苦悩の底に沈んでしまいそうな彼を見兼ねて助け舟を出せば、しばらくの間の後、彼は小さく頷いた。
その仕種はまるで、悪戯が見つかった子供がようやっと観念したかのよう。怒りとか憤りとか色んな感情を飛び越えて、私は声を上げて笑ってしまった。
「ふふっ、そんなことだったのね。可愛いわ、レオナード」
「………………ミリア嬢、そこは笑うところじゃないだろう」
指の隙間から覗かせたレオナードの表情が呆れたものだったので、思わず首を傾げてしまった。
「え?じゃあ怒れば良いの?」
「まぁ、笑うか怒るかしか選べないなら、怒るべきだな」
「………………レオナード、あなた大丈夫?」
そう問いかけながら、恐る恐る私は彼の肩に触れ、そのまま軽く揺さぶった。
契約違反になってしまうなと思ったけれど、レオナードはそれを咎めることはしないので、私も気付いてないという体で言葉を続けた。
「私、さっき怒ったじゃない」
「いや、そういう種類のものじゃないんだ」
何故だかわからないけれど、私をジト目で睨むレオナードに、じゃあ何のジャンルだと、にじり寄りたくなる。
本当に今日のレオナードは的を得ないことばかり口にしてイライラする。でも、まぁ.........一度声に出して笑ってしまった以上、もう怒ることはできないし、私が今、一番彼に伝えたいのはこれだけ。
「まったくもう、それならそうと早く言ってくれれば良いのに」
言えるかよ。レオナードはまたぶすっとした表情でそう吐き捨てた。ん?また、同じことを繰り返したいのか?コイツ。
一度は治まった怒りが再びふつふつと湧き上がる。けれど、私がレオナードを床に張り倒す前に馬車が静かに停まった。一旦小休止をして、私は馬車の窓に目をやれば、見慣れた景色が視界に飛び込んできた。
「あれ?ここ私の屋敷じゃない」
「そうだ。今日はこの荷物だ。さすがに私だけでは運べないから、アイリーンの住居まで馬車を乗り付けることになるからな。そうなれば帰宅する君の馬車がなくなってしまうから、先に君を送ることにした」
そう言いながらレオナードはようやっと顔を上げた。けれど、まだ膝を付いたまま。いい加減向かいの席に座ればいいのに。でもそれを口にする前に、言いたいことがある。
「だからといって、別にわざわざ遠回りしなくても…………この前のように直接アイリーンさんの元に向かえば良かったのに。あ、もちろん私はその辺の辻馬車を拾って帰るつもりだったのよ」
ちょっと肩を竦めてそう言えば、途端に、レオナードは不機嫌な顔になった。
「前にも言ったが私は、君を整備されていない石畳を歩かせるようなことはしない。それに、アイリーンのことで君を蔑ろにするつもりもない」
「いや別に、そこまでお気遣い頂かなくても…………」
「嫌だ。これだけは、譲らない」
これだけって…………レオナードは気付いていないのだろうか。なんだかんだと、彼は結構強情で譲らないものがたくさんあることを。
呆れた感情が隠しきれなくて溜息を付けば、レオナードは何故か再び真面目な表情になった。
「ミリア嬢、明日も会ってくれるか?」
「は?」
レオナードのその言葉に、きょとんとしてしまった。
「会ってくれるよな?」
なぜか前のめりになって、再びレオナードは念を押してくる。あと、妙に口調が男っぽい。でも今はそこは突っ込むところじゃないだろう。
「ええ。当たり前じゃない」
わざわざそんなことを聞いてくるレオナードに、少しイラッとした。けれど、今日やっとレオナードの笑みを見ることができて嬉しかった。
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初めまして、茂栖もすです。このお話は10:10に更新しています。時々20:20にも更新するので、良かったら覗いてみてください٩( ''ω'' )و
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