これは未来に続く婚約破棄

茂栖 もす

文字の大きさ
上 下
73 / 114

18日目②

しおりを挟む
 アイリーンさんのお見舞い品を選ぶために街に出た私が最初に購入したのは、大きな蓋つきのバスケットだった。

 そしてその中に次々とお見舞いに相応しい品々を購入しては、放り込んでいく。もちろん支払いはレオナード。なので、値札など見ずに、どんどん購入していく。

 喉の痛みを和らげるシロップ。身体を温める作用のある薬膳茶。栄養価の高い果実に、新品のリネン一式。そして最後の仕上げに可愛らしいピンク色のリボンをバスケットの取っ手に括り付ければ、非の打ち所のないお見舞い品の完成。思わず『へい!おまちっ』と威勢よくレオナードに手渡してしまった。

 …………けれど、レオナードは何故だか微妙な顔をしている。いや、はっきり言って、不機嫌な顔をしているのだ。




 ガタゴトと揺れる車内。普段物音などしないけれど、積み上げられた贈り物の数が数だけに、僅かな揺れでも普段より物音がするのは致し方ない。

 そして、そんな少々狭い車内で向き合っているレオナードは、ぶすっとした顔のまま、私に問いかけた。

「…………ミリア嬢。君はこの状況を目にして何も思わないのか?」
「そうね、ぶっちゃけ狭いわ。これも全てあなたの贈り物のセンスが皆無だったせいね」

 おもむろに問いかけられてしまい、うっかり本音が漏れる。そうすればレオナード露骨にむっとした表情を浮かべた。

「そうじゃない。今、私が婚約者である君をダシに、他の女性と会いに行こうとしている。この状況について聞いているのだ」
「は?」

 てっきり、無能呼ばわりされたことについて、不満をぶつけられると思いきや、そんな的外れな質問が飛んできて、思わず間の抜けた返事をしてしまった。

「は?ではなく、きちんと言葉にしてくれ」

 不機嫌さを更に滲ませてレオナードは私に答えを急いてくる。いや、そんなこと言われても…………。

「アイリーンさんが、私の選んだお見舞い品を気に入ってもらえたら嬉しいなって思っているわ」
「そうじゃないっ」
「じゃあ、何なのよ!?」

 的を得ない質問と、どんどん不機嫌になっていくレオナードに理不尽さを感じた私は我慢の限界を超えて声を張り上げた。

「一体、さっきから何なの?私の選んだお見舞い品がしみったれていて、ご不満なわけ!?」

 思わず胸の内を吐露してしまったけれど、その勢いは止まらなかった。

「それとも、私がピンクのリボンを選んだのが気に食わないの!?ああ、まさかこのバスケットの蓋が開いているのがご不満?言っておくけれど、これは敢えて開けているのよ。チラ見せってやつよ!?それに、選んだ品はしみったれているかもしれないけれど、そのジャンルの中で一番の高価なものを選んだんだからねっ」

 そこまで言って、レオナードの表情が不機嫌さから、少し寂しそうなものに変わった。ああ、勢いに任せていってしまったけれど、この馬車にある贈り物はレオナードがアイリーンさんの為を思って、ちゃんと選んだものなのだ。

 私は、TPOを考えなかったことに対しては残念だと思うけれど、レオナードの気持ちを踏み荒らすつもりはなかった。

「そりゃ…………あなたの選んだ贈り物の中にコレが紛れ込んでいたら異彩を放っているわよ。わかっているわよ、それぐらい。でも、体調を崩していたら、ラッピングを開けるのだって億劫に感じるのよ。もちろん、あなたが選んだ贈り物はきっと素敵な品だと思うわ。そう思うからこそ、私、早く元気になって開けて欲しいと思ったのよ。それなのに…………」
「ミリア嬢、違うっ」

 自己弁護なのか彼をフォローしているのかイマイチわからない言葉を吐いていたら、突然、レオナードの大声に遮られてしまった。

 彼はもう、私と会話すらしたくないのだろうか。

「酷い.........酷いわ。レオナード............」

  強い憤りと、拒絶された衝撃でこれ以上言葉が見つからず唇を噛み締める。でも、堪えきれない気持ちが溢れて、じわっと目の端に涙が滲んでしまった。 

「っち、違う。そうじゃないっ」

 ぐすっと鼻をすすった瞬間、レオナードは弾かれたように席を立つと、私の肩を両手で掴んだ。

「本当に…………そうじゃないんだ。君を泣かせるつもりなんて、これっぽっちもなかったんだ」

 膝を付いて覗き込むレオナードは、今にも泣きそうな顔をしている。

 ん?おかしい。チェフ家のご令嬢が涙したときは、あれ程冷たい視線を投げつけていたというのに。
しおりを挟む
初めまして、茂栖もすです。このお話は10:10に更新しています。時々20:20にも更新するので、良かったら覗いてみてください٩( ''ω'' )و
感想 44

あなたにおすすめの小説

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】都合のいい女ではありませんので

風見ゆうみ
恋愛
アルミラ・レイドック侯爵令嬢には伯爵家の次男のオズック・エルモードという婚約者がいた。 わたしと彼は、現在、遠距離恋愛中だった。 サプライズでオズック様に会いに出かけたわたしは彼がわたしの親友と寄り添っているところを見てしまう。 「アルミラはオレにとっては都合のいい女でしかない」 レイドック侯爵家にはわたししか子供がいない。 オズック様は侯爵という爵位が目的で婿養子になり、彼がレイドック侯爵になれば、わたしを捨てるつもりなのだという。 親友と恋人の会話を聞いたわたしは彼らに制裁を加えることにした。 ※独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです

じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」 アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。 金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。 私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...