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13日目④
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「………………まだ、あるのか?」
「ええ、あるわよ。もう一回契約書出してちょうだい。あと、ペン持ってる?」
照れ臭い気持ちを切り替えて、私は居住まいを正してレオナードに向けて手を伸ばす。先ほどの一件で懲りたのだろう、レオナードは今回は渋らずに契約書をテーブルに戻すと、愛用のペンをを懐から出してくれた。
けれど、その顔は少々不服そうだ。でも、私だってさらりと契約内容の見直しを終わらそうとした彼に不満を持っている。だから、おあいこということで、そのことは口に出さずに、本題を切り出すことにする。
「この金額、元の数字に戻すわよ」
とんとんと契約書の一番下に書いてある数字を指で叩いて、そう宣言する。これは相談ではなく、決定事項だ。けれどペンを握った途端、レオナードの眉がぴくりと跳ねた。
「なぜだ?」
その声音は今まで聞いたことが無いほど、尖ったものだった。普段の低く品の良い声とは真逆で、別人のようだった。
「も、貰い過ぎるからよ」
不覚にも怯んでしまった私は、言い返す口調も弱々しいものになってしまう。でも、眼力だけは負けるものかと、ぎろりと睨み付ければ、レオナードはしばらくの間をおいてこう言った。
「…………………………嫌だ」
「あ゛ぁ?」
すかさず問うた私だったけれど、咄嗟のことで言葉にできず唸るような声をあげてしまう。けれどレオナードはむっとした表情を変えることはなかった。いつもだったら、この辺りで子犬のように震えるというのに。
「貰えるのなら、貰っておけば良いではないか。それに、これは私の気持ちでもある。相手からの気持ちを無下にするのは、如何かと思うぞ」
しかも公爵家のお坊ちゃまからは到底想像もできない大衆的な発言を吐いたかと思ったら、一方的な意見を押し付けてきやがった。
「あのねぇ、レオナード」
そこで一旦私は言葉を止めて、喉を潤しておいたほうが良いと判断して、ポットからお茶を追加する。そして一口、いや二口お茶を口に含んでから口を開いた。
「過ぎたるものを求めれば、身を滅ぼすというものよ。それに言い値を書けと言ったのはあなたでしょレオナード?なのに後からケチ付けて、こんな金額にしたのもあなたよ?今回、一番に話し合いたかったのは、ここなの。金額修正の件に関しては、私、一歩も譲る気は無いわ」
「私だって譲る気はない」
一気に言い切った私の言葉を被せるように、レオナードは言葉を重ねた。その口調はつい今しがたの尖ったものではないが、絶対に譲らないという強い意志を秘めたものだった。
…………しばし悩む。ここでいつも通り、勢いで押し切ろうかと。
でもせっかく信頼しあっていることを確認できたのだ。秒速でその結束にひびが入ってしまうのは避けたいのが本音。ここはほんの少し彼に歩み寄ったほうがよさそうだ。
「じゃあ、せめてここにして」
「………………わかった」
ここというのは、二番目に消された数字。レオナードと契約を交わした初日、私が書いた金額に彼が憤慨して書き直した数字でもある。
「あ、ちゃんと渡航のチケット代を引いた金額にしといて」
「君は少々細か…………いや、なんでもない」
悪態を付くレオナードを睨んで黙らせる。そして修正された金額を見て私は思わず胸のうちの言葉が零れてしまった。
「それにしても、随分くたくたね。この契約書。一度書き直したら?」
「ああ、そう思ったけれど、残念ながら今は紙が無い」
ここはボールルーム。ぐるりと見渡しても、紙類を仕舞えそうな家具はない。そしてわざわざアルバードを呼びつけて用意してもらうのも、いささか気が引ける。
「ま、時間を見付けて書き直しておいて」
一応この議題はお互い納得して幕を閉じることができたので、後の細かいことはレオナードに任せることにしよう。それに彼のほうが字が綺麗だし、上質な紙で作成してくれるだろう。
「ああ。そうさせてもらう」
レオナードも納得してくれたようで、噛み締めるように頷いてから、壊れ物を扱うような手つきで契約書を懐に戻した。
それを見届けた私は、気持ちを切り替えるために、カップに残っていたお茶を飲み干してから、口を開いた。
「じゃ、ダンスの仕上げといきますか」
「そうだな」
なんだかんだ言っても、もう夜会まで日数が無い。ステップをマスターすることはできたけれど、やはり入念な仕上げが必要なのだ。
それはもちろんレオナードもわかっているようで、私達は自然な流れで互いの手を取り、部屋の中央へと進み出た。
「ええ、あるわよ。もう一回契約書出してちょうだい。あと、ペン持ってる?」
照れ臭い気持ちを切り替えて、私は居住まいを正してレオナードに向けて手を伸ばす。先ほどの一件で懲りたのだろう、レオナードは今回は渋らずに契約書をテーブルに戻すと、愛用のペンをを懐から出してくれた。
けれど、その顔は少々不服そうだ。でも、私だってさらりと契約内容の見直しを終わらそうとした彼に不満を持っている。だから、おあいこということで、そのことは口に出さずに、本題を切り出すことにする。
「この金額、元の数字に戻すわよ」
とんとんと契約書の一番下に書いてある数字を指で叩いて、そう宣言する。これは相談ではなく、決定事項だ。けれどペンを握った途端、レオナードの眉がぴくりと跳ねた。
「なぜだ?」
その声音は今まで聞いたことが無いほど、尖ったものだった。普段の低く品の良い声とは真逆で、別人のようだった。
「も、貰い過ぎるからよ」
不覚にも怯んでしまった私は、言い返す口調も弱々しいものになってしまう。でも、眼力だけは負けるものかと、ぎろりと睨み付ければ、レオナードはしばらくの間をおいてこう言った。
「…………………………嫌だ」
「あ゛ぁ?」
すかさず問うた私だったけれど、咄嗟のことで言葉にできず唸るような声をあげてしまう。けれどレオナードはむっとした表情を変えることはなかった。いつもだったら、この辺りで子犬のように震えるというのに。
「貰えるのなら、貰っておけば良いではないか。それに、これは私の気持ちでもある。相手からの気持ちを無下にするのは、如何かと思うぞ」
しかも公爵家のお坊ちゃまからは到底想像もできない大衆的な発言を吐いたかと思ったら、一方的な意見を押し付けてきやがった。
「あのねぇ、レオナード」
そこで一旦私は言葉を止めて、喉を潤しておいたほうが良いと判断して、ポットからお茶を追加する。そして一口、いや二口お茶を口に含んでから口を開いた。
「過ぎたるものを求めれば、身を滅ぼすというものよ。それに言い値を書けと言ったのはあなたでしょレオナード?なのに後からケチ付けて、こんな金額にしたのもあなたよ?今回、一番に話し合いたかったのは、ここなの。金額修正の件に関しては、私、一歩も譲る気は無いわ」
「私だって譲る気はない」
一気に言い切った私の言葉を被せるように、レオナードは言葉を重ねた。その口調はつい今しがたの尖ったものではないが、絶対に譲らないという強い意志を秘めたものだった。
…………しばし悩む。ここでいつも通り、勢いで押し切ろうかと。
でもせっかく信頼しあっていることを確認できたのだ。秒速でその結束にひびが入ってしまうのは避けたいのが本音。ここはほんの少し彼に歩み寄ったほうがよさそうだ。
「じゃあ、せめてここにして」
「………………わかった」
ここというのは、二番目に消された数字。レオナードと契約を交わした初日、私が書いた金額に彼が憤慨して書き直した数字でもある。
「あ、ちゃんと渡航のチケット代を引いた金額にしといて」
「君は少々細か…………いや、なんでもない」
悪態を付くレオナードを睨んで黙らせる。そして修正された金額を見て私は思わず胸のうちの言葉が零れてしまった。
「それにしても、随分くたくたね。この契約書。一度書き直したら?」
「ああ、そう思ったけれど、残念ながら今は紙が無い」
ここはボールルーム。ぐるりと見渡しても、紙類を仕舞えそうな家具はない。そしてわざわざアルバードを呼びつけて用意してもらうのも、いささか気が引ける。
「ま、時間を見付けて書き直しておいて」
一応この議題はお互い納得して幕を閉じることができたので、後の細かいことはレオナードに任せることにしよう。それに彼のほうが字が綺麗だし、上質な紙で作成してくれるだろう。
「ああ。そうさせてもらう」
レオナードも納得してくれたようで、噛み締めるように頷いてから、壊れ物を扱うような手つきで契約書を懐に戻した。
それを見届けた私は、気持ちを切り替えるために、カップに残っていたお茶を飲み干してから、口を開いた。
「じゃ、ダンスの仕上げといきますか」
「そうだな」
なんだかんだ言っても、もう夜会まで日数が無い。ステップをマスターすることはできたけれど、やはり入念な仕上げが必要なのだ。
それはもちろんレオナードもわかっているようで、私達は自然な流れで互いの手を取り、部屋の中央へと進み出た。
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初めまして、茂栖もすです。このお話は10:10に更新しています。時々20:20にも更新するので、良かったら覗いてみてください٩( ''ω'' )و
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