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11日目②
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レオナードが自分の母親に私を会わせたい理由は良くわかった。けれど────
「ま、まさかレオナード、あなた私のことを婚約者だとお母様に言ってしまったの!?」
はっとそれに気付いた途端、私はレオナードに向かってこう叫んでしまっていた。そして叫んだ途端、くらりと眩暈を起こしそうになる。もちろん酸欠だからではなく、この偽装婚約が途方もない面倒事に思えてきてしまったから。
もうレオナードの胸倉を掴む気力が無くて、私は頭痛を覚え始めたこめかみをぐりぐりと押さえる事しかできない。
「安心してくれ。それはさすがに言ってない。けれど……………」
「けれど?」
「………………………」
「はっきり言って頂戴。そうしないと、あなたのことを生き埋めにしそうだわ」
一番聞きたい部分が濁され苛立ちが募り、淡々とそう言い放つ。
本気度3割といったところだったが、レオナードは顔を覆ったかと思うと、ずるずると壁にもたれながら座り込んでしまった。
私も気力を根こそぎ持っていかれたような気がして同じように座り込んでしまう。そして、再び催促をする前に、レオナードはぽつりとこう言った。
「………………ノブレス・オブリージュ」
「は?」
間抜けな声を出したけれど、私だって一応貴族というカテゴリーに含まれている。まぁ引っかかっているという表現の方が正しいのかもしれないけれど、レオナードの吐いた言葉の意味はわかる。
この言葉は身分の高い者は、それに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務があるという、貴族社会における基本的な道徳観を指すもの。
でもなぜに今そんな言葉がレオナードの口から飛び出してきたのかわからない。首を捻る私だったけれど、すぐにその疑問は解決された。まったくもって納得できる内容ではなかったけれど。
「実は昨日、母上からチェフ家の令嬢をエスコートするよう念を押されてしまったんだ。そこで咄嗟に、実は未だかつて一度もエスコートしてくる者がいなくてダンスを踊ったことがない男爵令嬢を、一夜だけでも夢のような時間を過ごさせてあげたいと言ってしまったんだ」
「そうしたら、お母様はなんと言ったの?」
「それは素晴らしい考えだと。そして是非、君に会いたいと言い出してしまったんだ」
「………………そう。わかったわ」
これ以上レオナードの口から胸の悪くなる説明を聞きたくなくて、終止符を打つ言葉を紡ぐ。そして一旦、深呼吸をしてから私は努めて柔らかい口調でこう言った。
「ねえレオナード、覚悟はできているわよね?」
にこりと笑みを浮かべ私は更に言葉を重ねた。
「あなたも夢のような時間を過ごさせてあげるわ」
「断るっ」
「あらどうして?きれいなお花畑で、苦しいことも辛いことも、こうして身分の低い私に頭を下げる必要もない場所にいけるのよ?素晴らしいじゃない」
「それは、多分、あの世というところだろっ!?冗談じゃない、絶対に断る」
その言葉で昨日と同様、私の中で何かが豪快にキレた。いや、昨日より激しくだ。
「こっちだって、冗談じゃないわよっ」
渾身の力で叫ぶと勢いよく立ち上がり、思いの丈を眼下にいるこの馬鹿男に向かって吐き出した。
「何がノブレス・オブリージュよ。馬鹿なの!?咄嗟の言い訳だって、もっと他のものがあったでしょ!?何で私がダンスが踊りたくても踊れない可哀そうな、ぼっちの令嬢になっているのよ。本当に冗談じゃないわっ。誰があなたのお母様に会うものですか。というか、このお話全てにおいて、本気で考えさせて────」
「ミリア嬢、声が大きいっ。抑えてくれっ」
「黙りなさいっ」
一喝した私に、レオナードはのろのろと立ち上がると、綺麗な所作で頭を下げた。
「ミリア嬢、ほんの5分で良いんだ。別に何か気の利いたことを言えとも思っていない。ただ黙って母上に会って欲しい」
「謹んでお断り申し上げます」
「どうあっても、無理か?」
「無理ね。あなた私を侮辱したのよ?ぶっちゃけ、この代価にあなたの命を差し出してもらっても、絶対に首を縦に振るつもりはないわ」
はっと鼻で笑ったら、レオナードも笑った。でもその笑みは何か吹っ切れたかのような、諦めにも似た乾いた笑いだった。
「……………なら私は禁じてを使わせてもらおう。────アルバード、いるんだろ」
「はい。こちらに」
低く落ち着いた声がすぐ後ろ聞こえてきた。しかも足音一つ立てずに。まったく気配を感じ取れないまま、背後を取られてしまった私は思わず息を呑む。
そんな私を冷淡に見つめながら、レオナード静かに口を開いた。
「ミリア嬢を母上のところまで、ご案内しろ」
「かしこまりました。……………では、お嬢様、参りましょう」
アルバードの口調は丁寧なものだけれど、有無を言わせない何かを秘めたものだった。
「やってくれたわね…………レオナード。覚えておきなさい」
ぎりぎりと歯ぎしりせんばかりに睨みつけたら、レオナードは凪いだ瞳でゆっくりと頷いた。その表情は心を決めた者にしか浮かべることができないものだった。
「ま、まさかレオナード、あなた私のことを婚約者だとお母様に言ってしまったの!?」
はっとそれに気付いた途端、私はレオナードに向かってこう叫んでしまっていた。そして叫んだ途端、くらりと眩暈を起こしそうになる。もちろん酸欠だからではなく、この偽装婚約が途方もない面倒事に思えてきてしまったから。
もうレオナードの胸倉を掴む気力が無くて、私は頭痛を覚え始めたこめかみをぐりぐりと押さえる事しかできない。
「安心してくれ。それはさすがに言ってない。けれど……………」
「けれど?」
「………………………」
「はっきり言って頂戴。そうしないと、あなたのことを生き埋めにしそうだわ」
一番聞きたい部分が濁され苛立ちが募り、淡々とそう言い放つ。
本気度3割といったところだったが、レオナードは顔を覆ったかと思うと、ずるずると壁にもたれながら座り込んでしまった。
私も気力を根こそぎ持っていかれたような気がして同じように座り込んでしまう。そして、再び催促をする前に、レオナードはぽつりとこう言った。
「………………ノブレス・オブリージュ」
「は?」
間抜けな声を出したけれど、私だって一応貴族というカテゴリーに含まれている。まぁ引っかかっているという表現の方が正しいのかもしれないけれど、レオナードの吐いた言葉の意味はわかる。
この言葉は身分の高い者は、それに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務があるという、貴族社会における基本的な道徳観を指すもの。
でもなぜに今そんな言葉がレオナードの口から飛び出してきたのかわからない。首を捻る私だったけれど、すぐにその疑問は解決された。まったくもって納得できる内容ではなかったけれど。
「実は昨日、母上からチェフ家の令嬢をエスコートするよう念を押されてしまったんだ。そこで咄嗟に、実は未だかつて一度もエスコートしてくる者がいなくてダンスを踊ったことがない男爵令嬢を、一夜だけでも夢のような時間を過ごさせてあげたいと言ってしまったんだ」
「そうしたら、お母様はなんと言ったの?」
「それは素晴らしい考えだと。そして是非、君に会いたいと言い出してしまったんだ」
「………………そう。わかったわ」
これ以上レオナードの口から胸の悪くなる説明を聞きたくなくて、終止符を打つ言葉を紡ぐ。そして一旦、深呼吸をしてから私は努めて柔らかい口調でこう言った。
「ねえレオナード、覚悟はできているわよね?」
にこりと笑みを浮かべ私は更に言葉を重ねた。
「あなたも夢のような時間を過ごさせてあげるわ」
「断るっ」
「あらどうして?きれいなお花畑で、苦しいことも辛いことも、こうして身分の低い私に頭を下げる必要もない場所にいけるのよ?素晴らしいじゃない」
「それは、多分、あの世というところだろっ!?冗談じゃない、絶対に断る」
その言葉で昨日と同様、私の中で何かが豪快にキレた。いや、昨日より激しくだ。
「こっちだって、冗談じゃないわよっ」
渾身の力で叫ぶと勢いよく立ち上がり、思いの丈を眼下にいるこの馬鹿男に向かって吐き出した。
「何がノブレス・オブリージュよ。馬鹿なの!?咄嗟の言い訳だって、もっと他のものがあったでしょ!?何で私がダンスが踊りたくても踊れない可哀そうな、ぼっちの令嬢になっているのよ。本当に冗談じゃないわっ。誰があなたのお母様に会うものですか。というか、このお話全てにおいて、本気で考えさせて────」
「ミリア嬢、声が大きいっ。抑えてくれっ」
「黙りなさいっ」
一喝した私に、レオナードはのろのろと立ち上がると、綺麗な所作で頭を下げた。
「ミリア嬢、ほんの5分で良いんだ。別に何か気の利いたことを言えとも思っていない。ただ黙って母上に会って欲しい」
「謹んでお断り申し上げます」
「どうあっても、無理か?」
「無理ね。あなた私を侮辱したのよ?ぶっちゃけ、この代価にあなたの命を差し出してもらっても、絶対に首を縦に振るつもりはないわ」
はっと鼻で笑ったら、レオナードも笑った。でもその笑みは何か吹っ切れたかのような、諦めにも似た乾いた笑いだった。
「……………なら私は禁じてを使わせてもらおう。────アルバード、いるんだろ」
「はい。こちらに」
低く落ち着いた声がすぐ後ろ聞こえてきた。しかも足音一つ立てずに。まったく気配を感じ取れないまま、背後を取られてしまった私は思わず息を呑む。
そんな私を冷淡に見つめながら、レオナード静かに口を開いた。
「ミリア嬢を母上のところまで、ご案内しろ」
「かしこまりました。……………では、お嬢様、参りましょう」
アルバードの口調は丁寧なものだけれど、有無を言わせない何かを秘めたものだった。
「やってくれたわね…………レオナード。覚えておきなさい」
ぎりぎりと歯ぎしりせんばかりに睨みつけたら、レオナードは凪いだ瞳でゆっくりと頷いた。その表情は心を決めた者にしか浮かべることができないものだった。
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初めまして、茂栖もすです。このお話は10:10に更新しています。時々20:20にも更新するので、良かったら覗いてみてください٩( ''ω'' )و
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