これは未来に続く婚約破棄

茂栖 もす

文字の大きさ
上 下
37 / 114

10日目②

しおりを挟む
 洞窟に戻ると、マナが座って俯いていた。顔を真っ赤にしている。

 腹の音が鳴ったぐらいで可愛いものだと苦笑しながらも、ゼーウェンは彼女に食事をさせるべく荷物から食料を取り出した。

 ゼーウェンが持ってきているのは干し肉とパン、それに水である。
 両方とも水分が少ない為日持ちがするものだ。

 食料は万が一の事を考えて多めに持ってきてはいるが、それでも二人分になると厳しいものがある。水もまた、グルガンに載せられる許容範囲と値段を考えると、予備としての分量はそう多く無い。

 乾燥した死の大地に近い集落では、水こそが一番高価であったからだ。マナを連れて死の大地を出るまで、食料も水も切り詰めなければ、と思う。

 ――食事配分と飛行配分を考えなければ……。

 そんな事を考えながらマナに少し多めに、自分は少し控えめに食料を振り分ける。自分は男だし、少々の無理は大丈夫だろう。

 マナのような良い育ちと思われる娘ならば、この過酷な環境では体力を落とさせてはいけないとゼーウェンは思っていた。

 干し肉を鉄串に刺し、少し火を通す。パンは二つに割って大きい方を彼女に渡した。
 硬いパンを齧っていると、マナは受け取ったパンと焼けた干し肉を暫く交互に眺めていた。干し肉を少し齧ってみてから、パンを口にしかけ――たところで止めていた。

 パンを指で揉むようにして硬さを見ている。彼女は恐らくこのような硬いパンは食べた事が無かったのだろうと思う。

 ――食べられるのだろうか。

 ゼーウェンが心配そうに見ていると、マナはおもむろに火に近づいて、パンを翳して炙り出した。パンが温められて、パン釜から取り出した時のような香ばしい匂いが漂い始める。
 マナがパンをもう一度指で揉むと、多少は柔らかくなっていたようだ。

 パンを食べ始めるマナ。興味があった為、そして、同じ事をして見せる事で親近感を彼女に抱いてもらう為に、ゼーウェンは彼女の真似をしてみる事にした。

 ――成る程。

 一口齧ってそう思う。パンも火で炙ると硬さが緩和されて確かに食べやすい。
 男一人旅では干し肉こそは火で炙っても、パンにそんな手間をかける事はなかったな、と思う。

 マナがこちらを見ていたので、笑んで見せた。これから賢神の森に帰るまで、旅をずっと共にするのだ。お互い、言葉は通じなくとも仲良くしていかねば、と思う。

 マナが少し微笑み返してくれたので、ゼーウェンはこれなら大丈夫そうだな、と安心していた。

 ゼーウェンはパンの最後の一口を食べてしまった後。干し肉を食べる前に、水をマナに渡そうとした。
コップは一つしかないので、買うまでは共有になる。だが、マナは食べかけのパンを手に持ったまま、呆けたように自分の頬を抓っている。

 謎の行動を訝しく思いながらも、ゼーウェンはコップに水を注ぐとマナに手渡す。彼女は反射的にそれを受け取って、一口飲んだ。
 しかしそれきりコップとパンを持ったまま、動かない。

 「マナ?」

 ――もしかして気分が悪いのか?

 ゼーウェンは心配になり、少し屈むようにしてマナの顔を覗き込む。
 彼女の目がみるみる内に潤み出す。マナは悲痛な声で何事かを言うなり、大粒の涙を流し始めたのだった。


***


 本当に参った、と思いながらもゼーウェンは干し肉はとりあえず後回しにして、マナの傍に座った。

 言葉の通じないゼーウェンが彼女にしてやれることは、傍に居て、泣きたいだけ泣かせてやることだけである。

 今まで森で師と二人きりの生活だったのもあって、こういう時女性に対してどうしていいか分からない。

 まだ子供だったならば、と思う。
それなら苦い薬を嫌がる村の子供の相手をした事があるから、対処のし様もあるのだが。

 それでもぐずる子供にしたように、マナの背中や頭をさすったり撫でたりしている内にようやっと眠ってくれた。
人体に及ぼす魔術を使いすぎるのもいろいろ良くない影響が出る、と言われているので眠らせるのは止めて自然に任せる事にした。

 眠ってしまった彼女を焚き火の傍に寝かせて毛布を掛けてやった。
そして食べ損なった干し肉を食べてしまうと、簡単に片付けをする。

 少し休憩した後、火を挟んでマナと反対側へ移動する。壁にあぐらをかいて姿勢を整えると、ゼーウェンは精神統一に入った。

 心術の簡単なものとはいえ、心話にはある程度精神を要する。さらにそれが遠隔地であると尚更だ。

 ――……先ずはマナの事を師に報告しないとな。試練に失敗した事については気が重いが。

 意識の段階を徐々に上げていく。
 だが、心話を可能とするある一定の段階に到達する寸前。ゼーウェンはふと何者かの視線を感じた。

 疑うような、推し量るような――そして、明確な殺意。

 ――誰だ?

 ゼーウェンはそれまで高めていた意識を戻すと今度は周囲に飛ばした。
 まるで靄がかかっているように見えない。何かの防御をしていることが分かった。そして感じる強い魔力。

 ――魔術師か!

 何者かは分からないがこちらに明確な殺意を向けてきている以上、あまり歓迎されない客である事は明白だった。

 ――賊だというだけでも厄介なのに! ましてや、今は――

 マナは静かに眠っている。

 「グルルルルル……」

 洞窟の外の暗闇から、危険を感じ取ったグルガンの唸り声が風に乗って伝わってきた。

 ――来る!

 ゼーウェンは魔力の込められた愛用の湾曲刀を手にとると洞窟を出た。
 グルガンを洞窟の入り口に来させ、大気や大地を流れる力場を探り当てると体の中に魔力を温存し始める。

 予期していた大きな羽音がしたかと思うと、グルガンより一回り大きい飛竜が現れた。
 ゼーウェンの目の前に降り立つと、その背から黒いフードを被った人物が降りてくる。
 その人物は、顔も目だけ除いてこれもまた黒い布で覆っていた。

 「わざわざお出迎えして頂いて、痛み入ります」

 深みのある声でその者が男だと分かった。

 「あんたは……」

 「多くは言いません。あなたが持ち去った『フォーンの花』を渡して頂きましょう」
しおりを挟む
初めまして、茂栖もすです。このお話は10:10に更新しています。時々20:20にも更新するので、良かったら覗いてみてください٩( ''ω'' )و
感想 44

あなたにおすすめの小説

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話

束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。 クライヴには想い人がいるという噂があった。 それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。 晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。

あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです

じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」 アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。 金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。 私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。

大きくなったら結婚しようと誓った幼馴染が幸せな家庭を築いていた

黒うさぎ
恋愛
「おおきくなったら、ぼくとけっこんしよう!」 幼い頃にした彼との約束。私は彼に相応しい強く、優しい女性になるために己を鍛え磨きぬいた。そして十六年たったある日。私は約束を果たそうと彼の家を訪れた。だが家の中から姿を現したのは、幼女とその母親らしき女性、そして優しく微笑む彼だった。 小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。

夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども

神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」 と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。 大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。 文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

処理中です...