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8日目②
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レオナードが読んでいるのは、手紙と言っても便箋一枚の短いもの。なので、私がティーカップ注がれたお茶を全部飲み切る前に、彼はおもむろに顔を上げた。
「待たせたな。よ、読み終わった」
「で、どう思った?」
すかさず問うた私に、レオナードは動物的な直感で何かに気付いたようで、視線を泳がせながら、ボソッと言った。
「………お、思いの外、字が綺麗だった」
「そう。それから?」
「シンプルな便せんで、とても清潔感があった」
「そう、他には?」
「誤字脱字がなかった」
いっそ拍手を送りたくなるぐらい的外れな感想を述べるレオナードから、絶対にとばっちりを食らいたくないという強い意志が伝わってくる。
けれど、それを甘受できるわけはない。私は目の前に置かれているフォークを手に取ると、それを彼に向かって突き付けながら口を開いた。
「ねえ、レオナードさま、わたくしが聞きたいこと、わざとはぐらかして答えていらっしゃいますわよね?」
「………………………」
瞬間、彼は身を硬くして俯いた。そして『私は貝になりたい』と小声でほざいた。
まぁ冷静に考えてみると、レオナードは何一つ望んでもいないのに、よその家庭のもめ事に強制的に首を突っ込まされた状況なのだ。きっと内心、とんだ災難だと、ぼやいているだろう。けれど、今までの経緯のせいで、彼はそれを口に出せない。
そしてその弱みに付け込む私は大概こすい考えの人間だけれど、そこは見ないふりをして欲しい。なにせ今日はアンニュイだから。
そんなわけで、私はとんっと指先でテーブルを叩いて、レオナードを睨みつけた。
「私が聞きたいのは、そういうことじゃないの。同じ男性として、この手紙の内容はどう思うって聞きたいのっ」
ズバリ明確に質問を受けたレオナードは、追い詰められた小動物のようにふるふると首を横に振ったけれど、私の眉間の皺が深くなれば、観念した様子で口を開いた。
「………元軍人らしい規律ある内容だった。言葉を選ばずに言えば、指令書か軍報のようだった」
「そうね、その通りだわ」
そう、これ一応便せんで書いてあるから、手紙というカテゴリに含まれているけれど、内容はそれとは程遠いもの。
まず、季節の挨拶など、どこにも書いてないし、相手の健康など微塵も触れていない。書かれている内容は、自分が不在の際の禁止事項のみ。
まぁ、説明をするより文面を見せた方が早いだろう。
=====================
ホーレンス家長女 ミリア 殿
ホーレンス家長マークイヤー(以後、父と記載)
より、父不在の際において行動について、
以下の通り通達する。
①異性との接触を一切禁ずる
②夜会への参加を一切禁ずる
③単独での外出を一切禁ずる
④全ての行動は兄とすべし
⑤全ての選択は母に委ねるべし
以上を厳守し、淑女らしい振舞いを
心掛けるようにすること。
尚、父帰宅の際、全ての行動についての
報告を義務とする。
以上
======================
これに目を通した時の私の心情を察して欲しい。そして、これは父上が不在の際、多少内容は違えど定期的に送られてくるものなのだ。
自分で言うのもなんだけれど、私は娘盛りの17歳。そして父上は私に淑女らしい振舞いを求めながら、手紙には禁止事項をつらつらと書いている。
………………お気付きだろうか、こに矛盾があることを。
娘盛り淑女といえば、お茶会だ夜会だと昼夜問わず、ひっきりなしに外出を余儀なくされる。そしてそういう場とは、即ち異性の触れ合いの場でもある。
私は父上に声を大にして言いたい。『一体、私に何を求めているの!?』と。
以前レオナードは、私のことを暴君呼ばわりしたけれど、ぶっちゃけ彼は本当の暴君を知らないのだ。
ホーレンス家当主こそ真の暴君だ。そして彼は我が家の法であり秩序でもある。だから、私はこんな訳の分からない手紙を貰っても文句一つ言えない立場である。
っとのに、あのくそじじぃ…………そう心の中で呟いたら、溜まり溜まった鬱憤でぐしゃりと手紙を握りつぶしてしまった。
その瞬間、意識の片隅でレオナードの『ああっ』という悲鳴が聞こえてきたけれど、無視することにした。
「待たせたな。よ、読み終わった」
「で、どう思った?」
すかさず問うた私に、レオナードは動物的な直感で何かに気付いたようで、視線を泳がせながら、ボソッと言った。
「………お、思いの外、字が綺麗だった」
「そう。それから?」
「シンプルな便せんで、とても清潔感があった」
「そう、他には?」
「誤字脱字がなかった」
いっそ拍手を送りたくなるぐらい的外れな感想を述べるレオナードから、絶対にとばっちりを食らいたくないという強い意志が伝わってくる。
けれど、それを甘受できるわけはない。私は目の前に置かれているフォークを手に取ると、それを彼に向かって突き付けながら口を開いた。
「ねえ、レオナードさま、わたくしが聞きたいこと、わざとはぐらかして答えていらっしゃいますわよね?」
「………………………」
瞬間、彼は身を硬くして俯いた。そして『私は貝になりたい』と小声でほざいた。
まぁ冷静に考えてみると、レオナードは何一つ望んでもいないのに、よその家庭のもめ事に強制的に首を突っ込まされた状況なのだ。きっと内心、とんだ災難だと、ぼやいているだろう。けれど、今までの経緯のせいで、彼はそれを口に出せない。
そしてその弱みに付け込む私は大概こすい考えの人間だけれど、そこは見ないふりをして欲しい。なにせ今日はアンニュイだから。
そんなわけで、私はとんっと指先でテーブルを叩いて、レオナードを睨みつけた。
「私が聞きたいのは、そういうことじゃないの。同じ男性として、この手紙の内容はどう思うって聞きたいのっ」
ズバリ明確に質問を受けたレオナードは、追い詰められた小動物のようにふるふると首を横に振ったけれど、私の眉間の皺が深くなれば、観念した様子で口を開いた。
「………元軍人らしい規律ある内容だった。言葉を選ばずに言えば、指令書か軍報のようだった」
「そうね、その通りだわ」
そう、これ一応便せんで書いてあるから、手紙というカテゴリに含まれているけれど、内容はそれとは程遠いもの。
まず、季節の挨拶など、どこにも書いてないし、相手の健康など微塵も触れていない。書かれている内容は、自分が不在の際の禁止事項のみ。
まぁ、説明をするより文面を見せた方が早いだろう。
=====================
ホーレンス家長女 ミリア 殿
ホーレンス家長マークイヤー(以後、父と記載)
より、父不在の際において行動について、
以下の通り通達する。
①異性との接触を一切禁ずる
②夜会への参加を一切禁ずる
③単独での外出を一切禁ずる
④全ての行動は兄とすべし
⑤全ての選択は母に委ねるべし
以上を厳守し、淑女らしい振舞いを
心掛けるようにすること。
尚、父帰宅の際、全ての行動についての
報告を義務とする。
以上
======================
これに目を通した時の私の心情を察して欲しい。そして、これは父上が不在の際、多少内容は違えど定期的に送られてくるものなのだ。
自分で言うのもなんだけれど、私は娘盛りの17歳。そして父上は私に淑女らしい振舞いを求めながら、手紙には禁止事項をつらつらと書いている。
………………お気付きだろうか、こに矛盾があることを。
娘盛り淑女といえば、お茶会だ夜会だと昼夜問わず、ひっきりなしに外出を余儀なくされる。そしてそういう場とは、即ち異性の触れ合いの場でもある。
私は父上に声を大にして言いたい。『一体、私に何を求めているの!?』と。
以前レオナードは、私のことを暴君呼ばわりしたけれど、ぶっちゃけ彼は本当の暴君を知らないのだ。
ホーレンス家当主こそ真の暴君だ。そして彼は我が家の法であり秩序でもある。だから、私はこんな訳の分からない手紙を貰っても文句一つ言えない立場である。
っとのに、あのくそじじぃ…………そう心の中で呟いたら、溜まり溜まった鬱憤でぐしゃりと手紙を握りつぶしてしまった。
その瞬間、意識の片隅でレオナードの『ああっ』という悲鳴が聞こえてきたけれど、無視することにした。
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初めまして、茂栖もすです。このお話は10:10に更新しています。時々20:20にも更新するので、良かったら覗いてみてください٩( ''ω'' )و
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