これは未来に続く婚約破棄

茂栖 もす

文字の大きさ
上 下
30 / 114

8日目②

しおりを挟む
 レオナードが読んでいるのは、手紙と言っても便箋一枚の短いもの。なので、私がティーカップ注がれたお茶を全部飲み切る前に、彼はおもむろに顔を上げた。

「待たせたな。よ、読み終わった」
「で、どう思った?」

 すかさず問うた私に、レオナードは動物的な直感で何かに気付いたようで、視線を泳がせながら、ボソッと言った。

「………お、思いの外、字が綺麗だった」
「そう。それから?」
「シンプルな便せんで、とても清潔感があった」
「そう、他には?」
「誤字脱字がなかった」

 いっそ拍手を送りたくなるぐらい的外れな感想を述べるレオナードから、絶対にとばっちりを食らいたくないという強い意志が伝わってくる。

 けれど、それを甘受できるわけはない。私は目の前に置かれているフォークを手に取ると、それを彼に向かって突き付けながら口を開いた。

「ねえ、レオナードさま、わたくしが聞きたいこと、わざとはぐらかして答えていらっしゃいますわよね?」
「………………………」

 瞬間、彼は身を硬くして俯いた。そして『私は貝になりたい』と小声でほざいた。

 まぁ冷静に考えてみると、レオナードは何一つ望んでもいないのに、よその家庭のもめ事に強制的に首を突っ込まされた状況なのだ。きっと内心、とんだ災難だと、ぼやいているだろう。けれど、今までの経緯のせいで、彼はそれを口に出せない。

 そしてその弱みに付け込む私は大概こすい考えの人間だけれど、そこは見ないふりをして欲しい。なにせ今日はアンニュイだから。

 そんなわけで、私はとんっと指先でテーブルを叩いて、レオナードを睨みつけた。
 
「私が聞きたいのは、そういうことじゃないの。同じ男性として、この手紙の内容はどう思うって聞きたいのっ」

 ズバリ明確に質問を受けたレオナードは、追い詰められた小動物のようにふるふると首を横に振ったけれど、私の眉間の皺が深くなれば、観念した様子で口を開いた。

「………元軍人らしい規律ある内容だった。言葉を選ばずに言えば、指令書か軍報のようだった」
「そうね、その通りだわ」

 そう、これ一応便せんで書いてあるから、手紙というカテゴリに含まれているけれど、内容はそれとは程遠いもの。

 まず、季節の挨拶など、どこにも書いてないし、相手の健康など微塵も触れていない。書かれている内容は、自分が不在の際の禁止事項のみ。

 まぁ、説明をするより文面を見せた方が早いだろう。

=====================

ホーレンス家長女 ミリア 殿

ホーレンス家長マークイヤー(以後、父と記載)
より、父不在の際において行動について、
以下の通り通達する。

①異性との接触を一切禁ずる
②夜会への参加を一切禁ずる
③単独での外出を一切禁ずる
④全ての行動は兄とすべし
⑤全ての選択は母に委ねるべし

以上を厳守し、淑女らしい振舞いを
心掛けるようにすること。

尚、父帰宅の際、全ての行動についての
報告を義務とする。

以上

======================

 これに目を通した時の私の心情を察して欲しい。そして、これは父上が不在の際、多少内容は違えど定期的に送られてくるものなのだ。

 自分で言うのもなんだけれど、私は娘盛りの17歳。そして父上は私に淑女らしい振舞いを求めながら、手紙には禁止事項をつらつらと書いている。

 ………………お気付きだろうか、こに矛盾があることを。

 娘盛り淑女といえば、お茶会だ夜会だと昼夜問わず、ひっきりなしに外出を余儀なくされる。そしてそういう場とは、即ち異性の触れ合いの場でもある。

 私は父上に声を大にして言いたい。『一体、私に何を求めているの!?』と。

 以前レオナードは、私のことを暴君呼ばわりしたけれど、ぶっちゃけ彼は本当の暴君を知らないのだ。

 ホーレンス家当主こそ真の暴君だ。そして彼は我が家の法であり秩序でもある。だから、私はこんな訳の分からない手紙を貰っても文句一つ言えない立場である。

 っとのに、あのくそじじぃ…………そう心の中で呟いたら、溜まり溜まった鬱憤でぐしゃりと手紙を握りつぶしてしまった。
 
 その瞬間、意識の片隅でレオナードの『ああっ』という悲鳴が聞こえてきたけれど、無視することにした。
しおりを挟む
初めまして、茂栖もすです。このお話は10:10に更新しています。時々20:20にも更新するので、良かったら覗いてみてください٩( ''ω'' )و
感想 44

あなたにおすすめの小説

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです

じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」 アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。 金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。 私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。

婚約解消は君の方から

みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。 しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。 私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、 嫌がらせをやめるよう呼び出したのに…… どうしてこうなったんだろう? 2020.2.17より、カレンの話を始めました。 小説家になろうさんにも掲載しています。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

処理中です...