これは未来に続く婚約破棄

茂栖 もす

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7日目③

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 指の関節を鳴らせば、レオナードの眉がぴくりと撥ねた。まるで、全く自分には非がないと言いたげに。
 
 人間は不思議なもので、相手が感情的になれば自分も感情的になってしまう。なので今迄の私なら、そうされた瞬間、相手の首根っこを掴み床に叩きつけ、二度と舐めた口を聞かないよう教え込もうとしていた。

 が、しかし、今回はそんなことはしない。それ程までに、私は怒っているのだ。ふぅっと息をついて、馬車の窓から街の風景を見る。今日もまたいい天気だ。あ、犬がいる。可愛い。でも、犬に服着せてどうするの?何だかあの犬無きそうだ。そりゃあ、猫のコスプレされられたら泣きたくなるよね。うん、自分の立ち位置どこ!?的な感じで。

 と、思わず脱線しそうになる意識を戻して、私はレオナードに向かって静かに口を開いた。

「あなたの言いたいことは、良く理解したわ」

 私は敢えて、愁傷な口調でそうレオナードに向かって言う。肩を落とすという細かい演技も忘れない。そうすれば、彼は馬車の椅子に踏ん反り返るように座り直し、腕まで組みやがった。

「で、他に言うことはないのか?」

 形勢逆転とばかりに、口調まで横柄なものに変ったレオナードに対して、内心『いい気になるのは今のうちだ。せいぜい束の間の暴君を味わっておけ』と吐き捨てる。

 けれど、彼に問いかける私の口調は、これまた愁傷なもの。

「えっと………言っても良いの?レオナード?」

 伺うように、おずおずと彼を下から覗き込めば、あろうことか彼は鼻で笑いながら顎で続きを促した。

 ならば、言わせてもらおう。

「他人のためにお金を使うと、自分のために使った時よりも明らかに幸福感が高まるって知ってるかしら?これね、そこそこ名のある心理学者が出した本に書いてあったの。確かにそうよね。恵んだ方は良いことをしたと思うし、他人を助けたという優越感を持つものね。…………でも、受ける側はどう思うかしら?しかも、頼んでいないという場合は、どう思うかしら、ね?」

 一気に言い切った私だったけれど、さすがに今日はレオナードから肺活量についての突っ込みはなかった。

 そりゃそうだろう。後半の私の問いを受けた瞬間、レオナードははっと何かに気付いて動揺している。まぁこの辺りで大方気付いていると思うけれど、最後まで言わせてもらう。

「頼んでもいなにのに、施しを受けるのって、自分の境遇を惨めだと思ってしまうものよ。それに、相手の気持ちを確認しないで、きっとこう思っているに違いないっ信じるのは、私、単なる思い込みだと思うわ。自惚れとも言うけれど」

 そこで、肩に掛かる髪を指先で遊ばせながら、くるりとレオナードに視線を向けた。

 彼は、自分の失言に気付いて、ものの見事に狼狽えていた。形の良い唇は何か言葉を紡ごうとしているが、気が動転して言葉がみつからないご様子だ。

 そんな彼に向かって私は、容赦なく鉄槌を下した。

「ねぇ、レオナード。私はあなたの気持ちを踏みにじる非常識な人なのかもしれないけれど、侮辱をしたのはどっちかしら?」

 そう言って私は、こてんと首を倒しながら、くすくすと微笑んだ。勘が良い人ならば気付いているかもしれないけれど、私の目は笑っていない。殺気が漲っている。
 
 そして、その眼光を至近距離で受けたレオナードは、絞り出すような声でぽつりと呟いた。

「………………私だ」
「その通り。良く言えたわね、レオナード。言い訳をせず、自分の非を素直に認めるのは大切なことよ。褒めてあげる」

 今のは本心だ。嫌味でも何でもない。心からそう思った。

 この素直さだけは、レオナードは胸を張っても良いところ。でも、当の本人は、肩を落として項垂れている。

「ミリア嬢、本当に申し訳なかった。私は…………どう、償えば良いのだろう」
「そうねぇ…………」

 少し考えて、思い付いたままを口にした。

「じゃあ、死んでちょうだい」

 そう言えば、レオナードは顔面蒼白になった。多分、本当に心臓が一瞬止まったのだろう。ある意味、素直だ。これは褒めるべきか。いや、さすがに、契約期間中に死なれたら後味が良くない。

「レオナード、冗談よ。真に受けないでちょうだい」

 ぷっと吹き出して、明るい口調でそう言っても、彼の表情は絶望の果てにいるようだった。
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初めまして、茂栖もすです。このお話は10:10に更新しています。時々20:20にも更新するので、良かったら覗いてみてください٩( ''ω'' )و
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