これは未来に続く婚約破棄

茂栖 もす

文字の大きさ
上 下
26 / 114

7日目②

しおりを挟む
【刻狼亭】別館の旅館内部にある『従業員休憩所』。

怒りに拳を震わせて喚いているのは年若い従業員達ばかりだった。

「貴族の奴等、引っ掻いてやりたい!」
「客だからって何でも許されると思うな!」
「俺はお前等の召使じゃねぇーんだっつーの」
「何がチップはずむから相手をしろなのよ!ふざけんなっていうのよ!」

金持ちの上客相手にやり返す事も出来ずにこうして、すごすごと休憩所で愚痴の言い合いをしてストレスを発散させる従業員に交じり、若女将の朱里も交じって休憩所の座布団の上でぺたーんと伸びている。

「若女将、大丈夫ですか?」

「・・・大丈夫、じゃないです!貴族の態度の悪さなんなのー!」

朱里が座布団を握りしめながら足をバタバタさせて喚いて、従業員が朱里に同情の目を向ける。

「あー、若女将も被害に遭いましたか」
「あの貴族連中早く帰ってほしいですよねー」
「若に媚売りに来てるのはいいけど、私等に横暴な態度を取れば若にも連絡入るのにバカじゃないのって思いますよね」
「他国の重鎮だか何だか知らないけど、うちを他の旅館と同じにみるなっつーの!」

ワッと同じ思いの従業員が喚いては愚痴を募らせる。
ベテランの古株従業員達は仕方がない奴等だと生暖かい視線を送るも、分からなくは無いと頷きもする。


「若女将はどんな目にあったんです?」

「貴族の子供達に、廊下とかで道塞がれたり、わざとぶつかられたりしてるの!スカートはめくられるし、三角巾は取られたりするし、とにかく嫌がらせが酷いの!」

朱里が顔を上げて従業員に話すと、従業員が同情の目を向ける。

小さい体の朱里は貴族の子供の恰好のオモチャなのだ。
一応、従業員の様な立場でうろちょろしている朱里がお客の子供相手に大きな態度をとるわけにもいかず、絡まれたら逃げたり隠れたりで、余計に子供達をヒートアップさせている。

ルーファスに相手にしなくても良いと言われたが、調理場から出ると廊下などで捕まったり、旅館の自分の部屋に戻ると部屋の前で待ち構えられたりしている。

貴族の子供達に目をつけられてからは【刻狼亭】の印字されていない三角巾したりしていても、追い回されてハガネや、何故か朱里を追い回していたはずのイルマール達に助けられたりしている。

「若女将、子供に目をつけられやすいですからね・・・」

「ううっ・・・子供は好きだけど、あの子達は嫌い」

旅館で暇を持て余している子供ほど性質の悪い物は無いのではないかと言うぐらいには朱里の中で貴族の子供は最悪なモノになっている。

ルーファスの叔父ギルよりも性質が悪いのでは?とすら思っている。
ギルは現在【刻狼亭】の料亭の方で癖のある上客相手にルーファスとやりこめている最中らしく、アルビーが「とても静かな屋敷我が家になってるよ」と言っている。


「今日は若女将はジュース作り終わったんですか?」

「終わりましたー。廊下の子供が居なくなったら帰ります」

朱里が貴族の子供に追い回されるようになって体力的にフラフラと危ない足取りの朱里に周りからストップがかかり、今現在は1日限定100本『復興祈願ジュース』として売り出して毎日売り切っている。
よって朱里の働く時間はとても短い。



「アカリ、そろそろ大丈夫そうだぞ」

ハガネが廊下を見回し、朱里が従業員に「お疲れ様です。お先に失礼します」と丁寧にお辞儀をしてからソロソロと廊下に出ていく。

「貴族のガキ共に見つからない様に部屋から出ないようにな?」

「今日は部屋に戻って編み物の続きでもするよ」

「まだやってたのか?」

「ハガネが色々編み方教えてくれたからバリエーション増えて楽しいよ」

何気に朱里の髪の結い紐を結ったり、小手先器用な事が得意なハガネは編み物も色々知っていて、ネルフィームに貰った毛糸で朱里に色々な編み方を教えてくれた。

「まぁアカリが楽しいなら良いけどな。俺は飽き性だから1時間で止めちまうな」

「編み方いっぱい覚えてるのにね」

「俺の前の主君が何も出来ない分、色々覚えたからな。アイツは本当に何やらせても酷かった」

「ハガネの前の主君はどんな人だったの?」

ハガネが片眼を開けて朱里を見ながらフッと笑うと、「じゃあ、茶菓子でも出してくれよ」そう言って朱里の借りている客室を開けて入っていく。

朱里が編み物の準備をし、茶菓子をテーブルに置いて座椅子に腰掛けると、ハガネが朱里にお茶を出して朱里の向かい側の座椅子に腰を掛ける。


「俺の初めての主君は、自信家で堂々として、不器用な変な女だった」
しおりを挟む
初めまして、茂栖もすです。このお話は10:10に更新しています。時々20:20にも更新するので、良かったら覗いてみてください٩( ''ω'' )و
感想 44

あなたにおすすめの小説

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです

じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」 アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。 金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。 私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。

大きくなったら結婚しようと誓った幼馴染が幸せな家庭を築いていた

黒うさぎ
恋愛
「おおきくなったら、ぼくとけっこんしよう!」 幼い頃にした彼との約束。私は彼に相応しい強く、優しい女性になるために己を鍛え磨きぬいた。そして十六年たったある日。私は約束を果たそうと彼の家を訪れた。だが家の中から姿を現したのは、幼女とその母親らしき女性、そして優しく微笑む彼だった。 小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...