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4日目④
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ちなみに、レオナードは私のリアクションの殊の外、心外だったのだろう。あからさまに眉間に皺を刻んで私を睨みつけている。残念ながら私にとっては、痒い程度のものなので無視させて貰う。
さてアイリーンさんは、既婚者でも他の誰かの彼女でもない。そして、レオナードの発言は胡散臭いけれど、片想いもしていない………今のところは、そういうことにしておこうう。となれば、二度と来るなと言われたのは、どう考えてもあの日のレオナードの行動に問題があったとしか思えない。
「ねえ、あの日………彼女さんに会いに行った日なんだけれど、ね?」
「あの日がどうかしたのか?」
レオナードは不機嫌さを隠すことなく、返事をする彼にちょっとイラッとするけれど、そこは流すことにして、私は続きを口にした。
「あなた、彼女さんに何かしたの?………その、例えば力づくで押し倒すような事ととか───」
「ふざけるなっ。そんなことする訳ないだろうっ。あの日は手すら握っていない。ただ……」
「ただ?」
尻すぼみになってしまったレオナードの言葉を促すように口を挟めば、彼は照れて伏し目になってしまった。良く見れば首まで真っ赤になっている。
え?ちょっと待って、押し倒してもいない、手も握っていない。なのに赤面するなんて、コイツ何をした!?思わず身を引いた私に、レオナードは消え入りそうな声でポツリとこう言った。
「愛の告白をしただけだ」
「………………そう」
かなりの間の後、ようやっと二文字を絞り出した私に、レオナードは赤面したまま言葉を続けた。
「私達に強力な協力者が現れた。だから、今すぐ駆け落ちしよう、と言ったんだ。もちろん跪いて、花束を差し出して、だ。それなのに、彼女は………くっ………」
玉砕した瞬間を思い出しているのだろう、レオナードは片手で顔を覆って私から顔を背けた。窓を向いている彼の背が小さく震えている。そして金色の髪が夕陽に反射して、その哀愁さとは反対に黄金色に輝いている。
うん、まぁ、絵面的には綺麗なんだけどね。
ぶっちゃけ会ったことも見たこともないアイリーンさんだけれど、二度と来るなと言った気持ち、ものすごく良くわかる。
私だったら、こちらの都合とか諸々考えずに、一足飛びで駆け落ちのお誘いなんかされたら、間違いなく半殺しにするわ。言葉だけで済ましたアイリーンさんに、色んな意味で尊敬する。
「えっと………レオナード…………あのね…………」
「どうした?ミリア嬢。言葉を濁すなんて君らしくもない。はっきり言いたまえ」
「そう、じゃあ、はっきり言わせてもらうけれど………………」
一旦、言葉を止めて息を整える私を見て、レオナードはもう既に動揺が走っている。
「あなた、女性を口説くセンスが皆無だわ」
「………………」
失言という粋を超えた私の言葉に、レオナードは、ものの見事に固まってしまった。そして、その後、激昂して契約書を木っ端微塵に破り捨てるのかと思いきや───。
「そうかそうだったのかっ。ありがとう、ミリア嬢!」
と、両肩を掴まれ、感謝の言葉を頂戴してしまったのだ。いやもう、本当に意味が分からない。唖然として瞬きすらできない私に、レオナードはぐっと拳を握りしめ満面の笑みでこう言った。
「素晴らしいアドバイスだ。確かに、私は女性を口説く経験が極めて少なかった。そうか………そこに問題があったのか」
顎に手を置き、うんうんと頷くレオナードに私は、何と言葉をかけて良いのかわからない。ただ一つ言えるのは、私はアドバイスをしたつもりは微塵もない。
これは、彼の恐ろしいまでのポジティブ思考が産んだ、素晴らしいまでの食い違いだ。
「あの、レオナード───」
「すまない、ミリア嬢。悪いが今日はここまでだ。私はこのまま図書室に籠ることにする。帰りは執事のアルバードに声を掛ければすぐに馬車を用意する。まかり間違っても、独りで返ろうとは思うな。それでは、また明日」
私の言葉を遮って、レオナードはしっかりとした足取りで、本棚の奥へと消えていってしまった。
残された私は、会ったことも無いアイリーンさんに、ちょっとだけ申し訳ない気持ちになってしまった。
さてアイリーンさんは、既婚者でも他の誰かの彼女でもない。そして、レオナードの発言は胡散臭いけれど、片想いもしていない………今のところは、そういうことにしておこうう。となれば、二度と来るなと言われたのは、どう考えてもあの日のレオナードの行動に問題があったとしか思えない。
「ねえ、あの日………彼女さんに会いに行った日なんだけれど、ね?」
「あの日がどうかしたのか?」
レオナードは不機嫌さを隠すことなく、返事をする彼にちょっとイラッとするけれど、そこは流すことにして、私は続きを口にした。
「あなた、彼女さんに何かしたの?………その、例えば力づくで押し倒すような事ととか───」
「ふざけるなっ。そんなことする訳ないだろうっ。あの日は手すら握っていない。ただ……」
「ただ?」
尻すぼみになってしまったレオナードの言葉を促すように口を挟めば、彼は照れて伏し目になってしまった。良く見れば首まで真っ赤になっている。
え?ちょっと待って、押し倒してもいない、手も握っていない。なのに赤面するなんて、コイツ何をした!?思わず身を引いた私に、レオナードは消え入りそうな声でポツリとこう言った。
「愛の告白をしただけだ」
「………………そう」
かなりの間の後、ようやっと二文字を絞り出した私に、レオナードは赤面したまま言葉を続けた。
「私達に強力な協力者が現れた。だから、今すぐ駆け落ちしよう、と言ったんだ。もちろん跪いて、花束を差し出して、だ。それなのに、彼女は………くっ………」
玉砕した瞬間を思い出しているのだろう、レオナードは片手で顔を覆って私から顔を背けた。窓を向いている彼の背が小さく震えている。そして金色の髪が夕陽に反射して、その哀愁さとは反対に黄金色に輝いている。
うん、まぁ、絵面的には綺麗なんだけどね。
ぶっちゃけ会ったことも見たこともないアイリーンさんだけれど、二度と来るなと言った気持ち、ものすごく良くわかる。
私だったら、こちらの都合とか諸々考えずに、一足飛びで駆け落ちのお誘いなんかされたら、間違いなく半殺しにするわ。言葉だけで済ましたアイリーンさんに、色んな意味で尊敬する。
「えっと………レオナード…………あのね…………」
「どうした?ミリア嬢。言葉を濁すなんて君らしくもない。はっきり言いたまえ」
「そう、じゃあ、はっきり言わせてもらうけれど………………」
一旦、言葉を止めて息を整える私を見て、レオナードはもう既に動揺が走っている。
「あなた、女性を口説くセンスが皆無だわ」
「………………」
失言という粋を超えた私の言葉に、レオナードは、ものの見事に固まってしまった。そして、その後、激昂して契約書を木っ端微塵に破り捨てるのかと思いきや───。
「そうかそうだったのかっ。ありがとう、ミリア嬢!」
と、両肩を掴まれ、感謝の言葉を頂戴してしまったのだ。いやもう、本当に意味が分からない。唖然として瞬きすらできない私に、レオナードはぐっと拳を握りしめ満面の笑みでこう言った。
「素晴らしいアドバイスだ。確かに、私は女性を口説く経験が極めて少なかった。そうか………そこに問題があったのか」
顎に手を置き、うんうんと頷くレオナードに私は、何と言葉をかけて良いのかわからない。ただ一つ言えるのは、私はアドバイスをしたつもりは微塵もない。
これは、彼の恐ろしいまでのポジティブ思考が産んだ、素晴らしいまでの食い違いだ。
「あの、レオナード───」
「すまない、ミリア嬢。悪いが今日はここまでだ。私はこのまま図書室に籠ることにする。帰りは執事のアルバードに声を掛ければすぐに馬車を用意する。まかり間違っても、独りで返ろうとは思うな。それでは、また明日」
私の言葉を遮って、レオナードはしっかりとした足取りで、本棚の奥へと消えていってしまった。
残された私は、会ったことも無いアイリーンさんに、ちょっとだけ申し訳ない気持ちになってしまった。
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初めまして、茂栖もすです。このお話は10:10に更新しています。時々20:20にも更新するので、良かったら覗いてみてください٩( ''ω'' )و
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