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渡航当日、私が最初にしたことは、リジーの頬を撫でまわすことだった。
ぷにぷにとしたこの頬っぺたも、今日で触り納め。
そんなことを思ったら、必要以上に撫でまわしてしまい、リジーにちょっと嫌がられてしまった。でも潤んだ瞳で、これ以上は困りますと私を見上げるリジーは悶絶ものに可愛かった。
そんな小動物さ全開のリジーだったけれど、『ミリア様、この部屋はずっと私がお守りしますからね』とも言ってくれた。
人見知りが激しく、自己主張など一切しなかったリジーだというのに。そんな、逞しいことを口にしてくれるなんて。私は我知らず熱いものがこみ上げてしまった。
そして私は、港へ向かった。父上と母様と一緒に。────究極に余談だけれど、兄二人の姿は見えなかった。まぁ別段、気に留めることではない。
さてさて、港に到着したのは良いけれど、私は一向に船に乗り込めないでいる。なぜなら、父上がなんだかんだと注意事項を連ねて、私を引き留めているからだ。
「ミリア、お前は弁が立つ。そして腕も立つ。何より、誰に向かっても物怖じしない態度は、さすが私の娘だと言いたい。だが、それは諸刃の剣でもある。そのことを忘れるな」
「あなた、いい加減にしてあげて下さい。船が出てしまいますわ」
「いや、まだだ。ミリア、はっきり言うが男という生き物を侮ってはいけない。男というのは、面の皮を剥いだら、皆、ケダモノなのだ。わかったな?…………父は例外だ」
「あーなぁーたぁー。いい加減にしてくださいと言ってるではありませんか。その耳は飾りでございますか?」
「…………いや、ちゃんと聞こえている。だが、最後に一つだけ言わせてくれ。ミリア、男は時としてわざと弱い自分をアピールしてくる場合がある。それこそ要注意だ。絶対に耳を傾けるな。自分の弱さをひけらかす男など、人間以下だと思え」
「ねぇ、あなたぁー、強制的に、お口を閉ざして差し上げましょうか?」
「…………わかった。ここまでにしよう。と、とにかく、身体に気を付けなさい。────…………父は………そ、その…………お前の為なら、いつでも海を越えて、お前を泣かせる奴を殺しに行ってやる」
…………はなむけの言葉としては、少々物騒な言葉を頂戴したけれど、父上らしいと言えば父上らしい。
いや、まて。父上が私に向かって、こんな言葉を口にすることは、父上らしくはない。そして良妻賢母を絵に描いて生きてきたはずの母様が、かかあ天下だったという事実に、私は何かしらのコメントをすべきなのだろうか。
まぁ、いっか。
とにかく私が長年思い込んできた夫婦像からは真逆にあるようだけれど、お似合いの夫婦で良かったですね。
という結論に達した私は、娘らしく、しとやかに頭を下げた。そして顔を上げて別れの言葉を口にした。
「今まで、ありがとうございました、お父様、お母様。では、行って参ります」
「いってらっしゃい、ミリア。身体に気を付けてね。ナナリーちゃんによろしく」
「……………………」
母様はにこやかに送り出してくれたけれど、父上は無言だった。けれど、深く頷いてくれた。
それから出航手続きを終えた私は、すぐに部屋に向かうのではなく、甲板に足を向ける。そして、旅行鞄を足元に置いて軽く伸びをした。風が心地良い。
甲板には見送りの為だろう、港側に沢山の人がいる。それでも、一人分のスペースを見つけた私は身体をねじ込ませ、両親の姿を探した。
二人の姿を見付けた途端、出航の合図である汽笛の音が聞こえる。それと同時に船はゆっくりと港を離れていった。少し身体を乗り出して、両親の方へと視線を向ければ、私に気付いた母様は軽く手を挙げて微笑んでくれた。
父上も微笑んでいるのだろう。ただ、それはなぜか悪鬼羅刹のオーラが漲っていて、両親の周りだけ人が蜘蛛の巣を散らしたかのように去って行った。…………見なかったことにしよう。
そんなことを思ったけれど、結局小さくなっていく両親を最後まで見つめ、そして完全に姿が見えなくなるまでそこに居た。
それは、両親との別れが辛かった訳ではない。ただ別の事で頭がいっぱいで、部屋に移動することを忘れてしまっていたからだった。
【ミリア嬢、私は君の事が─────】
好きだよ。
レオナードは昨日私にそう言った。好きだったよ、ではなく、好きだよと。現在進行形で。
まったくもう、わざわざ口にすることではないのに。私だってレオナードには同志という気持ちから好意を持っていたのに。
でも、キスの後に抱きしめられて、あんなふうに言われたら、私も勘違いしてしまうというもの。
っていうか、別れる直前で、しかも乗船券を渡したあとに、あんなことを言うなんて………ああ、巷で言うアレか。そっかアレだ。アレしかない。
一番大事な部分をアレという言葉に置き換えて私は無理矢理、結論付ける。そしてやっとこさ客室へ足を向けた。ちなみにアレが何かは、私自身わかっていない。
移動すること数分。超が付くほどの富裕層向けの部屋の鍵を受け取った私は、色々思うことがあるけれど、それを全部胸に押しとどめ、扉を開けた。
「やあ、ミリア様。随分とここへ来るのが遅かったな。悪いが先に待たせてもらった」
……………………は?
「何でここに居るの!?」
少しの間を置いて、素っ頓狂な声を出した私に、ソファで優雅に腰掛けていたレオナードは、やおら立ち上がって、こちらに向かいながら口を開いた。
「傷心旅行だ」
「はぁ!?」
部屋に一歩足を踏み入れたまま今度は目を剥いて叫んだ私を横切って、レオナードはそんな訳のわからないことを口にする。
そして扉の前に立つと、くるりと視線を私に向けてこう言った。
「と、言ったら、君は納得してくれるか?ミリア嬢」
────カチャン。
レオナードがそう言い終えた瞬間、部屋に小さな金属音が響いた。数秒遅れて、その音がカギを閉めた音だと気付いた。
どうしよう。何かわからないけれど、退路を断たれてしまった。と、なると、もう私は彼と距離を取るしかない。そう思った時には、私は、そろりそろりと壁側へと移動を始めていた。
けれどレオナードは、表情を変えず、ゆっくりと距離を詰めながら飄々と口を開く。
「そう思ってもらえるなら、こちらとしてはそれで構わない。が、どうも、納得いかない様子だな」
「当たり前でしょっ」
後退する足を止めずに、そう言い返せば、レオナードは軽く声を上げて笑った。けれど、すぐに表情を元に戻した。
「では、昨日、君が私の契約金は一時預かりで、切羽詰まるまで保管しておいて欲しい。と言った件にしよう」
「あ゛?」
「【あ゛?】ではない、ミリア嬢。良く聞いて欲しい。そもそも、海を挟んだ異国からのヘルプが瞬時に私の元へ届くわけがない。だから、君の緊急時にすぐに対処できるよう、こうして側に居ることを選んだのだ」
「はぁぁぁっ!?」
絶叫、再び。
もうレオナードが言っていることは支離滅裂だ。私の理解の範疇を超えている。なのに、当の本人は肩を竦めただけだった。
「…………そんなところで納得して欲しかったが、そうもいかないみたいだな」
「あ、当たり前でしょっ」
ちょっとだけ、どもりながらそう言い返せば、今度はレオナードは軽く眉を上げた。どうやら、このお方は、この意味不明な会話を楽しんでおられるようだ。
そんな彼の態度にイラッとした私はジト目で睨みつける。けれど、返ってきた表情は『どこ吹く風』といったもの。
「まぁ、良いだろう。これも想定の範囲内だ。時間はたっぷりある。これまでの経緯と、こうなった経緯を君に説明するのに困らない」
「は?」
「この船旅は1か月。その間、同じ部屋で寝食を共にするんだ。君が納得できるよう、いくらでも時間を取れる」
「ちょ、ちょ、ちょっと待った!意味がわからないわっ」
もう悲鳴と言っても過言ではない私の絶叫に、レオナードはおもむろにポケットからあるものを取り出した。
それは私と同じ種類の部屋の鍵。ってことは、つまり───。
「君と私は目的地まで同じ部屋だ、ということだ。理解できたか?」
「!!!!???」
もはや、声など出ない。出るわけがない。
互いの輝かしい未来を願って、婚約破棄というか偽装婚約をしたというのに、その先の未来にこんなものが待ち受けているなんて、誰が想像できたであろうか。
あり得ない。本当にあり得ない。
けれど、それを受け入れても良いかと思う自分が、もっとあり得ない。そして、その気持ちに気付いた途端、みるみるうちに顔が赤くなるのが、もっとあり得ない。
「ところで、ミリア嬢。覚えているか?」
「な、な、な、な、な、な、何を?」
突然、レオナードから主語の無い問いが飛んできて、不覚にも超が付くほど狼狽えてしまう。
そして、そんな私を見て、レオナードはくすりと笑って、問いを重ねた。
「君は、言葉で分かり合うより、身体で分かり合った方が早いと言ったよな?」
「……………………」
頷くな。絶対に頷くな。頷いたら何かが終わる。さぁ胸鎖乳突筋よ、今まで鍛えてき成果を見せるときだ。絶対に何があっても、動くなっ。
必死にそう念じて、無表情を貫く。今のこの状況、表情だって動かせば、命取りになることを、もう私は直感で気付いている。
そんな中、レオナードまで表情を消して、こう言った。
「私も君の考えには、賛成だ」
「…………………っ」
「さぁ、ミリア嬢。四の五の言わずに、さっさとドレスを脱ぎたまえ。お互いを分かり合うために、ちゃっちゃとやってしまおうではないか」
何か言葉、変わってるし!?
なんてことを言う余裕などない私は、目を白黒させることしかできない。
そんな私を見て、にやりと笑ったレオナードは、優雅な仕草で上着を脱ぐ。そうすれば、限りなく透明に近い黄色のタイピンが視界に入る。それは奇しくも、私が今、付けている髪飾りにはめられているのと同じ宝石だった。
こんな時に、まさかのシンクロ!?
更に狼狽える私を見つめ、レオナードは今まで見たことがない笑みを浮かべて、とてもとても意地の悪いことを口にした。
「ミリア嬢、敵前逃亡する気か?」
「…………っ!?」
なぜ今ここで一番口にして欲しくないことを言ってくれるんだ!?
ひぃっと、声にならない悲鳴を上げたけれど、レオナードはどんどん近づいて来る。───そしてその動きに合わせて、彼のタイピンがキラリと光った。
.。*゚+.*.。 おしまい ゚+..。*゚+
ぷにぷにとしたこの頬っぺたも、今日で触り納め。
そんなことを思ったら、必要以上に撫でまわしてしまい、リジーにちょっと嫌がられてしまった。でも潤んだ瞳で、これ以上は困りますと私を見上げるリジーは悶絶ものに可愛かった。
そんな小動物さ全開のリジーだったけれど、『ミリア様、この部屋はずっと私がお守りしますからね』とも言ってくれた。
人見知りが激しく、自己主張など一切しなかったリジーだというのに。そんな、逞しいことを口にしてくれるなんて。私は我知らず熱いものがこみ上げてしまった。
そして私は、港へ向かった。父上と母様と一緒に。────究極に余談だけれど、兄二人の姿は見えなかった。まぁ別段、気に留めることではない。
さてさて、港に到着したのは良いけれど、私は一向に船に乗り込めないでいる。なぜなら、父上がなんだかんだと注意事項を連ねて、私を引き留めているからだ。
「ミリア、お前は弁が立つ。そして腕も立つ。何より、誰に向かっても物怖じしない態度は、さすが私の娘だと言いたい。だが、それは諸刃の剣でもある。そのことを忘れるな」
「あなた、いい加減にしてあげて下さい。船が出てしまいますわ」
「いや、まだだ。ミリア、はっきり言うが男という生き物を侮ってはいけない。男というのは、面の皮を剥いだら、皆、ケダモノなのだ。わかったな?…………父は例外だ」
「あーなぁーたぁー。いい加減にしてくださいと言ってるではありませんか。その耳は飾りでございますか?」
「…………いや、ちゃんと聞こえている。だが、最後に一つだけ言わせてくれ。ミリア、男は時としてわざと弱い自分をアピールしてくる場合がある。それこそ要注意だ。絶対に耳を傾けるな。自分の弱さをひけらかす男など、人間以下だと思え」
「ねぇ、あなたぁー、強制的に、お口を閉ざして差し上げましょうか?」
「…………わかった。ここまでにしよう。と、とにかく、身体に気を付けなさい。────…………父は………そ、その…………お前の為なら、いつでも海を越えて、お前を泣かせる奴を殺しに行ってやる」
…………はなむけの言葉としては、少々物騒な言葉を頂戴したけれど、父上らしいと言えば父上らしい。
いや、まて。父上が私に向かって、こんな言葉を口にすることは、父上らしくはない。そして良妻賢母を絵に描いて生きてきたはずの母様が、かかあ天下だったという事実に、私は何かしらのコメントをすべきなのだろうか。
まぁ、いっか。
とにかく私が長年思い込んできた夫婦像からは真逆にあるようだけれど、お似合いの夫婦で良かったですね。
という結論に達した私は、娘らしく、しとやかに頭を下げた。そして顔を上げて別れの言葉を口にした。
「今まで、ありがとうございました、お父様、お母様。では、行って参ります」
「いってらっしゃい、ミリア。身体に気を付けてね。ナナリーちゃんによろしく」
「……………………」
母様はにこやかに送り出してくれたけれど、父上は無言だった。けれど、深く頷いてくれた。
それから出航手続きを終えた私は、すぐに部屋に向かうのではなく、甲板に足を向ける。そして、旅行鞄を足元に置いて軽く伸びをした。風が心地良い。
甲板には見送りの為だろう、港側に沢山の人がいる。それでも、一人分のスペースを見つけた私は身体をねじ込ませ、両親の姿を探した。
二人の姿を見付けた途端、出航の合図である汽笛の音が聞こえる。それと同時に船はゆっくりと港を離れていった。少し身体を乗り出して、両親の方へと視線を向ければ、私に気付いた母様は軽く手を挙げて微笑んでくれた。
父上も微笑んでいるのだろう。ただ、それはなぜか悪鬼羅刹のオーラが漲っていて、両親の周りだけ人が蜘蛛の巣を散らしたかのように去って行った。…………見なかったことにしよう。
そんなことを思ったけれど、結局小さくなっていく両親を最後まで見つめ、そして完全に姿が見えなくなるまでそこに居た。
それは、両親との別れが辛かった訳ではない。ただ別の事で頭がいっぱいで、部屋に移動することを忘れてしまっていたからだった。
【ミリア嬢、私は君の事が─────】
好きだよ。
レオナードは昨日私にそう言った。好きだったよ、ではなく、好きだよと。現在進行形で。
まったくもう、わざわざ口にすることではないのに。私だってレオナードには同志という気持ちから好意を持っていたのに。
でも、キスの後に抱きしめられて、あんなふうに言われたら、私も勘違いしてしまうというもの。
っていうか、別れる直前で、しかも乗船券を渡したあとに、あんなことを言うなんて………ああ、巷で言うアレか。そっかアレだ。アレしかない。
一番大事な部分をアレという言葉に置き換えて私は無理矢理、結論付ける。そしてやっとこさ客室へ足を向けた。ちなみにアレが何かは、私自身わかっていない。
移動すること数分。超が付くほどの富裕層向けの部屋の鍵を受け取った私は、色々思うことがあるけれど、それを全部胸に押しとどめ、扉を開けた。
「やあ、ミリア様。随分とここへ来るのが遅かったな。悪いが先に待たせてもらった」
……………………は?
「何でここに居るの!?」
少しの間を置いて、素っ頓狂な声を出した私に、ソファで優雅に腰掛けていたレオナードは、やおら立ち上がって、こちらに向かいながら口を開いた。
「傷心旅行だ」
「はぁ!?」
部屋に一歩足を踏み入れたまま今度は目を剥いて叫んだ私を横切って、レオナードはそんな訳のわからないことを口にする。
そして扉の前に立つと、くるりと視線を私に向けてこう言った。
「と、言ったら、君は納得してくれるか?ミリア嬢」
────カチャン。
レオナードがそう言い終えた瞬間、部屋に小さな金属音が響いた。数秒遅れて、その音がカギを閉めた音だと気付いた。
どうしよう。何かわからないけれど、退路を断たれてしまった。と、なると、もう私は彼と距離を取るしかない。そう思った時には、私は、そろりそろりと壁側へと移動を始めていた。
けれどレオナードは、表情を変えず、ゆっくりと距離を詰めながら飄々と口を開く。
「そう思ってもらえるなら、こちらとしてはそれで構わない。が、どうも、納得いかない様子だな」
「当たり前でしょっ」
後退する足を止めずに、そう言い返せば、レオナードは軽く声を上げて笑った。けれど、すぐに表情を元に戻した。
「では、昨日、君が私の契約金は一時預かりで、切羽詰まるまで保管しておいて欲しい。と言った件にしよう」
「あ゛?」
「【あ゛?】ではない、ミリア嬢。良く聞いて欲しい。そもそも、海を挟んだ異国からのヘルプが瞬時に私の元へ届くわけがない。だから、君の緊急時にすぐに対処できるよう、こうして側に居ることを選んだのだ」
「はぁぁぁっ!?」
絶叫、再び。
もうレオナードが言っていることは支離滅裂だ。私の理解の範疇を超えている。なのに、当の本人は肩を竦めただけだった。
「…………そんなところで納得して欲しかったが、そうもいかないみたいだな」
「あ、当たり前でしょっ」
ちょっとだけ、どもりながらそう言い返せば、今度はレオナードは軽く眉を上げた。どうやら、このお方は、この意味不明な会話を楽しんでおられるようだ。
そんな彼の態度にイラッとした私はジト目で睨みつける。けれど、返ってきた表情は『どこ吹く風』といったもの。
「まぁ、良いだろう。これも想定の範囲内だ。時間はたっぷりある。これまでの経緯と、こうなった経緯を君に説明するのに困らない」
「は?」
「この船旅は1か月。その間、同じ部屋で寝食を共にするんだ。君が納得できるよう、いくらでも時間を取れる」
「ちょ、ちょ、ちょっと待った!意味がわからないわっ」
もう悲鳴と言っても過言ではない私の絶叫に、レオナードはおもむろにポケットからあるものを取り出した。
それは私と同じ種類の部屋の鍵。ってことは、つまり───。
「君と私は目的地まで同じ部屋だ、ということだ。理解できたか?」
「!!!!???」
もはや、声など出ない。出るわけがない。
互いの輝かしい未来を願って、婚約破棄というか偽装婚約をしたというのに、その先の未来にこんなものが待ち受けているなんて、誰が想像できたであろうか。
あり得ない。本当にあり得ない。
けれど、それを受け入れても良いかと思う自分が、もっとあり得ない。そして、その気持ちに気付いた途端、みるみるうちに顔が赤くなるのが、もっとあり得ない。
「ところで、ミリア嬢。覚えているか?」
「な、な、な、な、な、な、何を?」
突然、レオナードから主語の無い問いが飛んできて、不覚にも超が付くほど狼狽えてしまう。
そして、そんな私を見て、レオナードはくすりと笑って、問いを重ねた。
「君は、言葉で分かり合うより、身体で分かり合った方が早いと言ったよな?」
「……………………」
頷くな。絶対に頷くな。頷いたら何かが終わる。さぁ胸鎖乳突筋よ、今まで鍛えてき成果を見せるときだ。絶対に何があっても、動くなっ。
必死にそう念じて、無表情を貫く。今のこの状況、表情だって動かせば、命取りになることを、もう私は直感で気付いている。
そんな中、レオナードまで表情を消して、こう言った。
「私も君の考えには、賛成だ」
「…………………っ」
「さぁ、ミリア嬢。四の五の言わずに、さっさとドレスを脱ぎたまえ。お互いを分かり合うために、ちゃっちゃとやってしまおうではないか」
何か言葉、変わってるし!?
なんてことを言う余裕などない私は、目を白黒させることしかできない。
そんな私を見て、にやりと笑ったレオナードは、優雅な仕草で上着を脱ぐ。そうすれば、限りなく透明に近い黄色のタイピンが視界に入る。それは奇しくも、私が今、付けている髪飾りにはめられているのと同じ宝石だった。
こんな時に、まさかのシンクロ!?
更に狼狽える私を見つめ、レオナードは今まで見たことがない笑みを浮かべて、とてもとても意地の悪いことを口にした。
「ミリア嬢、敵前逃亡する気か?」
「…………っ!?」
なぜ今ここで一番口にして欲しくないことを言ってくれるんだ!?
ひぃっと、声にならない悲鳴を上げたけれど、レオナードはどんどん近づいて来る。───そしてその動きに合わせて、彼のタイピンがキラリと光った。
.。*゚+.*.。 おしまい ゚+..。*゚+
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初めまして、茂栖もすです。このお話は10:10に更新しています。時々20:20にも更新するので、良かったら覗いてみてください٩( ''ω'' )و
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