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23日目①
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.。*゚+.*.。 23日目 ゚+..。*゚+
「煮るなり焼くなり、好きにしてくれ。ただ、どうか命だけは奪わないでくれ」
「ねえ、レオナード。質問だけれど、煮て焼いた人間がまだ生きてると思うの?」
「………いや、無理だろう」
「そう。で、会った早々、矛盾することをのたまってくれたけど、私にどうして欲しいの?」
「昨日、成り行きとはいえ、君に淫らな行為をしたことを許して欲しい」
「あーそうだったわね。別に良いわよ。気にしてないわ」
「ど、ど、ど、どういう風の吹き回しだ!?」
「思った以上に不快じゃなかったら。それに、あの場は、ああするしかなかったでしょ?」
「………………そう………か」
本日も無事にレオナードの屋敷に足を運んだ私だったけれど、到着早々、奇怪な謝罪を受けてしまい微妙な顔をしてしまう。
そして、許しを貰ったはずのレオナードの表情は納得できないと雄弁に語っている。……………っとに、何がご不満なのだろうか。
さて、今日も晴天なり。そして私達は東屋にいる。ちなみに、目の前にはシェフティエが渾身の力で作成したフォンダンショコラが置かれている。風に乗って、甘い香りが鼻をくすぐり、思わずじゅるりと涎が出てしまう。
.........早く食べたい。
そんな気持ちを隠さず、ちらっとレオナードを伺い見ても、彼は何やら真剣な表情で考え込んでしまっている。何だか、フォークを手にしてはいけないような雰囲気だ。
と言いう訳で、手持ち無沙汰の私は、昨日の一件を思い出してみた。
あの時、デリックの煽りというか、意地の悪い挑発を受け、レオナードは私に本気でキスしようと私の腕を強く掴んで引き寄せた。その力は想像以上のもので、私はレオナードの胸に飛び込む形となってしまった。
そして、顎に手を添えられ、レオナードの顔が近付いてくる。徐々に顔を傾け、翡翠色の瞳が閉じられようとしたその瞬間───レオナードは、はっと我に返った。
けれど、ここで中途半端に止めるわけにもいかない。じゃあ、どうすれば良い!?そんなレオナードの葛藤が伝わってくる。
そして僅か数秒で彼が出した結論は、私の唇のすぐ横にキスをするというものだった。
『………………兄さん、今のってさぁ、キスしたつもりなの?』
がっつり、しっかり、瞬きなどせず、ことの成り行きを見守っていたデリックは、露骨に溜息を付きながら、そんなことを口にした。
まぁ、そう言いたくなるデリックの気持ちはわからなくはない。わからなくはないけれど、そんなこと声に出して聞いて欲しくはなかったけれど。
でも、困った。これは、かえって私達が偽装婚約をしていると公言してしまったようもの。ぶっちゃけ余計なことをしてしまった感が否めない。さて、このピンチどう切り抜けようか。あと、私は現在進行形でレオナードに抱え込まれている状況。成り行き上、仕方がないとはいえ、いい加減離れたほうが良いだろう。
と、諸々考えながら身動ぎした私を、レオナードは更に強く抱きしめた。ちょ、ちょっと、いや、かなり苦しい。
そして、ぎゅっと抱きしめられてしまえば、視界は闇に閉ざされて、レオナードの鼓動が服越しにはっきりと伝わってくる。彼も相当、動揺しているのだろう。心拍数が半端ない。もちろん私の心臓もドキドキと暴れまわっている。レオナードに聞かれてしまうのが、恥ずかしいくらいに。
『デリック、お前、わかってないな』
静まれ、自分の心臓っ、そう念じていたら、不意にレオナードの声が頭上から降ってきた。それは、あからさまに相手を馬鹿にするような口調だった。
『な、何がだよ、兄さん』
ちょっと狼狽えたデリックの声が少し離れた場所から聞こえてくる。ちなみに、私もデリックと同様、何もわかっていない。できれば教えて欲しい。
でも、多分、レオナードの言葉は、この場を誤魔化すための、はったりなのだろう。だってレオナードはその口調とは裏腹に、鼓動が早いままだ。こんな状態で、アドリブで乗り切れるの!?大丈夫!?
そんなことを思った瞬間、レオナードは私の後頭部に手を当てると、更に深く抱え込んで、こうのたまった。
『一度でも愛するミリアに触れてしまったら、歯止めがきかないから寸止めをしたんだ。ったく、お前、そんなこともわからないのかよ。っとに、いつまで経ってもガキだな』
『………………なっ』
デリックは短い言葉を吐いた後、悔しそうに言葉にならない呻き声をあげた。そして私は、ナイスアドリブ!と、心の中でレオナードに向かって拍手喝采だった。
そんな中、レオナードは留めの一撃と言わんばかりに、こう口にした。
『それともデリック、お前、この続きが見たかったのか?はっ、馬鹿め。誰が見せるか。ミリアは俺だけのものだ。お前なんかに、彼女の特別な表情なんて見せるわけないだろ』
ああ、色恋ネタで兄に馬鹿にされるのは、弟としては相当、堪えるのだろう。
デリックは何も言わない。けれど、煽り返しを受けたのだ。吐いた息から悔しさが滲み出ているのが気配で伝わってくる。…………でも、デリック、これも身から出た錆。甘んじて受け止めろ。
と、私はレオナードの腕の中で、そんな意地の悪いことを思ってしまったのだった。
────というのが、昨日の一件の結末。
結局のところ、私はレオナードから淫らなことはされなかた。いや、グレー判定でとどまったというのが、正しい表現なのだろう。
まぁ、唇が肌に触れたので、契約違反だと私は怒る権利はあるのかもしれない。けれど、あの機転を利かしたレオナードの即興の演技は感嘆モノだったので、良しとすることにしたのだった。
「煮るなり焼くなり、好きにしてくれ。ただ、どうか命だけは奪わないでくれ」
「ねえ、レオナード。質問だけれど、煮て焼いた人間がまだ生きてると思うの?」
「………いや、無理だろう」
「そう。で、会った早々、矛盾することをのたまってくれたけど、私にどうして欲しいの?」
「昨日、成り行きとはいえ、君に淫らな行為をしたことを許して欲しい」
「あーそうだったわね。別に良いわよ。気にしてないわ」
「ど、ど、ど、どういう風の吹き回しだ!?」
「思った以上に不快じゃなかったら。それに、あの場は、ああするしかなかったでしょ?」
「………………そう………か」
本日も無事にレオナードの屋敷に足を運んだ私だったけれど、到着早々、奇怪な謝罪を受けてしまい微妙な顔をしてしまう。
そして、許しを貰ったはずのレオナードの表情は納得できないと雄弁に語っている。……………っとに、何がご不満なのだろうか。
さて、今日も晴天なり。そして私達は東屋にいる。ちなみに、目の前にはシェフティエが渾身の力で作成したフォンダンショコラが置かれている。風に乗って、甘い香りが鼻をくすぐり、思わずじゅるりと涎が出てしまう。
.........早く食べたい。
そんな気持ちを隠さず、ちらっとレオナードを伺い見ても、彼は何やら真剣な表情で考え込んでしまっている。何だか、フォークを手にしてはいけないような雰囲気だ。
と言いう訳で、手持ち無沙汰の私は、昨日の一件を思い出してみた。
あの時、デリックの煽りというか、意地の悪い挑発を受け、レオナードは私に本気でキスしようと私の腕を強く掴んで引き寄せた。その力は想像以上のもので、私はレオナードの胸に飛び込む形となってしまった。
そして、顎に手を添えられ、レオナードの顔が近付いてくる。徐々に顔を傾け、翡翠色の瞳が閉じられようとしたその瞬間───レオナードは、はっと我に返った。
けれど、ここで中途半端に止めるわけにもいかない。じゃあ、どうすれば良い!?そんなレオナードの葛藤が伝わってくる。
そして僅か数秒で彼が出した結論は、私の唇のすぐ横にキスをするというものだった。
『………………兄さん、今のってさぁ、キスしたつもりなの?』
がっつり、しっかり、瞬きなどせず、ことの成り行きを見守っていたデリックは、露骨に溜息を付きながら、そんなことを口にした。
まぁ、そう言いたくなるデリックの気持ちはわからなくはない。わからなくはないけれど、そんなこと声に出して聞いて欲しくはなかったけれど。
でも、困った。これは、かえって私達が偽装婚約をしていると公言してしまったようもの。ぶっちゃけ余計なことをしてしまった感が否めない。さて、このピンチどう切り抜けようか。あと、私は現在進行形でレオナードに抱え込まれている状況。成り行き上、仕方がないとはいえ、いい加減離れたほうが良いだろう。
と、諸々考えながら身動ぎした私を、レオナードは更に強く抱きしめた。ちょ、ちょっと、いや、かなり苦しい。
そして、ぎゅっと抱きしめられてしまえば、視界は闇に閉ざされて、レオナードの鼓動が服越しにはっきりと伝わってくる。彼も相当、動揺しているのだろう。心拍数が半端ない。もちろん私の心臓もドキドキと暴れまわっている。レオナードに聞かれてしまうのが、恥ずかしいくらいに。
『デリック、お前、わかってないな』
静まれ、自分の心臓っ、そう念じていたら、不意にレオナードの声が頭上から降ってきた。それは、あからさまに相手を馬鹿にするような口調だった。
『な、何がだよ、兄さん』
ちょっと狼狽えたデリックの声が少し離れた場所から聞こえてくる。ちなみに、私もデリックと同様、何もわかっていない。できれば教えて欲しい。
でも、多分、レオナードの言葉は、この場を誤魔化すための、はったりなのだろう。だってレオナードはその口調とは裏腹に、鼓動が早いままだ。こんな状態で、アドリブで乗り切れるの!?大丈夫!?
そんなことを思った瞬間、レオナードは私の後頭部に手を当てると、更に深く抱え込んで、こうのたまった。
『一度でも愛するミリアに触れてしまったら、歯止めがきかないから寸止めをしたんだ。ったく、お前、そんなこともわからないのかよ。っとに、いつまで経ってもガキだな』
『………………なっ』
デリックは短い言葉を吐いた後、悔しそうに言葉にならない呻き声をあげた。そして私は、ナイスアドリブ!と、心の中でレオナードに向かって拍手喝采だった。
そんな中、レオナードは留めの一撃と言わんばかりに、こう口にした。
『それともデリック、お前、この続きが見たかったのか?はっ、馬鹿め。誰が見せるか。ミリアは俺だけのものだ。お前なんかに、彼女の特別な表情なんて見せるわけないだろ』
ああ、色恋ネタで兄に馬鹿にされるのは、弟としては相当、堪えるのだろう。
デリックは何も言わない。けれど、煽り返しを受けたのだ。吐いた息から悔しさが滲み出ているのが気配で伝わってくる。…………でも、デリック、これも身から出た錆。甘んじて受け止めろ。
と、私はレオナードの腕の中で、そんな意地の悪いことを思ってしまったのだった。
────というのが、昨日の一件の結末。
結局のところ、私はレオナードから淫らなことはされなかた。いや、グレー判定でとどまったというのが、正しい表現なのだろう。
まぁ、唇が肌に触れたので、契約違反だと私は怒る権利はあるのかもしれない。けれど、あの機転を利かしたレオナードの即興の演技は感嘆モノだったので、良しとすることにしたのだった。
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初めまして、茂栖もすです。このお話は10:10に更新しています。時々20:20にも更新するので、良かったら覗いてみてください٩( ''ω'' )و
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