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10日目①
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.。*゚+.*.。 10日目 ゚+..。*゚+
「めんどくさいと書いて社交界読む」
「なるほど。何の捻りもないが、確かに頷けるな」
「そう。今日は珍しく話が合うわね。なら続けさせてもらうけど、くだらない噂話と、自分を盛り過ぎて返って醜悪になる女性陣に、つまみ食い万歳という表情を隠さない男性陣。そして、愚の骨頂とも言えるダンス。社交界の必要性を感じた事ってある?」
「不必要なものも、必要なこと。それが貴族社会というものだ。能書きはこれまでだ。さて、ダンスのレッスンを始めよう」
「…………………はい」
しおらしい返事をしたものの、正直言って気が重い。苦手なもの、かつ今後、役に立つとは思えないものを短期集中で覚えないといけないとわかっていれば、本当に気が重い。そして知らず知らずのうちに溜息まで零れてしまう。
けれど、レオナードはそれを綺麗にスルーしている。ある意味彼も腹をくくったということなのだろう。
さて、今日も私達はボールルームにいる。館内にいるので天候などどうでも良いけれど、今日は雨は降りそうもない曇り空。この中途半端な天気が今後の私のダンスレッスンの結果を示しているようで、先行きは不安でしかない。
そんな思いを胸に抱えている私とは対照的に、レオナードはホールの中央に進み出る。そして、私に振り返ってこう言った。
「ミリア嬢、では早速だが、基本のステップを覚えてもらう。全部で4種類だ。今日のノルマはこれ全てを身体に叩き込むことだ」
この人、今…………目標ではなく、ノルマと言ったよね!?
ぎょっと目を剥いてレオナードを見つめても、彼は動じることはな………いこともなく、若干、汗をかいている。多分、緊張からくる冷や汗に近いものなのだろう。そう彼だって、ノルマと口にしておきながら、それが無理無謀なことは十分承知しているのだ。
………実は昨日、あの後、ちょっとだけ練習をした。
といっても、まずはダンスの音楽に慣れようということから始まり、レオナードは最高級品の蓄音機を運ばせ、手当たり次第にダンス曲を流したのだ。
広いボールルームで奏でられるそれは、真っ白い大理石と窓から差し込む光に反射するようで、とても綺麗な音色だった。普段、ラッパの音しか慣れ親しんでいない私にとったら、実に新鮮で思わず聞き入ってしまう程。
そして気を良くした私は、ノリと勢いで『ちょっと踊ってみようかしら』と、何気なく口にしてしまったのだ。もちろんレオナードがそれを聞き逃すはずもなく、一番簡単なステップから始めようということになり…………結果は惨敗であった。
さすがに彼の足を粉砕するほどは踏みつけていないけれど、今日の彼の靴は少々ごつい。これは昨日の参事を繰り返すことを予期して選んだものなのだろう。そして、どうあっても覚えてもらうという意気込みも感じられてしまう。
「さぁ、ミリア嬢。時間は有限だ。こうしている間にも刻一刻と夜会への参加時刻に近づいている。もう、繰り返し体に覚えさせるしかないんだ…………さぁ……」
少し離れた場で、もっともらしいことを言いながら、さぁさぁと私を急かすレオナードの手も、良い感じに震えている。彼もわかっているのだ。乗り掛かった舟がすでに沈没していることを。
それでも、やるしかない。
私は挑むようにレオナードを見つめながら、彼の元へ足音荒く進む。
「やってやろうじゃないの」
「そうだ、その意気だ」
互いの手が触れて、レオナードは自然な流れで私の腰に手を回した。
そこで『あれ?契約内容って、腕までの接触じゃなかったっけ!?』と一瞬、思ってしまった。けれど、今それを口にすべきではない。言うべきだったのは、メロンを前にした時だったのだ。
「では、いくぞ」
私の思考を遮るように、レオナードの硬い声が降ってくる。
「はい、いつでもかかってきなさい」
深呼吸して頷けば、レオナードは私の腰に回した手にぐっと力を入れ、一歩を踏み出した。────それを合図に本格的なレッスンが始まった。
「めんどくさいと書いて社交界読む」
「なるほど。何の捻りもないが、確かに頷けるな」
「そう。今日は珍しく話が合うわね。なら続けさせてもらうけど、くだらない噂話と、自分を盛り過ぎて返って醜悪になる女性陣に、つまみ食い万歳という表情を隠さない男性陣。そして、愚の骨頂とも言えるダンス。社交界の必要性を感じた事ってある?」
「不必要なものも、必要なこと。それが貴族社会というものだ。能書きはこれまでだ。さて、ダンスのレッスンを始めよう」
「…………………はい」
しおらしい返事をしたものの、正直言って気が重い。苦手なもの、かつ今後、役に立つとは思えないものを短期集中で覚えないといけないとわかっていれば、本当に気が重い。そして知らず知らずのうちに溜息まで零れてしまう。
けれど、レオナードはそれを綺麗にスルーしている。ある意味彼も腹をくくったということなのだろう。
さて、今日も私達はボールルームにいる。館内にいるので天候などどうでも良いけれど、今日は雨は降りそうもない曇り空。この中途半端な天気が今後の私のダンスレッスンの結果を示しているようで、先行きは不安でしかない。
そんな思いを胸に抱えている私とは対照的に、レオナードはホールの中央に進み出る。そして、私に振り返ってこう言った。
「ミリア嬢、では早速だが、基本のステップを覚えてもらう。全部で4種類だ。今日のノルマはこれ全てを身体に叩き込むことだ」
この人、今…………目標ではなく、ノルマと言ったよね!?
ぎょっと目を剥いてレオナードを見つめても、彼は動じることはな………いこともなく、若干、汗をかいている。多分、緊張からくる冷や汗に近いものなのだろう。そう彼だって、ノルマと口にしておきながら、それが無理無謀なことは十分承知しているのだ。
………実は昨日、あの後、ちょっとだけ練習をした。
といっても、まずはダンスの音楽に慣れようということから始まり、レオナードは最高級品の蓄音機を運ばせ、手当たり次第にダンス曲を流したのだ。
広いボールルームで奏でられるそれは、真っ白い大理石と窓から差し込む光に反射するようで、とても綺麗な音色だった。普段、ラッパの音しか慣れ親しんでいない私にとったら、実に新鮮で思わず聞き入ってしまう程。
そして気を良くした私は、ノリと勢いで『ちょっと踊ってみようかしら』と、何気なく口にしてしまったのだ。もちろんレオナードがそれを聞き逃すはずもなく、一番簡単なステップから始めようということになり…………結果は惨敗であった。
さすがに彼の足を粉砕するほどは踏みつけていないけれど、今日の彼の靴は少々ごつい。これは昨日の参事を繰り返すことを予期して選んだものなのだろう。そして、どうあっても覚えてもらうという意気込みも感じられてしまう。
「さぁ、ミリア嬢。時間は有限だ。こうしている間にも刻一刻と夜会への参加時刻に近づいている。もう、繰り返し体に覚えさせるしかないんだ…………さぁ……」
少し離れた場で、もっともらしいことを言いながら、さぁさぁと私を急かすレオナードの手も、良い感じに震えている。彼もわかっているのだ。乗り掛かった舟がすでに沈没していることを。
それでも、やるしかない。
私は挑むようにレオナードを見つめながら、彼の元へ足音荒く進む。
「やってやろうじゃないの」
「そうだ、その意気だ」
互いの手が触れて、レオナードは自然な流れで私の腰に手を回した。
そこで『あれ?契約内容って、腕までの接触じゃなかったっけ!?』と一瞬、思ってしまった。けれど、今それを口にすべきではない。言うべきだったのは、メロンを前にした時だったのだ。
「では、いくぞ」
私の思考を遮るように、レオナードの硬い声が降ってくる。
「はい、いつでもかかってきなさい」
深呼吸して頷けば、レオナードは私の腰に回した手にぐっと力を入れ、一歩を踏み出した。────それを合図に本格的なレッスンが始まった。
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初めまして、茂栖もすです。このお話は10:10に更新しています。時々20:20にも更新するので、良かったら覗いてみてください٩( ''ω'' )و
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