上 下
39 / 45
お遣いの章

お遣い中でも身だしなみは大事です①

しおりを挟む
 シュスイへ向けて出発して今日で二日目。初日は、なだらかな街道をゆっくり歩き、夕方には旅籠に泊まった。

 旅籠では、部屋割りを巡ってシュウトとヒノエが一触即発の危機があったけど、とりあえず皆、無傷で朝日を拝むことができた。

 今日は、舗装されていない山道をずっと、ずっと、ずぅーと、ずぅっーと歩いている。そしてこの先も当分続く───らしい。ぶっちゃけ、気が遠くなる。

 そんなこんなで、私は思わず息を切らしながら、ぽろりと弱音をこぼしてしまった。

「シュスイの秘境って遠いのね……」と。

 よく考えれば、今まで長時間歩くのも、舗装してない山道を歩くのも初めてだった。しかも、傷が癒えてからもほとんど外出していなかった。病み上がりといえば聞こえは良いけれど、とどのつまり運動不足だったので、すでに膝がガクガクしている。

 遠足気分でいれたのは初日だけ。というか、そんな気分でいれたのは私の考えが甘かっただけのこと。

「瑠璃、強情張らずに、そろそろこちらに来い」

 そう言ってカザハに騎乗したまま手を差し伸ばしてくれるシュウトに、私は無言で首を横に振る。

 今朝からシュウトは何度も、カザハに乗るように進めてくれる。でも素直に頷けない。それは未だにシュウト達の同行を認めていないからではなく、昨日、大人気なくふて腐れてしまった手前、どうしていいのかわからず意地になっているだけのこと。

 ちなみにシュウトもナギも相変わらずの様子で、私に対して苛立ちも怒りも不満もなく、ただ私の体調だけを気遣ってくれる。

 正直な気持ち、今朝二人の顔を見てほっとしたのだ。まだ傍にいてくれる、と。
 シュスイは聖域で安全なところだとタツミから聞いているし、私が会うべき人物は神殿を護る巫女で私の到着を心待ちにしているらしい。つまり私に対して悪意どころか歓迎してくれている……らしい。

 でも知らない世界で見ず知らずの人に会うという不安は消されていない。

 だからシュウトとナギが傍にいてくれるのは私にとったら何より安心できるということ。……本当は、それ以外にもある。

 単純にシュウトと外を並んで歩けて嬉しい。
 朝、おはようと言ってくれて嬉しいし、振り返って目が合うとふわりと笑ってくれる、ただそれだけのことが、胸をぎゅっと掴まれるぐらい嬉しい。

 それを素直に言葉にして伝えたら良いのにと思うけれど、私は未だに素直に胸の内を伝える事が苦手で、昨日の仲直りのやり方すら見つけられずにいる。

 そしてそれを認めたくない私は、年齢もさることながら見た目も中身もこの5人の中で一番子供である。

「─────……瑠璃、ほら」

 再びシュウトは私に手を差し伸べてくれる。

「だ……大丈夫。はぁはぁ……全然、ま、まだ歩けます」
「あと二歩が限界のように見えるぞ」
「……き、気のせいです。余裕で歩けます……はぁはぁ」

 強がりを言ってみたところで、息切れは誤魔化すことができなかった。そんな私の荒い息が先導しているタツミにまで聞こえてしまったのだろう。タツミは振り返り、こちらに戻りながら口を開いた。

「まぁ、ここまで歩けば明日にはシュスイに到着ですわ。ちょうど近くに廃寺があるんで、今日はここで休みましょ」
「……はい、わかっ───ひゃっ」

 タツミは、ひょいと私を抱きかかえると、カザハに座らせた。

「瑠璃さま、もうすぐっすよ~。だからもうちょっと、我慢してくださいね」

 タツミは私に向かってにっこりと笑うと、カザハの鼻先を軽く撫で、手綱を引いて歩き出した。

 カザハに乗るのを拒んでいた私だけど、タツミの人懐っこい笑顔に素直にうなずいてしまう。

 出会った時からそうだったけど、タツミは人の心を解すのに長けている。タツミの爪の垢を煎じて飲んだら、この可愛げのない性格は少しはマシになるのだろうか。まぁ、本当にそんなもん出てきたら全力で拒否するけれど。

 それと、どうでも良いけれど・・・恨みがましい目で、タツミを睨むシュウトを窘めたほうが良いのだろうか。ただ、その手に持ってる物騒なヤツは直ちにしまってもらうようお願いすべきだろう。私も大人気ないけど、シュウトもそこそこに大人気ない。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 タツミが言っていた廃寺は、それから半時も経たず姿を現した。見た目は、かなり薄気味悪いけど、堂の中は以外にも広く、一晩休むには、十分な建物だった。

「でも、絶対、夜は怖いわよね……」

 私は靴を脱いで、思いっきり伸びをしながら独り言を呟いた。

「……瑠璃さま、夜ではなくても見れますわよ」
「……え?───ひゃぁ!!」

 急に寒気を帯びて振り返ったら、すぐ後ろに人形のように整った顔のヒノエがいた。おののく私とは対照的に、ヒノエの表情は全く動かない。と、いうことで、ヒノエのさっきの発言が本当なのか冗談なのか全くわからない。一応……念のため、確認しよう。

「ヒノエさん……あの、冗談ですよね?」
「ふふっ……さぁ、どうでしょう」

 ヒノエは意味ありげに、微笑むだけだった。確認なんてしなければよかった。

 実際私は、真っ暗な社で一人で過ごしたこともあるし、人外の生き物にも遭遇しているけど、それはそれ、これはこれ。やっぱり怖いものは怖い。選べるものなら絶対に、会いたくないものだ。

 蒼白になっている私に、少し間を置いてヒノエはおっとりと口を開いた。

「大丈夫ですわ。ここにいるのは雑魚ばかり。怖がる程のものではありません」

 あーやっぱりいるんだ……。できれば、そんなものいないから大丈夫という答が良かった。でも聞いてしまったものは仕方がない。都合よくここだけ記憶喪失になれない私は、今日は一番に寝ようと、こっそり心に誓った。

 それからとりあえず、食料を調達するといって、タツミを含む男性の三人は、夕暮れ間近なのに、寺から飛び出してしまった。

 幸い廃寺にも台所があったので、私とヒノエは、三人がいつでも帰ってきたら調理に取り掛かることができるように、手分けをして掃除を始めた。けれど───

「それにしても、瑠璃様……その格好は如何かと……」
「え?」

 黙々と板張りに雑巾がけをしていた私は、ヒノエに突然、話しかけられ手を止めた。

 如何と言われても───私は視線を下に向けて、自分の服装を改めて見回す。

 私が身につけているものは確かに高価な衣ではないがシュスイに行くと決まって、ナギが用意してくれた肌触りの良い丈夫な木綿の衣だ。

 このコキヒ国では旅服は女性でも袴を履くので、とても歩きやすい。あとケープみたいな外套を羽織る。

 衣と袴は深緑、外套は山吹色。どれも指し色に緋色の装飾が付いていて、私は一目見ただけで、この旅服がお気に入りになったのだ。ということで、特に如何呼ばわりされるほどの格好ではない。私はヒノエの言葉にきょとんと首を傾げる。

 ヒノエは、そのとぼけた私の反応に、イラっとしたらしく、目をむいて叫んだ。

「仮にもシュスイの姫君が、こんな小汚い格好をして……野良着にザンバラ髪でヒノエは……ヒノエは情けなくて、涙が出てきます!!」



 ───イヤイヤ……涙なんて出てないじゃん。

 なんていうツッコミを心の中で、力いっぱい入れた。もちろん、声に出す勇気はなかったけれど。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。 宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。 だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!? ※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。

私のお母様に惚れた?私のお母様はお義母様で、お父様なのよ

京月
恋愛
ジークはレレイナのお母様に恋をしてしまった。 しかし、お母様には秘密があった。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

処理中です...