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寄り道の章

イケメン……ではなくて、神馬に相談します

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 胸の内を全て吐き出して、深い眠りについた後───翌日、私はパンパンに腫れた顔に、再び、涙を浮かべるハメになってしまった。

 そんな私の顔を見たナギは、無言で濡れた手ぬぐいを渡してくれたが、その口元は、必死に笑いを堪えるよう震えていた。

 ナギに言いたい。もう、いっそ笑って下さい、と。中途半端な優しさは、余計、心を抉るというものだ。

 とはいえ、良く冷えた手ぬぐいのおかげで私の顔の腫れはあっという間に引いてくれて、それから一週間、穏やかな日々が続いていた。

 私は相変わらず縁側で読書をして、シュウトはふらふらしていて、ナギは忙しそうに家事と小言に専念していた。

 まぁ強いて言うなら、ナギのお手伝いをしようとして、包丁で指を切り、台所の立ち入りを禁止されたことと、シュウトの距離感が半端なく近くなったことぐらいが、変化といえば変化だ。



 …………嘘です。



 もちろん私達3人は喧嘩なんてしていないし、私が台所に立入禁止になったのも、シュウトがナギがいようともお構いなく私に触れるのも、全部事実だ。

 でも、穏やかな生活とは言い難い。なぜなら、シュウトとナギの腰には常に太刀がある。

 もちろん【そんな物騒なもの四六時中腰にぶら下げてるけど、どうしたの?】なんて、聞けない。だって、それを口すれば、私は自分の首を絞めることになる。

 きっとシュウトとナギも私と同じ気持ちなのだろう。だから私に何も言わないし、何も聞かない。
 


 そんな表面上は穏やかだけど、実際はピリピリしてる。その複雑な空気に耐え切れず、私は今日は読書をお休みして厩にいる。

 厩には、カザハとツユキがいて、同じ餌箱から干し草を食んでいる。思わず笑みがこぼれてしまうほど、この2頭は仲良しなのだ。

 そして二頭とも、私が厩に入って来ても、チラリと視線を投げるだけ。

 つまり私は二頭にとったら、干し草以下の存在らしい。でも、今の私には、この感じが居心地が良い。それに、カザハ達は優しい。私がこうして側に近寄っても絶対に威嚇したりしないのだ。まぁ、干し草さえ奪わなければの話だけれど。


 そんな一心不乱に干し草を食んでいるカザハに抱き着きながら、私はぽつりと本音を呟いた。 


「───ねえ、カザハ、どう思う?」

ブルルッ

「シュウトとナギさんにちゃんと言った方が良いのかな?私を引き留めないでって」

ブルルッ

「でも、それを言って逆に二人に引き留められたら、どうしよう。私、駄目って言い切る自信がない」

ブルルッ

「もし、ね、二人が一緒にお遣いに行ってくれたら、私、凄く嬉しいんだ」

ブルルッ

「もちろん、二人は、ここから外には出たくないから、そんなこと言えないけど」

ブルルッ


 カザハは私の独り言に、律儀に相づちを打ってくれる。シュウトから、カザハは人語がわかるって教えて貰ったけど、本当みたいだ。

 きっと日本にいた頃、そんなことを言われたら『そんな馬鹿な』と思うか、『あぁこの人、イタい人』だと距離を置くかの二択だろう。

 でも、異世界に転移できる人間がいたり、何だかよくわからない神っぽい存在がいるってわかった自分としては、すんなりと受け入れられる。カザハに人生相談ができるくらい、私もすっかり、この世界に馴染んだようだ。

 そんなことをぼんやり考えていたら───

「瑠璃は、本当にカザハがお気に入りだな」

 背後から声をかけられ、飛び上がらんばかりに驚いた。

 振り返った先にはシュウトがいた。シュウトはいつもの小袖に袴姿だけど、腰には太刀。私に屈託なく笑いかけているが、それでも辺りを警戒しているのがわかる。

「……カザハは、私を追ってくることがないですから」

 多分、シュウトは私から目を離したくないのだろう。そう気に留めてもらえるのは嬉しい。日本に居た頃も、監視は厳しかったから、私は屋敷からあまり外に出してもらえなかった。

 でも、ここでは私は好きにさせて貰っている。シュウトやナギが、私を追って来てくれているのだ。

 とはいえ、二人の時間を割いてしまっているのは申し訳ないし、こう毎日毎日、部屋から出た途端、追ってこられるのも息が詰まる。

 だから、わざと憎まれ口を叩いてしまった。しかし、シュウトは気を悪くする様子もない。それにまた、少し驚いてしまう。人の顔色を窺わずに憎まれ口を叩いてしまった自分と、それを受け止めてくれるシュウトの寛容さに。

 息を呑む私に、シュウトは軽く喉を鳴らしながら隣に立つ。視線の先は、私ではなく目の前の愛馬。

「瑠璃の前では随分と大人しいな、カザハ。普段、私にもこれくらいの受容さが欲しいぞ」

 そう言ってシュウトは、カザハの背を軽く叩く。けれどカザハは、ちらりとシュウトに視線を投げただけで、再びえさ箱に顔を突っ込んだ。

 カザハにとってシュウトと私の立ち位置が同じということに、目を丸くする。

 なぜならシュウトとカザハは幾度も共に戦火をくぐり抜けた云わば相棒というべき存在だとナギから聞いていたから。だから、シュウトの体には沢山の傷跡があって、もちろんカザハにだって同じくらいの傷がある。

 ……これが相棒故の距離間なのだろうか。もしそうなら頷ける。きっとシュウトとカザハは普段は相互不干渉なのだろう。シュウトが何を言ってもカザハは無視を決め込み、そしてシュウトも、そんな愛馬の態度に慣れている。
 
「全くつれないな、カザハも瑠璃も。いつになったら、私に擦り寄って来てくれるのだろう」
「……あの……それ、私とカザハにじゃなくて、私だけに言ってないですか?」

 その言葉通りシュウトは、いつの間にかカザハから離れて私に体ごと向き合っていた。

「さぁどうだろうな。でもたまには、私だってカザハのように瑠璃に抱き着かれてみたいものだ」

 何と応えて良いかわからず、じわりじわりと後退する私に合わせて、シュウトもこちらに詰めて来る。厩は狭い。あっという間に私は壁にぶち当たる。前方にはシュウト、後方は壁……つまり私は逃げ場を失ってしまった。

「さて瑠璃、そろそろ抱き着いてもらおうか」

 両手を広げながら浮かべるシュウトの意地悪な笑みが、獲物を追い詰める獣に見える。そして私は、どんぐりを食べる小動物だ。腕力でも、素早さでも絶対に勝ち目がない。そして逃げ切れそうにない。

 シュウトのことは以前のように、不快でもなければ苦手だとも思っていない。あの夜を境にお互いがお互いの距離を見つけたのだと思っている。……でも戸惑う気持ちはまだここにある。
 
 この世界に来て自分の中に知らない感情が沢山あることに気付いた。その中でも特にシュウトに向かう気持ちは特別で、だからこそ持て余してしまうのだ。

 自分の中から生まれた感情だというのに、それが勝手に育っていってしまって困っている状態なのに、自分からシュウトに抱き着くなんて今の私にはできそうもない。

 今だって結局2歩進まれて、3歩後退してしまう有様だというのに。

 でも、このままだと痺れを切らしたシュウトが抱き着いて来そうで、早々にこの状況を打破しなければならない。

 さてどうしよう困った。……少し考えてみたけれど、これといった名案が思い浮かぶわけもなく、私はナギから伝授された奥の手を使うことにした。

「シュウト、お願い。意地悪言わないでっ」

 ぐっと気合いを入れて、上目遣いでシュウトを見つめる。ナギからのアドバイスが正しいなら、これで多少の時間が稼げるはず。案の定、シュウトはうっと息をのみ、固まってくれた。

 さすがシュウトを知り尽くしている小姓の助言。効果は抜群だった。ただそのアドバイスを聞いたとき【絶対にないわ】と思った事は、黙っておこう。

 そして私は、シュウトが固まっている隙をついて逃げようとしたが、ぐんっと腕を強く引かれ抱き込まれてしまった。



 結局、捕まってしまった私だったけど、それは別の理由があった訳で───。
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