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寄り道の章

イケメンとイケメンのぶつかり合いです

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 屋敷の門をくぐった瞬間、シュウトの尖った声が飛んできた。

「どこへ行っていたんだ、ナギ」

 恐る恐る声のする方に視線を追った私は、音が出るほどの勢いで顔を元に戻してしまった。シュウトは、今まで見たことない程、怖い顔をしていた。

 視線を逸らしてもシュウトのザッザッザッと大股で近付く足音が迫ってくる。恐怖のあまり、思わずナギの腕にしがみつく。

 そして思わず共犯者(?)に、できればもう一度、ツユキとドライブ行きませんかと小声でお誘いしようとした瞬間、ふわりと体が浮いた。

 シュウトが私を軽々と片腕で抱き上げたのだ。

「瑠璃殿の傷も癒えてないのに、どこに連れ回したかと聞いている」

 その声でピリピリと緊張した空気が張り詰めていく。間違いなくシュウトは怒っていた。所謂、ガチのやつだ。

「あ……あのね、シュウト……───」

 咄嗟に口を開いてみたもののシュウトのひと睨みで、私はすぐに口を噤んでしまった。

 私が今まで、きつい言葉を投げつけても、八つ当たりをしてもシュウトは顔を歪ませることはあっても、怒ったところなど一度も見たことがなかった。けれど、とうとう怒らせてしまったのだ。そして、その迫力は凄まじい。

 それと、しれっとシュウトの腕から降りようともがいているけど、びくともしない。軽々と私を片腕で抱いているけど、重くないのだろうか?

 まぁ重いと言われたら、今のシュウトよりキレる自信ありますけれど。

 そんな私の悪あがきを尻目に、ナギはふわりと馬から降りると飄々とシュウトと向かい合った。しかも悪びれるどころか、笑みさえ浮かべている。

「シュウト様、お早いおかえりで。こちらは、瑠璃殿が退屈なご様子でしたので、気晴らしに丘まで遠乗りに行って参りました」

 シュウトの迫力もさることながら、その迫力をさらりと受け流して答えるナギの神経の太さに、感服する。

 何というか、これが対岸の火事なら、両者互角の争いと高見の見物ができただろう。しかし今、その争いは私を挟んで起きている。

 これは我儘なのかもしれないけれど、せめてぶつかり合うなら、私を降ろしてからにしてほしい。さっきからとうとう両手まで使って、シュウトの腕から抜けだそうとしてるけど、全然動かない。

 さて困った。自力での逃亡が無理だとなると、残された道はただ一つしかない。そう、自分から鎮火するしかないのである。

「あっあのですね、私がナギさんにお願いしたんです!」

 とりあえず、思いついたハッタリを一気に捲くし立てる。こういう時は、勢いが大事だ。

 そう言って、ちょっと前に失敗に終わったけことを思い出す。でもあれは……そうそう練習、今という時のための練習だったのだ。だから今度こそはうまくいく……はず。

 そう自分に言い聞かせて、大きく息を吸い込んで一気に叫んだ。

「新しい着物をもらったら、外に出たくなるものなんです!!」
「どういうことだ?」

 私の言葉に、シュウトは首をかしげる。直感で、シュウトは女心に鈍感な人だということに気付き、このまま押し切ろうと更に言葉を続ける。

「わかってないですね、シュウトさん。女性というのは、新調した衣は家で着るだけじゃ物足りないのです。せっかくだから、っていう気持ちで外に出たくなるんです。そういうもんなんですっ。理屈ではないのですっ。でも、シュウトは私が外に出たいと言ってもダメだといいました。だから、ナギさんに無理矢理お願いしたんです。ねっ!でもって、これ全部私の我儘なんです。お騒がせしました、申し訳ありませんっ」

【ね!】の部分で、ここは口裏合わせしましょうよと思いっきり目力を込めてナギを見つめる。幸いにも優秀な小姓は一拍遅れて、頷いてくれた。

「……はい。その通りです。瑠璃殿が、外に連れて行ってくれなかったら、独りで里に下りてやると、それはもう手がつけられないほど、駄々をこねられまして……致し方なく……」

 強力な助っ人に感謝をしていたら、まさかの伏兵だった。ちょっと待って話を盛りすぎていませんか?と慄く私だけど、ナギはあからさまに目を逸らして決してこちらを向こうとしない。

 でも、ここでそれを口に出したら、全てが水の泡になる。とりあえず、今はシュウトの怒りをおさめるのが先決だ。

「あっあとねシュウト、お土産もあるんだよ」

 そう言うと私は袖の中に入れていた包みを、シュウトに差し出した。戸惑うシュウトに、私は包みを広げて見せる。

「これナギさんに、教えてもらったんだ。リトの実って言うんだよね?シュウトは食べたことある?」
「───いや……ない、な」

 シュウトの表情が、怒りから戸惑いの表情に変わる。その好機を逃さず、私は畳み掛けるように口を開いた。

「シュウト、これね、受け取って欲しいんだ。戦場で彷徨っていた私を助けてくれたこと、そして衣や帯まで用意してくれたこと…その、お礼だから」

 これはハッタリではなく本当のこと。ナギがリトの実をもいでくれた時、シュウトの分もとお願いしたのだ。こんな物では全然足りないけど、少しでも感謝の気持ちを伝えることができたら嬉しい。

「私、初めて食べたんです。すごくおいしかったです。シュウトも食べてみて下さい。絶対に美味しいと思います」

 そう言って首をこてんと横に倒してみた。ぶりっ子作成はナギには全く通じなかったけど、シュウトには効果があるらしい。らしい───というのは、シュウトに気付かれぬよう、さっきからナギが、そう指示を出しているからなのだ。

 ジェスチャーでしか伝えられないのはわかるけど、無表情で首をこてんこてんし続けるナギの姿は、とてもシュールな光景だ。

 そして身を張ったナギの指示を無視できるほど、私は強靭な精神力を持ち合わせてはいない。そういうことで、半信半疑で試してみたけど───

「私が、貰って良いのか?」

 そう言ったシュウトは、目つきは相変わらず鋭いものだったけど、口元が緩んでいた。……本当に効いてしまった。やはりナギは優秀な小姓だったようだ。

「もちろんです!」

 壊れたおもちゃみたいに、私はコクコクと何度も頷く。私のその仕草が面白かったのか、シュウトは軽く笑って包みを受け取ってくれた。

 ほっとしたのも束の間、再びナギから、ぶりっ子の指令が届いてしまった。

「だから、今日のことを怒らないでください。お願いします」

 そう言ってシュウトに、こてんと首を倒した。シュウトに気付かれないよう、ナギにドヤ顔したら、すごく気持ち悪いものを見る目つきになった。地味に傷付く私がいる。

 誰にも気付かれないように、しょんぼりと肩を落としたその時───

「疑ってわるかった。ナギ」

 シュウトは、私とナギを交互に見つめ、ふっと肩の力を抜いてそう言った。

 口には出せないけど、シュウトはきっと気付いているはず。私とナギの間で何かがあったことを。でも、見なかったことにしてくれたのだ。私が靴を履いてないことも、自分の小姓が泥まみれなことさえ。

「いえ。私も浅はかな行動でした」

 そしてナギは、ほっとした表情を浮かべた。でも、そのあからさまな表情をごまかすように、夕食の支度があるからと、ツユキを引き連れて急ぎ足で屋敷の中へと入っていった。

 でも礼儀正しく一礼したのが、彼らしくて可笑しかった。
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