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寄り道の章

イケメンと私の距離

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 シュウトの距離感についてどうのこうの言っていた私だったけれど、よくよく考えれば私だって人と上手に関わることが苦手だ。

 約束通りシュウトは私の部屋に入ることはなくなった。そして、私が縁側にいても、以前のように、ためらいなく踏み込むこともなくなった。

 けれど愛想をつかしているわけではなさそうだ。

 縁側でシュウトを見かけると必ず目が合ってしまう。とても気まずくて、息を呑む私に、シュウトは目を細めてふわりと笑う。

 そうシュウトは私を避けているわけではなく、私との距離感を計っているように感じる。────んー……気のせいだろうか、いや、多分気のせいだろう。

 経験不足の私には、これがどういうことなのか全く判断ができないでいる。






 そしてそれから数日後───。



「ごちそうさまでした」

 この世界に来たばっかりの頃は小食だった私も、やっと満足に食事を取ることができるようになったのだ。美味しい食事に手を合わせて食事を終えると、ナギは、、少し大きい包みを私に手渡した。

「ん?あの、これ何ですか?」

 手渡された包みを、そっと持ち上げると、ナギは黙ったまま、その包みをほどいてくれた。

 包みの中身は、衣だった。落ち着いた浅黄色に、山吹色の波柄が裾と袖に、わずかに入っている。

 もうひとつは、薄桃色の衣。柄はほとんどないが、絶妙な染め具合で、単調な衣に見えない春らしく優しい色合いの衣だった。どちらも、清楚で可愛い。

 目をぱちくりさせる私に、ナギは静かに口を開いた。

「気に入っていただけましたか?シュウトさまが、朝餉をきちんと食べれるようになったら、これを渡すように仰せつかりました」
「シュウトが!?えっ……なんで!?」

 驚いて、衣とナギを交互に見比べる。先日、高価な衣を突っ返した挙句、『大っ嫌い!』とまで言ったはずなのに……。私が受け取るべきなのは、罵倒か鉄拳のはずではないのか?

 それとも、罵ったお礼なのか。申し訳ないが、私はそういう趣味はないのでシュウトの期待には応えられない。

 おろおろとする私にナギは再び口をひらいた。

「何があったかは知りませんが…───何かしてあげたいと思う気持ちのほうが、大きい方なのです」

 ナギはそう穏やかに告げると、衣を衣桁に掛けた。そして、用意していた帯などの小物も丁寧に脇に並べる。それをぼんやり眺めていたら───

「……あ」

 私の声にナギはこちらを振り返り、笑った。

「そろそろ庭にも出たいでしょう。柔らかい素材のものですから、足を痛めることもありません」

 そう言って、ナギは手に持っていたものを私に渡した。手渡されたのは、とても可愛いらしい靴だった。

 コキヒ国の靴は、日本の戦国時代のような草鞋ではなく、皮製のフラットシューズのような形をしている。男性も、それに似ているが、もう少しゴツイ。

 ちなみに戦や正装だと、ブーツに近い形になって、装飾も付くらしい。

 今、手の中にある靴は、薄朱色に染めた柔らかい皮製。つま先には、同色の飾り紐と石が付いてて、日本でも履けちゃうくらい、とっても可愛いらしいものであった。

 私がここにきた時は、靴なんて履いてなかった。ありえないことに、まさかの足袋だった。風神さんは防寒の為になのか、衣を一緒に送ってくれたけど、靴までは気が回らなかったらしい。

 その結果、あの足袋は泥などのの汚れで使い物にならなくて、早々に処分してしまった。なので、私はずっと靴が欲しかったのだ。

「それでは、私は失礼します」

 ぼんやりと靴を眺めていたら、ナギはそう言って、部屋を出ようとした。

「あ!ちょっと、待ってください」

 あわてて引き止めた私に、ナギは歩を止め、振り返ってくれた。私は、ずっと聞きたかったことがある。この前、シュウトに聞いたら八つ当たりしてしまったアノことだ。

「どうして、シュウトはそんなに優しいの?えっと………あのね………」

 そこまで言って、私は言葉に詰まる。今まで、自分の思うことを口にしてこなかったせいで、うまく説明ができない。

 もごもごとする私を見て、ナギは困ったように笑った。多分、人はこれを苦笑と呼ぶのだろう。

 恥ずかしさともどかしさで俯いた私に、ナギは何も言わない。でも、無視しているわけでもない。私が再び口を開くのを待ってくれているのだ。だから、俯きながらも言葉を続ける。

「どうして、そんなに優しくしてくれるんだろう…。私はシュウトに何一つ、優しい言葉も、欲しがる物もあげていないのに……それに、私には差し出せるものなんて何もないのに」

 優しくされるためには、いい子でいなければいけなかった。口答えしないで、疑問も口にしないで、ただ大人の言う通りにしなければいけなかった。

 優しさとはそうした我慢と引き換えに与えられるものだと思っていた。何もしないで手に入るような簡単なものなんかじゃなかった。

 私はシュウトに対して、口答えもすれば、我慢なんて一度だってしていない。それどころか、感情の赴くままに、八つ当たりをしてしまった。

 私は、シュウトに優しくされる資格なんてない。それに──── 

「シュウトだって、決して幸せな人生ばかりを歩んできたわけではないはず。辛い事だって、沢山あって、今もきっと抱えているんだと思う────なのに…どうして、他人に優しくできるのかなぁ」

 この屋敷は広くていつも静かだ。シュウトとナギしかいないのもあるし、ここを訪れる者がいないから。最初は、気にならなかった。でも、気づいてしまった。

 だって、ネットもないこの世界では、人との関わりは避けられない。連絡を取るにも、文を出さなければいけないし、通販なんてないから、買い物にもいかないといけない。

 なのに、二人は極力外出を避けている。まるで、人目を忍んでいるかのように。ここは、四方を山で囲われていて、鳥の声以外聞こえない。他の人の声を聞いたことがない。それは即ち、それなりの理由があるということなのだろう。

 その理由を抱えたまま、他人に優しくできる。私は、今までそんな人に出会ったことがなかった。だから、教えて欲しい。どうしても。

 ナギさんは、答えてくれた。

「それが、シュウトさまというお方なのです」

 そう言われてしまったら、返す言葉がみつからない。それと、さっきから【どうして】ばかりを口にする私は、まるで何も知らない子供みたいだ。でも、心の一部は、まだ小さい子供のままなのかもしれない。いつになったら、全部まとめて大人になれるのだろう。

 チラリとナギを見ると、額に手を当て何か考えている。呆れてるかなと思ったけど、違う。指の隙間から見えるナギさんの表情は今までに見たこともないほど、険しいものだった。

 …………あの…………私、何かしましたか?
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