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寄り道の章

いきなりイケメンの腕の中①

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 最後の記憶は、風神さんの呑気に手を振る姿。それがだんだん遠ざかっていき、私の身体と意識は深い闇の中へ落ちていった。


 そして再び目を覚ませば、異世界へと転移させられていて、私は無事にお遣いが始まった───……だったら、良かったんだけど、そう甘くはなかった。

 小さい子供の初めてのお遣いは、見えない所で大人達の優しいアシストがあった。でも、私はお遣いは初めてだけど、もう小さい子供ではない。

 ねぇ、風神さん、大人の初めてのお遣いというのは、厳しく過酷なものだったのだのですね。





 さて、まず私は目を覚ますと、頼んでもいないのに御神体である絢桜爛華を身にまとっていた。すぐに脱ぎ捨てようかと思った。けれど、目を覚ました場所は運悪く河原の砂利の上だった。

 転移した世界の季節は日本とそう変わらない4月の始めのようで、とどのつまり、あまりの寒さに、絢桜爛華を防寒服代わりにするしかなかったのだ。

 風神さんはすぐにお迎えが来ると言っていた。なので、このクソ寒い吹きさらしの河原で、私は馬鹿正直にしばらくお迎えを待っていた。けれど、待てども待てども一向にくる気配はない。

 夜明け前の気温は、一日のうちで一番低い。そして、河原にとどまり続けている私は、どんどん体温を奪われていく。

 はっきり言って、我慢の限界だった。風神さんからは、その場から動くなと言われていたけれど、ほんの少し離れるだけと甘く考えて私は移動をしてしまったのだ。───それが大きな過ちだった。 

 ただ誓って言うけど、そんなには移動はしていなかったはず。なにせ月の灯りしかない暗闇で歩くなど初体験の私は、手探りで歩くことしかできなかったのだから。

 老婆のようなおぼつかない足取りで歩くこと、数十メートル。時間にしたら5分程過ぎたところで、突然、闇夜を切り裂くような金属音が耳朶を劈いた。

 きんっきんっと宵闇に響く金属音は、まるで太刀と太刀がぶつかり合う音に聞こえた。直感でわかった。どこかで誰かが争っているている。しかも、ものっすごく近くで。
 
 それに気付いた途端、あ、これヤバいと本能が告げたけど、残念ながらちょっと遅かった。

「────……っ痛」


 その場から逃げ出そうと思った瞬間、腕に痛みが走ったと同時に、足元に何かが突き刺さった。視線を下に向けると、それは弓矢だった。そして、これが痛みの正体だった。

 咄嗟に周囲を見回しても、誰もいない。少し離れたところで、揉め合っている様子はそのままだけど、矢が飛んできたのは一度きりだった。

 ……これは、とばっちりというものでしょうか。

 その瞬間、背中に悪寒が走った。どうやら、この世界は、相当物騒な世界らしい。
 とばっちりで死ぬなんて、絶対に嫌だ。そう思った時には、私はなりふり構わず走り出していた。

 どこをどう走ったかは、わからない。ただいつの間にか時間が過ぎていて、日の出が近い。だから明かりがなくても、ここが林の中にあるぽっかりと開いた野原だとわかった。
 
 そして、そのまま視線を動かした先には……乱れ咲く桜の大木があった。

 怯えと、安心、相反する気持ちを抱えながら、私は吸い寄せられるように近付いた。それは、近くで見れば見るほど見事な桜木だった。

【異世界といっても、日本とそう変わらないから】

 風神さんの言葉が蘇る。

 だから、桜木があっても不思議ではないし、日本を代表するこの木があるのは、むしろ当然なんだろう。……でもね、見たくなかった。私はね。

 薄暗い不快感を抱えながら、根元に腰掛けて膝を抱える。そして、そのまま天を仰ぎ呟いた。

「……満開だなぁ」

 桜の花びらは、はらはらと散って、私の髪にも肩にも降り注ぐ。あっという間に私は花びら塗れになった私は、そこで予期せぬ邂逅した。

 痛みと疲労で、朦朧としていた私は、なんと人語を離す巨大な馬に出会ったのだ。

 視界いっぱいに、突然にゅっと現れたとてつもなく大きい黒毛の馬に、私は言葉を失ってしまった。

 けれどすぐに妙な親近感がわいて、動く方の腕でそっと馬の鼻先に手を近づける。馬は、ふんふんと私の匂いを嗅いだ後、指先をゆっくりと舐めてくれた。

 ただそれだけのことだったのに、とても優しくて何だか泣きたくなってしまった。

「おまえは、どうしてこんな所にいるの?ご主人様とはぐれちゃったの?」

 不意に込み上げてくる涙をごまかすように、思わず問いかけてみたけれど、もちろん答えは求めていない。ただ、この馬が離れていかないように必死に話しかけているだけ。そんな自分が滑稽だった。でも───。

「そなたこそ、こんなところで何をしておる?」

 うっ、馬がしゃべった!それとも、風神さんの粋な計らいで、私が馬語までわかるようになったのか。もしそうだとしたら、ナイススキルです。私は嬉しくなって、更に言葉を続けた。

「ちょっと、ね。迷子になったの」

 時空の迷子なのか、人生の迷子なのか───違う違う、お遣いの途中で迷子になったんだ。

 でも、正直今はどうでもいい。もう考えることすら面倒になり、ふぅと、ゆっくりと息を吐いた。

 ああ、疲れた……。いろんなことがありすぎて、気力と体力は限界だった。今は、ただ深く眠りたかった。馬さんは、私の気持ちを汲み取ったのか、優しく問いかけた。

「ならば……一緒に来るか?」

 この馬が連れて行ってくれるところは、どこなんだろうと聞いてみたい。でも傷の痛みは、限界だった。

 だから私は意識を手放す直前に、『はい』とだけ答えた……ような気がする。




 それはから私は、沢山の夢を見た。ほとんどが過去にまつわる苦しく悲しいものがほとんどだった。けれど、泣きそうになると、暖かい大きな手が私の頬や額に触れてくれる。そして、手を握りながら何度も『大丈夫』と言ってくれた。



 その低く掠れる声がすごく優しくて、安心して───また深い眠りに落ちていった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 何度か夢と現を行ったり来たりして、最終的に心地良いぬくもりで、私は意識を取り戻した。

 ただ、目を覚ましたけれど、身体は動かない。金縛りという訳ではなく、掛布にしては、かなり重たい何かがしっかりと体を覆っているからだ。

 しかし、不思議なことにまったく不快ではなく、むしろ心地よい重み。ああ、そっか、あの時の馬さんかぁと寝ぼけていた私は、猫のよう頬を摺り寄せてしまった。けれど───。

「そう、煽るな。怪我をしていては、激しく抱けないではないか」
「……え?」

 瞬間、眠気など一瞬で吹き飛んだ。ぱっと目を開けて最初に飛び込んできたのは、襟の合わせから見える数多の傷跡。次にたくましい腕。

 そして、おそるおそる、視線を上げると───そこには、息を呑むほど目鼻立ちが整った青年が添い寝をしていたのだ。 
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