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私と司令官さまのすれ違い

尋問会は本音で臨みます②

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 どんくさい私でも、ここまでくればようやく理解することができた。

 司令官さまは、ジェーンの密告書を鵜呑みにして尋問会を開いたわけではないということを。

 真逆だったのだ。ジェーンの密告を否定する為にこれを開いたのだ。いわばこの時間は、私の為の茶番なのだ。

 ……ただ、あの…こう言っちゃなんですが、昨晩、私を牢屋に放り込む必要はあったのでしょうか?

 そんなことをふと思ったけれど、今は、まだこの茶番が続いている。まかり間違っても、ねぇねぇとすぐ隣にいる警備兵に聞ける空気ではない。

 そして、ジェーンは私と違って空気の読めない人間であった。 

「それってズルくないですかっ。だって、みんなあのに騙されているだけじゃないですかっ。それがあのの手口なのにっ。そんなの証拠になりませ───」
「黙りなさい」

 決して司令官さまは声を荒げたわけではないけれど、ジェーンはびくりと身体を竦ませた。そして、私も思わず息を呑む。

「同じ職場で働く人間が彼女がよこしまな感情を抱いて働いている訳でないと見解が一致している。これは確かな証拠だ」
「……じ、じゃあ、私が嘘を付いてるっていうんですか?」

 ジェーンは言いよどんだ末に、稚拙な反論をした。

 思わず、はぁ?と言いたくなるような展開だけれど、司令官さまは一つ頷くだけ。

「では聞こう。君は、未だに彼女がここで男漁りをしていると主張しているが、その証拠は?」
「………………」

 ジェーンは唇を固くむすんで無言の反抗を見せる。

 けれど、司令官さまの表情は動かない。

「君が直接、本人からそう聞いたのか?それとも、人伝に聞いたのか?もし後者であるなら、その名前も述べなさい」
「…………別に、そういうわけでは」
「なら、どういう訳だ」

 司令官さまは容赦なくジェーンを追い詰めていく。反対に、ジェーンは青ざめるどころか噛みついて来た。

「そ、そう思っただけなんだもんっ」

 そう言って、ぷいっと膨らますジェーンのキャラは、すでに崩壊していた。

 ここで長テーブルにいるお偉いさん達の何人かが、その呆れた物言いに表情を崩壊したけれど、司令官さまの表情は動かない。まさに鉄壁。

「つまり君は、憶測で語っているに過ぎないということだな」
「………………」

 語彙力が残念なジェーンは、もはや反論する言葉が見つからない。

「黙秘は肯定と受け止める。では、少し話は変わるが、こちらから別の質問をさせてもらう。先日、君は、勤務中に来店した女性に暴力を振るったそうだな。そして、それだけではなく、店外へ突き飛ばす暴力行為をしたと通報を受けている」

 あらかじめ用意された言葉を紡ぐように、司令官さまの口調は澱むことは無かったけれど、私は、あっと声を上げそうになってしまった。

 だって、それ私の事だったから。

 ウィルさんにあれだけ内緒にしておいてと言っておいたのに。顔を固定したままこっそり、その姿を探すけれど、残念ながら見付けることができなかった。

 思わず顔を顰めた途端、ジェーンが弾かれたように首を振った。

「あれはっ、違いますっ」
「私の部下が目撃したと言っても、否認するか?」
「だってっ……」
「こういう場で、その言葉は不適切だ。はいか、いいえで答えなさい。そしてもし仮にいいえというなら、こちらが納得できるようきちんと言葉にして説明をしなさい」
「………………」
「沈黙は肯定ととらえる。さて、その客名は、言えるか?」
「………………」
「言えないなら代わりに私が言おう。被害にあった女性は私の部下───……シンシア・カミュレだ」
「………………」

 あ、どうも。店員にビンタされたシンシア・カミュレです。

 一斉に注目を浴びた私は、長テーブルにいる錚々そうそうたる皆様に一礼すべきであろうか。しないけど。 

「シンシア・カミュレはここで働くものだ。そして私の直属の部下でもある。その者がこのような誹謗中傷及び暴力を受けたことについて、私も黙っておくわけにはいかない」

 その声は奈落の底から聞こえてくるような、ぞっとするほど低い声だった。

「此度の件、君は暴行罪、名誉棄損あたる。───……ジェーン・シモアの身柄を拘束しろ」

 司令官さまの言葉で、近くに居た警備兵の一人が素早くジェーンに手錠をかけた。そして、私の特等席が、ジェーンの特等席に変わった瞬間でもあった。

「シンシアさん、こちらにどうぞ」

 隣にいる警備兵に声を掛けられ振り向いた拍子に、思わずよろけてしまう。そんな私をもう一人の警備兵が支えてくれた。

「大丈夫ですか?本当なら別室でお休みして欲しいところですが、もう少々こらえてください」

 気遣うその言葉に小さく頷いて、この特等席をジェーンに譲る。 

 そして新しい指定席に向かう為に、よったよったと歩く私に心配そうな眼差しを他の人達が向ける。

 でも司令官さまだけは表情を変えない。まるで感情という箱に蓋をしてしまったかのようだ。

 でも、それを私は寂しいとも、冷たい人だとも思わない。

 私はもうちゃんと気付いている。司令官さまはこの場において、一度だってプライベートな感情を見せないと決めているのだ。

 そして、正論だけを使って、私の身の潔白を証明しようとしてくれている。誰にも後ろ指をさされないやり方で。

 ああ、これが大人のやり方なんだ。

 そして私は、こんな人に好きだと言われていたんだ。───………今更ながらそれに気付いた。
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