司令官さま、絶賛失恋中の私を口説くのはやめてください!

茂栖 もす

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私と司令官さまのすれ違い

尋問会は本音で臨みます③

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 私に用意された新しい席は、タナトフ技術部少尉さんの隣だった。

 着席した途端、飴をくれるタナトフ技術部少尉に、ほろりと涙が出そうになる。ただここで、かしゃかしゃと包み紙を開いて口の中に放り込む度胸は無いので、へへっと笑ってポケットにしまい込む。

 という他事をしている間に、ジェーンは特等席に付く。居心地はいかがですか?私は二度とごめんです。

「では次に、この密告書の後半部分について真偽を確かめる。───……呼べ」

 部屋の空気が落ち着くのを確認した司令官さまは、短く命令を下す。

 そうすれば、すぐに扉が開いた。

 そして軍人に引きずられるように、がっちりと拘束された男が2人この部屋に入ってきた。次いで縄でぐるぐる巻きにされたその二人は、荷物のように床に転がされた。

 低く呻きながら顔をあげた一人は、浅黒い肌でウィルさん並みにごっつい身体の男の人。でも、まったく知らない人。っていうか、さんざん殴られたのだろう。顔の形が歪んでいるので、例え知り合いであっても判別不可能だ。

 そしてもう一人の男性も同じようにフルボッコ状態。んー…誰だろう。何か、少し癖のある茶褐色の髪に見覚えがあるような、ないような……。

 そんなふうに記憶を辿っていたけれど、すぐにジェーンが悲痛な声を上げた。

「マーカスっ」
 
 え?嘘これが?

 思わず二度見してしまった。でも、私の知っているマーカスはどこにもいない。唯一目視で確認できる共通点は性別だけだ。

 とはいえ、ジェーンは、こんなひどいと言いながら名を呼び、涙を浮かべながら金切り声を上げている。

 これが演技なら、ジェーンは客をビンタする売り子なんかやめて、女優を目指せば良いのにと思えるほどの迫真のそれ。

 ただ、残念なことに、軍人さんの心を打つことはできず、ジェーンは黙れと厳しく制されてしまった。

「マーカス君、昨日は大変貴重な情報を吐いてくれてありがとう。君の証言は大いに役に立った。おかげで迅速に犯罪組織を壊滅することができ、こうしてトップを捕らえることができた。改めて感謝する」

 司令官さまは、ありがたさ皆無の口調でそう言った。

 そして、私は、これが本当にマーカスだったのかと驚愕する。変な言い方だけれど、人ってここまで変われるものなんだ。

「てめぇマジふざけんなよっ。何が協力だよ。さんざん殴りやがってっ。俺の顔に傷ができちまったじゃねぇか。どう責任とってくれるんだよ。こんなの自白の強要だっ。訴えてやるっ」

 ……ああ、見た目は変わっても、やっぱり中身はマーカスのままだった。

 その声、やたら顔に固執するところ、自分にとって都合が良いところだけを摘まみ出して主張するところ。もう二度見する必要はない。間違なく本人だ。

「はっ」

 司令官さまが鼻で笑った。

「マーカス君、ここは国境だ。そして、戦争となれば最前線となる。綺麗ごとだけでいかない。そしてこの程度では、さして問題にならない」

 まるで子供言い聞かせるような口調だった。

 そして口元には笑みを浮かべているが、その目は笑ってない。まるで銃口を突き付けているようだった。秒でマーカスが黙ったのは言うまでもない。

「さて、後半の尋問に移ろう。ジェーン、君はシンシア殿が窃盗団と手を組んで、金品を売りさばいている悪党でもあると密告したが、これは本当か?」
「…………」
「何度も言うが、無言は肯定と捉える。───……がしかし、今回は、他の者に聞いてみよう」

 そう言って、司令官さまは拘束されているマーカスでは無いほうに目を向けた。

「ティガリオ殿。今回は、我が国でなかなか面白いことをしてくれたね。窃盗集団のトップにいた君には相応の処罰を考えている。が、その前に聞きたいことがある。──……この中にマーカス以外に共犯者はいるか?」
「………います」

 少し間を置いて返事をしたティガリオに、司令官さまはすぐにこう言い放つ。

「そうか。では、誰か教えてもらおうか」
「巨乳の女です」

 ………えっとぉーそこの顔面崩壊している窃盗集団のトップさん、間髪入れずに答えてくれたけど、それは、ジェーンのことですかな?あ、そうなんですね。

 あのさぁ、お前、他に言いようがあるだろ?くっそ。ここで何で私が別角度から傷付かないといけないんだろう。不条理この上ない。

 私は独り、悔しさのあまり歯ぎしりをする。次いで、心の中でティガリオの罪状を勝手に追加する。セクハラ罪と心の傷害罪を。そして、私は断固極刑を望みます。

 あと、軍人の皆さん、どんまい的な目を私を向けるのははやめて下さい。優しさは時に人を傷付けます。

 そんなふうに、泣いて良いのか怒って良いのかわからない感情を抱えている私だったけれど、ジェーンは慌てふためきながらワンピースのボタンを必死こいてとめている。

 それはまさに、絶対にピンチを切り抜けてやるという意気込みの表れ。この女、ある意味、どこまでもポジティブだ。 

「──……協力感謝する」 

 少し間を置いてそう言った司令官さまの声で、尋問会が再会したことを知る。

「さてジェーン、話を元に戻すが、君は、この手紙を使って、シンシア殿に罪をなすりつけようとしたということか?」
「いいえ。違います。私、何も知りません」

 つんとすましてシラを切るジェーンは、ものの見事に嘘の匂いを隠している。さすがプロ。

 だが、そんなプロにも弱点があった。

「……えー、お前、しばらっくれんなよぉ」

 道連れ根性丸出しでティガリオが、ここでナイスアシストを決める。

 それにしてもコイツ、マジで根性が悪い。みるみるうちに眉間に皺がよる。

 ちなみにジェーンは傍目で見てもわかるくらい、顔面蒼白になっている。

「ちょ、馬鹿っ。何言ってんのよっ。知らないわよこんなやつ」
「はぁ?お前、乳もませてやるから、奪い取った宝石よこせって言ってたじゃねえか。しかも、乳は後払いだって言って───」
「はぁ?ジェーン、お前最低だなっ。俺という男がいながら、なんで他の男に媚びるんだよ。マジ幻滅するわ」
「だから違うってばっ。っていうか、あんたなんか彼氏でもなんでもないわっ」
「はぁ?お前、このおっぱいは俺だけのものだって昨日言ってたじゃないかっ」
「言ってないわよ、馬鹿っ。勝手に話作んないでよね」

 ものの見事に醜い脚の引っ張り合いを始めた3人に、会議室は白けた空気が充満する。

 呆気にとられた軍人さん達の表情は、なんだかもう勝手にしてくれってといった感じだ。

 ───…そう、本当に勝手にしてくれ。あれだけ好きだった相手に、私はそう思っている。そして、それを驚くことなく冷静に受け止めている。

「ところで、シンシア殿。君は共謀したのか?」

 私の思考を読んだかのように、司令官さまは場違いなほど穏やかな口調でそう問いかけてくる。

 反対に私は、思わず苦笑を浮かべてしまう。この人は、本当になんていう人なんだろうと。

 だって司令官さまは、私が無実だということを知っている。なのに、わざわざそんなことを聞いてくるということは、昨晩のことを引きずっているんだ。

 だから、言わせたいんだ、皆んなの前で。私がはっきりマーカスに未練なんかないことを。……まったく、職権濫用にもほどがある。

 でも、言ってあげますよ。司令官さま。ここまでお膳立てしれくれたんだもん。それに応えないと。 

 そして、私もちゃんと声に出して、この失恋から決別しよう。これは尋問会じゃない。私が一つの恋を終わらせる瞬間なのだ。
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