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私と司令官さまのすれ違い

尋問会は本音で臨みます①

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 次の日、私は警備兵に促され牢屋を出る。尋問会へ行くために。

「顔色悪いですね。眠れなかったですか?あ………枕が違っていたからですか?しまったぁ。すんません。気が利かなくて」
「……いえ、大丈夫です」

 本日も警備兵のお兄さんは斜め上に気遣ってくれる。
 
 その気遣いに感謝もするけれど、微妙な気持ちになっている私は、尋問会を前にして、よほど心に余裕がないのだろう。でも、さすがに無視は失礼な気がして、曖昧に会釈をしてから歩き出す。

 慣れ親しんだ施設の廊下を歩いているはずなのに、なんだか知らない場所のようだ。

 そんなことを考えながら交互に足を動かすことだけに専念していれば、警備兵はとある場所でピタリと足を止めた。

 そこは、どうやら会議室の一つ。そして重厚な扉を開けると、左右に別れた長テーブルに既にギャラリーが勢ぞろいして着席していた。

 全部で20名ほどいるその中には、ロイ歩兵中尉とタナトフ技術部少尉の姿も。

 それに昨日の腕章を付けた警備兵のおじさんもいる。もちろん他にも見知った顔の人達が、じっと私に視線を向けている。

 やましいことなど何一つしていないなくても、一気に視線を浴びれば、そこから逸らしたくなるのは人間の性。

 いたたまれない気持ちで、そぉーっと視線を外した私は、思わず固まってしまった。だって、そこに目を疑う人物───ジェーンがいたから。
  
 長テーブルではなく個別の椅子に着席しているジェーンは、出頭命令でもあってここにいるのだろうか。それとも、自分から証言をしにここへ来たのだろうか。はたまたそのどれでもないのか。

 ただ一つ言えるのは、本人が登場してしまったら密告書の意味がない。
 
 さすが、ジェーン、ほいほいこんなところに出てくるとは。学生時代でも、補習の常連だったけれど、そのアホさに磨きがかかっている。

 あと、お前の恰好………何だそれ?

 これでもかっていう程の厚化粧。あなた風邪?と聞きたくなるような真っ赤な頬に、誰かの血でも吸って来たのかと思う程のこれまた真っ赤な唇。きもい。

 そして、びらんびらんに着飾っているけど、とてつもなく似合っていない。

 フェミニン系を意識しているのかもしれないけれど、もともと派手な顔立ちのジェーンにはフリルは噛み合っていないし、巨乳をアピールなのかもしれないけれど、ワンピースの胸のボタンを4つも外せば、だらしないだけだ。

 まぁ……、別に良いけど。あと、なんか私、よれよれの服着て、寝ぐせ付いてててごめんね。

 と、ドヤ顔を決めるジェーンに、そっと憐憫の目を向けた途端、テーブルの端に着席していた一人が立ち上がり声を上げた。

「それでは尋問会を開催します。シンシア・カミュレ殿、こちらに」

 促された場所は、私の為の特等席。またの名を尋問席と呼ばれるところ。全員の視線を浴びるこの席は、なかなかえげつない。

 ちなみに席と言ったけれど、着席できる椅子はない。胸元まである半円形の木製の柵があるだけだ。そして、その後ろと左右に警備兵が立てば、圧迫感が半端ない。

 押し込まれるようにそこに立てば、司令官さまと目が合った。

 私と司令官さまは向き合う形となっている。ただ、司令官さまは、一段高いところで専用の机に着席して私を見下ろしている。

 その表情は硬く、何を考えているのか分からない。

「では、此度のこの件について、尋問を開始する。まず、これを書いたのは、君で間違いないか?ジェーン・シモア殿」
「はいっ。私ですぅ」

 司令官さまにそう問われたジェーンは、本日もしなを作りながら上目遣いで頷いた。

「本日は、お忙しいところ呼び立ててすまなかった。さっそくだが、この内容について、まずは前半の部分を、もう少し詳しく説明をお願いしたい」

 司令官さまが手にしているのは、ジェーンの密告書だった。

「はぁい」

 聞いているこちらが胸焼けしそうな程の甘ったるい返事をしたジェーンは、すぐに得意満面なご様子で語り始めた。

 私の学生時代まで遡って、どれだけ私が淫売で、品行の悪くて、淫蕩な女であったのかを……。 

 それを右から左へと聞きながしながらふと思う。

 ジェーンはこれまで、どれだけ自分に都合の良い嘘を付いて来たのだろうと。

 私がかつて投げつけられた、あざといとう言葉のまま計算を重ね、意気揚々とでっちあげの言葉を積み重ねるこの女は、ある意味プロなのだ。

 そう。ジェーンはアホだけれど、でっちあげのプロだ。嘘を付くことに何の罪悪感も持たない人間なんだ。

 視界の端に、書記官がジェーンの言葉を一語一句漏らさぬよう筆を走らせているのが見える。なんだか、本当にあざとい私が出来上がっていくようだった。

 そして、ジェーンの声だけが朗々と響くこの空間は、まるでここにいる全員に責められているような気分にすらなってしまう。

 味方は誰も居ない。嘘の私が本当の私にされてしまう。そう思った途端、全身が凍えるような恐怖を感じた。

「───………と、いうわけで、シンシアはとっても酷い女なんですっ。だから、今すぐ厳しい処罰を与えて下さいっ」

 寒くもないのに鳥肌が立った二の腕を俯きながらこすっていたら、いつの間にかジェーンの演説が終わっていた。

 ゆるゆると顔を上げれば、言いたいことを全部言ってやったといった感じのジェーンと目が合う。そしてその途端、ざまあみろと言いたげに、醜く顔を歪めた。

 でも、私は敵意と言っても過言ではないジェーンの視線を受けても、動じることはない。

 なぜなら、司令官さまが笑っていたから。

 さっきまで無表情で傍観を決め込んでいたはずなのに、今は嘲るように、小馬鹿にするように嘲笑を浮かべている。そしてそれが向かう先は、私ではなく───ジェーンに。

 その瞬間、昨日の司令官さまの言葉を思い出した。『明日、それを証明しよう』という言葉を。

 ───トクン。

 こんな状況なのに、心臓が撥ねた。

 そんな中、司令官さまが静かに口を開く。

「なるほど。君の主張は良くわかった。ただ、これは君の主観でしかない」
「しゅかん?」
「……一個人の意見ということだ」
「なるほど。わかりましたぁ」

 いまいちペースを掴み切れない司令官さまに同情する。頑張れと心の中でエールを送る。

 司令官さまが苛立つ感情を押さえる為なのか、仕切り直すためなのかわからないけれど、小さく喉を鳴らして、再び口を開く。

「率直に言う。一個人の見解でしかないこの部分について、シンシア・カミュレを処罰することはできない」
「でもっ、色目を使ったのは間違いないんですっ。絶対にあのこ男漁りしてますよ!?良いんですか?そんなヤバイ女、ここで働かせてぇー」
「ほう」

 食って掛かるジェーンに、司令官さまの目は猫のように細くなった。アメジスト色の瞳がまるで鋭利な刃物のようだ。

「なるほど。君があくまで個人の主観を主張するなら、私も主観で答えよう」

 そう言って司令官さまは指を組むと、表情を変えることなく淡々と言葉を紡ぎ出す。

「シンシア・カミュレは淫乱ではない。そして、よこしまな感情を持って働いてはいない。彼女は勤勉だ。浮ついたところは一切、見られない。そして、私はここの責任者であるが、部下から一度もそういった件での報告は受けていない」

 きっぱりと言い切ってくれた司令官さまは、一度呼吸を整えると、再び、理路整然と言葉を紡ぐ。

「私の言葉が信じられないというなら、他の者に聞いてみよう。───……私の今の言葉に反論があるものはいるか?」

 反論する者は誰もいなかった。

 ここにいる全員が、静かに、でもしっかりとした意志をもった表情で、首を横に振ってくれた。
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