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私と司令官さまのすれ違い
鉄格子越しの再会①
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施設で働き出した当初、何かミスをするたびに、ここに放り込まれると思ってビクビクしていたけれど、まさかこんな流れでここに入れられるなんて思ってもみなかった。
「では、こちらに」
「…………はい」
警備兵の一人に促され、私はとりあえず頷いてみる。でも、さすがに鉄格子の中に入るのは勇気がいる。
最近の私は色んな初体験をしまくりだけれど、これは怖い方のレベルでいったらかなりのもの。そんなわけで、入り口直前でどうしたって硬直してしまう。
そんな私に、別の警備兵の一人が優しい口調で話しかけてきた。
「安心してください。掃除は抜かりなくしてますから、ごみ一つ落ちていません。シーツも交換済みです。あ、そうだっ。お前、ちょっとひとっ走り行って、ぬいぐるみとか可愛いクッションっぽいヤツを───」
「いえ。大丈夫です。お邪魔します」
斜め上の気遣いに、拍子抜けした私は、するりとその中に足を踏み入れた。
うん。微かにかび臭い匂いはするけれど、掃除は行き届いているし思っていた以上に清潔だった。
壁に寄せられているベッドに恐る恐る腰掛けても、スプリングは少し軋むけれど、シーツは洗い立てのようで皺ひとつなく安心する。
だから、宿舎の自室に比べれば狭いけれど、一晩過ごすだけなら問題なさそうだ。……鉄格子さえ、視界に入れなければ。
「お食事をお持ちしました。召し上がりください」
若い警備兵の一人が食事の乗ったトレーをテーブルに置いてすぐに牢から出る。ガシャンという鍵の閉まる音を聞き、ちょっと上がった気持ちは瞬く間に萎んでいった。
これぞまさに鉄格子マジック。そんなつまらないことを心の中で呟き、小さく息を吐く。次いで、出された食事をチラリと見る。まだ湯気が立っていて暖かそうだ。
ちょっと前まで、今日は私の大好物の白身魚のスープにクルミパンだとウキウキしていた。日替わりで付いてくるデザートも楽しみだった。
そして、あれだけ空腹だったのに、今はまったくお腹が空いていない。
先日店で会ったジェーンのことを思い出し、悔しさで涙がにじむ。でも、それは数秒だけ。すぐに司令官さまのデート現場が脳裏をかすめる。
いや待て。今はそれに気持ちを向けている場合じゃない。
明日は尋問会と言っていた。それもまた初体験ではあるけれど、私がよってたかって質問攻めに合うことは間違いない。
だから、何を聞かれてもきちんと答えられるように、頭の中を整理しておかなければならない。
そう自分に言い聞かせても、やっぱり司令官さまのことを考えてしまい………気付けば、スープの湯気は消えてすっかり冷めてしまっていた。食欲はもっと減り、それを視界に入れないよう壁の方を向く。
冷めた食事も鉄格子も視界に入れず、悶々としていた私は、とある人がここに来たことをすぐには気付けなかった。
「───……食事が口に合わないのか?」
気遣う口調が背後から聞こえ、弾かれてように振り返ったそこには、司令官さまが鉄格子越しにいた。
「………司令官さま」
掠れた声で名を紡げは、司令官さまはいつものように頷くだけ。
でも、その僅かな仕草だけでも、ほっとしてしまうのはどうしてだろう。
………とはいえ、すぐに昼間見てしまった司令官さまのデート現場を思い出して、気持ちがささくれ立ってしまう。
「何しに来たんですか?」
つっけどんな口調でそう問えば、司令官さまから別の質問が飛んできた。
「居心地はどうだ?」
「はぁ!?」
私の質問をスルーして、そんなことを言われれば、噛み付くような声を上げてしまう。
そして数拍置いて、気付いた。司令官さまは驚くほど落ち着き払っていることに。つまり私がここに入れられた理由を知っているということ。
なら、前置きは抜かして自分の無罪を主張させてもらおう。
「私、男漁りのために、ここに来たわけじゃありません」
「知っている」
「それと、窃盗団って何なんですか?私、身に覚えがありません。悪いことなんてしてません」
「ああ、それもわかっている」
あっさりと頷いた司令官さまを見て、沸々と怒りが湧き上がる。今日に限って司令官さまは、察しが悪い。
「じゃあ何で───」
「少し前から、この近辺で富裕層の馬車が窃盗団に襲われる事件が多発してる。そしてその犯罪組織の末端にマーカスがいる」
「はぁ!?」
驚愕の事実に、再び大声を上げてしまう。
「目が零れ落ちそうだぞ。まぁ……その様子を見るに、本当に何も知らないようだな」
「……初耳です」
眉をあげてそんなことを言う司令官さまに、私は不貞腐れた口調でそう返した。
でも、すぐに気持ちを切り替える。今はマーカスのことなんてどうでも良い。それより、さっさと要求を口にしよう。
「私が無罪ということがわかっているんですから、今すぐ、ここから出してください」
「良いだろう」
「え?良いんですか?」
あっさりと要求が通ってしまい、私は逆に聞き返してしまう。
でもすぐ、そんなに甘くはなかったと思い知らされた。
「だが、君の部屋には戻さない。一晩、私と共に過ごしてもらう」
「……嫌ですよ」
「なら、ここで過ごすんだ」
結局、見張られることは変わりないということか。
そっか。司令官さまは、私の主張に納得しているそぶりを見せているけれど、心の底では信じていないんだ。
そう思ったら悔しさより悲しみ方が強くなった。そしてそれを堪えるために、無性に意地の悪い気持ちになってしまい───私は、思ってもない憎まれ口を叩いてしまった。
「……司令官さま、残念でしたね。好きでもない小娘をせっせと口説いたのに、私から何の情報を得ることができなくて」と。
「では、こちらに」
「…………はい」
警備兵の一人に促され、私はとりあえず頷いてみる。でも、さすがに鉄格子の中に入るのは勇気がいる。
最近の私は色んな初体験をしまくりだけれど、これは怖い方のレベルでいったらかなりのもの。そんなわけで、入り口直前でどうしたって硬直してしまう。
そんな私に、別の警備兵の一人が優しい口調で話しかけてきた。
「安心してください。掃除は抜かりなくしてますから、ごみ一つ落ちていません。シーツも交換済みです。あ、そうだっ。お前、ちょっとひとっ走り行って、ぬいぐるみとか可愛いクッションっぽいヤツを───」
「いえ。大丈夫です。お邪魔します」
斜め上の気遣いに、拍子抜けした私は、するりとその中に足を踏み入れた。
うん。微かにかび臭い匂いはするけれど、掃除は行き届いているし思っていた以上に清潔だった。
壁に寄せられているベッドに恐る恐る腰掛けても、スプリングは少し軋むけれど、シーツは洗い立てのようで皺ひとつなく安心する。
だから、宿舎の自室に比べれば狭いけれど、一晩過ごすだけなら問題なさそうだ。……鉄格子さえ、視界に入れなければ。
「お食事をお持ちしました。召し上がりください」
若い警備兵の一人が食事の乗ったトレーをテーブルに置いてすぐに牢から出る。ガシャンという鍵の閉まる音を聞き、ちょっと上がった気持ちは瞬く間に萎んでいった。
これぞまさに鉄格子マジック。そんなつまらないことを心の中で呟き、小さく息を吐く。次いで、出された食事をチラリと見る。まだ湯気が立っていて暖かそうだ。
ちょっと前まで、今日は私の大好物の白身魚のスープにクルミパンだとウキウキしていた。日替わりで付いてくるデザートも楽しみだった。
そして、あれだけ空腹だったのに、今はまったくお腹が空いていない。
先日店で会ったジェーンのことを思い出し、悔しさで涙がにじむ。でも、それは数秒だけ。すぐに司令官さまのデート現場が脳裏をかすめる。
いや待て。今はそれに気持ちを向けている場合じゃない。
明日は尋問会と言っていた。それもまた初体験ではあるけれど、私がよってたかって質問攻めに合うことは間違いない。
だから、何を聞かれてもきちんと答えられるように、頭の中を整理しておかなければならない。
そう自分に言い聞かせても、やっぱり司令官さまのことを考えてしまい………気付けば、スープの湯気は消えてすっかり冷めてしまっていた。食欲はもっと減り、それを視界に入れないよう壁の方を向く。
冷めた食事も鉄格子も視界に入れず、悶々としていた私は、とある人がここに来たことをすぐには気付けなかった。
「───……食事が口に合わないのか?」
気遣う口調が背後から聞こえ、弾かれてように振り返ったそこには、司令官さまが鉄格子越しにいた。
「………司令官さま」
掠れた声で名を紡げは、司令官さまはいつものように頷くだけ。
でも、その僅かな仕草だけでも、ほっとしてしまうのはどうしてだろう。
………とはいえ、すぐに昼間見てしまった司令官さまのデート現場を思い出して、気持ちがささくれ立ってしまう。
「何しに来たんですか?」
つっけどんな口調でそう問えば、司令官さまから別の質問が飛んできた。
「居心地はどうだ?」
「はぁ!?」
私の質問をスルーして、そんなことを言われれば、噛み付くような声を上げてしまう。
そして数拍置いて、気付いた。司令官さまは驚くほど落ち着き払っていることに。つまり私がここに入れられた理由を知っているということ。
なら、前置きは抜かして自分の無罪を主張させてもらおう。
「私、男漁りのために、ここに来たわけじゃありません」
「知っている」
「それと、窃盗団って何なんですか?私、身に覚えがありません。悪いことなんてしてません」
「ああ、それもわかっている」
あっさりと頷いた司令官さまを見て、沸々と怒りが湧き上がる。今日に限って司令官さまは、察しが悪い。
「じゃあ何で───」
「少し前から、この近辺で富裕層の馬車が窃盗団に襲われる事件が多発してる。そしてその犯罪組織の末端にマーカスがいる」
「はぁ!?」
驚愕の事実に、再び大声を上げてしまう。
「目が零れ落ちそうだぞ。まぁ……その様子を見るに、本当に何も知らないようだな」
「……初耳です」
眉をあげてそんなことを言う司令官さまに、私は不貞腐れた口調でそう返した。
でも、すぐに気持ちを切り替える。今はマーカスのことなんてどうでも良い。それより、さっさと要求を口にしよう。
「私が無罪ということがわかっているんですから、今すぐ、ここから出してください」
「良いだろう」
「え?良いんですか?」
あっさりと要求が通ってしまい、私は逆に聞き返してしまう。
でもすぐ、そんなに甘くはなかったと思い知らされた。
「だが、君の部屋には戻さない。一晩、私と共に過ごしてもらう」
「……嫌ですよ」
「なら、ここで過ごすんだ」
結局、見張られることは変わりないということか。
そっか。司令官さまは、私の主張に納得しているそぶりを見せているけれど、心の底では信じていないんだ。
そう思ったら悔しさより悲しみ方が強くなった。そしてそれを堪えるために、無性に意地の悪い気持ちになってしまい───私は、思ってもない憎まれ口を叩いてしまった。
「……司令官さま、残念でしたね。好きでもない小娘をせっせと口説いたのに、私から何の情報を得ることができなくて」と。
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