上 下
45 / 61
私と司令官さまのすれ違い

★心配性は公認ストーカーと呼ぶそうだ※司令官さま目線

しおりを挟む
 少しでも力を込めたら折れてしまいそうな細い腕を掴んで壁に押し付けて、その可愛らしい唇を奪った瞬間、自分が気が狂うほど飢えていたことを知る。

 そして、触れるだけの口付けでは止まらない。もっともっと彼女を求めてしまう。

 ───本能に抗うな。そうしてしまえば良い。

 理性など持たない野獣のようなもう一人の自分が、そう囁く。そして、そのまま飢えを満たそうとした瞬間───彼女が泣いた。

 それ程までに嫌なのか。そう肩を掴んで問い詰めたくなる衝動に駆られた。けれど、彼女の涙は、そういう類のものではなかった。 

 だから、言葉にして問うた。『初めてだったのか』と。彼女は泣きながら是と頷いた。
 
 そうか。初めてだったか。胸の内でそう呟いた途端、自分の口元が確かに弧を描くのがわかった。

 軍人として感情を殺すのは慣れている。そして、今まで感情を表に出したことを後から気付くことなどなかった。

 それ程までに、自分は嬉しかった。堪らなく。まっさらな彼女を汚したことに、喜びを全身で感じていた。

 けれど、それは男だけが持つ独占欲と、歪んだ競争心でしかなかった。

 そして、自分の取った行動は、彼女にとってとても不愉快なもので、───彼女は今まで受けたことがない暴言を吐き捨て、逃げ出してしまった。

 もちろん、彼女が怒るのは無理もない。無理矢理、あんなことをしてしまったのだから。

 だから、暴言について責めるつもりなど一切ない。いや、もっと怒って良かったし、詰って良かったのだ。いっそ、責任を取れと言ってもらえたら、それを言質としてさっさと結婚することができた。

 けれど、彼女はそのどれもしなかった。ただただ、自分を拒むだけだった。

 呆れたことに、そんな彼女を目にしていても、一度触れてしまえば、欲求を抑えきれない自分がいる。

 彼女を視界に入れてしまえば、口付けの先を望んでいる自分は、何をしてしまうのかわからない。それが怖い。

 彼女がどんなに自分に対して怒りをぶつけても、それすら跳ねのけてしまいそうになる自分が怖かった。

 だから彼女と距離を取った。───彼女を傷付けないように。そして、彼女の身に降りかかるかもしれない危険を排除する為に。


 そんな事を考えながら自分は、お遣いで街に出た彼女の事を見守っている。









 ゴミ箱に捨てられるのを承知で、一昨日、処理済みの書類の一番上に、彼女が喜びそうな菓子を置いてみたけれど、受け取ってもらえたのだろうか。

 そんなことを考えながら、少し離れた場所───街路樹の一角に身を寄せて、彼女を見守っている。

 紙袋を両手に抱えて、てくてくと歩く姿はまさにお遣いという言葉が似あう可愛さだ。ずっと見ていられる。

 ただ、隣を歩くウィルが少々視界に入り、邪魔だ。……いや、ウィルは彼女の護衛をしているので、そんなことは思ってはいけない。

 それにで、彼女を施設から離したのは自分の指示だ。

 今日は少々彼女が施設内にいるのは都合が悪い。というか、万が一があってはならないので、避難をさせているというのが正しい。

 のだけれども、自分は彼女を実家に戻すよう伝えたはずだ。なのに、彼女が街中を歩いているということは、ケイティがついでに何かしらの用事を頼んだのだろう。

 先日、街で辛い思いをしたというのに、お遣いを引き受けるなんて、お人好しにも程がある。などと、親のような目で彼女を見守っていたら───。

「ねえ、好きな女の子の動向をこっそり観察するのって何て言うか知ってる?」

 突然、横から、人を小馬鹿にしたような問いが飛んできた。

 首を動かさず、ちらりと声のする方に視線を向ければ、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべるアジェーレがいた。

「……心配性と言うなら言えば良い」
「馬鹿、違うわよ」

 食い気味に否定され、ムッとした自分に、アジェーレはすぐさま口を開く。

「ストーカーっていうのよ」
「は?……誰がだ?」
「あんたよ」

 自分がストーカーだと?

 信じられない思いでそこに目を向ければ、すぐさまアジェーレからストーカーは総じてその自覚が無いものだ。と、言い切られてしまった。

 なんということだ。……思わず片手で顔を覆ってしまった。

「まぁ、これは公認だから良いんじゃない。公認ストーカーは規制法に引っかからないから。───……でも、こんなところで油を売ってて良いの?」

 労わるような口調から咎めるようなそれに変わった途端、覆っていた手を離し、アジェーレを見つめる。自分に向かう視線は、言葉と同様に咎めるものと焦れたものを含んでいた。

「無駄に時間を潰しているわけではない。すでにマーカスは確保済みだ。それに、今は施設の納屋に放り込んで部下が詰問中だ。帰る頃には、全て吐いてくれているだろう」

 淡々と状況を説明すれば、アジェーレは何故か猫のように目を細め、鼻で笑った。

「あらあら、爪が甘いわねぇー。脇も甘いわねぇー。黒鷹の騎士さん、久しぶりだからってちょっと鈍ってる?」

 その言葉に、ぴくりと眉が撥ねた。

 アジェーレはここでは諜報担当として席を置いているけれど、本来、元帥の姪であり、軍の中でも精鋭と呼ばれる特殊部隊に所属している。

 そんな彼女が、そう口にするのは、それなりの根拠がある。

「何かあったのか?」

 アジェーレは言葉で説明する代わりに、胸元からとあるものを取り出して、自分に押し付けた。

「見なさい」
「…………っ」

 手にしていたのは一通の手紙───いや、密告書。

 それに目を通していくたびに、双眸が剣を増していくのが自分でもわかる。そんな自分を煽るようにアジェーレが、耳元でこう囁いた。

「これを書いて寄越したのはね、マーカスの彼女よ。ちなみに、このお嬢さんは、マーカスの共謀者。……確かジェーンと言ったかしら。でもって、このお嬢さんが、シアちゃんを突き飛ばした張本人よ。聞き込みで知ったけど、シアちゃんにビンタもお見舞いしたそうね」
「なんだと!?」

 状況を忘れ大声を出した自分に、アジェーレは慌てて、しっと口元に人差し指を当てる。

「………ジェーンの友人の一人がぺろりと吐いてくれたのよ。シアちゃんをビンタしたことも、店から追い出したことも、マーカスに色目を使った腹いせに仕返しするって息巻いていることも。ま、マーカスに色目を使った云々の辺りは、思い込みだと思うけどね」
「なるほどな」

 全ての点と線がつながれば、自分は妙に納得した声をだしてしまう。 

 やはり、女は怖い生き物だと痛感させられる。そして、こういった場合の想定をできなかった自分は確かに甘い。

「ははっ。なめたことをしてくれるな。まぁ良い……これは利用させてもらおう」
「そうこなくっちゃ。1000倍返しでお願いしますね。黒鷹の騎士さん」

 弾んだアジェーレの声に、自分も微笑み返す。

 そして、アジェーレはちらりと彼女に視線を向け、自分の思考を先読みした。

「安心して、シンシアちゃんの護衛は私とウィルが引き継いであげるわ」

 自分に向かって、可憐なウィンクをするアジェーレに、私はよろしく頼むと頭を下げ、この場を去った。

 このくだらない任務を終わらすために。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたが幸せになれるなら婚約破棄を受け入れます

神村結美
恋愛
貴族の子息令嬢が通うエスポワール学園の入学式。 アイリス・コルベール公爵令嬢は、前世の記憶を思い出した。 そして、前世で大好きだった乙女ゲーム『マ・シェリ〜運命の出逢い〜』に登場する悪役令嬢に転生している事に気付く。 エスポワール学園の生徒会長であり、ヴィクトール国第一王子であるジェラルド・アルベール・ヴィクトールはアイリスの婚約者であり、『マ・シェリ』でのメイン攻略対象。 ゲームのシナリオでは、一年後、ジェラルドが卒業する日の夜会にて、婚約破棄を言い渡され、ジェラルドが心惹かれたヒロインであるアンナ・バジュー男爵令嬢を虐めた罪で国外追放されるーーそんな未来は嫌だっ! でも、愛するジェラルド様の幸せのためなら……

私が恋した人とは結ばれない。

新田 ゆえ
恋愛
私には生まれつき、前前世と前世の記憶を持っていた。しかもどちらの記憶も好きな人に告白する前に失恋するという悲しい記憶だった。 ——今世は男の人を好きにならないようになりたい。 そんな私の願いを叶えるように転生した3回目の世界はなんと美醜逆転の世界。 そんな世界で、不細工とされる第三騎士団の団長に出会い、惹かれてしまう。 果たして私は幸せになれるのか。 hotランキング最高34位、ありがとうございます。どうかこれからもよろしくお願いします。

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

真実は仮面の下に~精霊姫の加護を捨てた愚かな人々~

ともどーも
恋愛
 その昔、精霊女王の加護を賜った少女がプルメリア王国を建国した。 彼女は精霊達と対話し、その力を借りて魔物の来ない《聖域》を作り出した。  人々は『精霊姫』と彼女を尊敬し、崇めたーーーーーーーーーーープルメリア建国物語。  今では誰も信じていないおとぎ話だ。  近代では『精霊』を『見れる人』は居なくなってしまった。  そんなある日、精霊女王から神託が下った。 《エルメリーズ侯爵家の長女を精霊姫とする》  その日エルメリーズ侯爵家に双子が産まれた。  姉アンリーナは精霊姫として厳しく育てられ、妹ローズは溺愛されて育った。  貴族学園の卒業パーティーで、突然アンリーナは婚約者の王太子フレデリックに婚約破棄を言い渡された。  神託の《エルメリーズ侯爵家の長女を精霊姫とする》は《長女》ではなく《少女》だったのでないか。  現にローズに神聖力がある。  本物の精霊姫はローズだったのだとフレデリックは宣言した。  偽物扱いされたアンリーナを自ら国外に出ていこうとした、その時ーーー。  精霊姫を愚かにも追い出した王国の物語です。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初心者のフワフワ設定です。 温かく見守っていただけると嬉しいです。

乙女ゲームの悪役令嬢は生れかわる

レラン
恋愛
 前世でプレーした。乙女ゲーム内に召喚転生させられた主人公。  すでに危機的状況の悪役令嬢に転生してしまい、ゲームに関わらないようにしていると、まさかのチート発覚!?  私は平穏な暮らしを求めただけだっだのに‥‥ふふふ‥‥‥チートがあるなら最大限活用してやる!!  そう意気込みのやりたい放題の、元悪役令嬢の日常。 ⚠︎語彙力崩壊してます⚠︎ ⚠︎誤字多発です⚠︎ ⚠︎話の内容が薄っぺらです⚠︎ ⚠︎ざまぁは、結構後になってしまいます⚠︎

[完結]病弱を言い訳に使う妹

みちこ
恋愛
病弱を言い訳にしてワガママ放題な妹にもう我慢出来ません 今日こそはざまぁしてみせます

偽りの婚姻

迷い人
ファンタジー
ルーペンス国とその南国に位置する国々との長きに渡る戦争が終わりをつげ、終戦協定が結ばれた祝いの席。 終戦の祝賀会の場で『パーシヴァル・フォン・ヘルムート伯爵』は、10年前に結婚して以来1度も会話をしていない妻『シヴィル』を、祝賀会の会場で探していた。 夫が多大な功績をたてた場で、祝わぬ妻などいるはずがない。 パーシヴァルは妻を探す。 妻の実家から受けた援助を返済し、離婚を申し立てるために。 だが、妻と思っていた相手との間に、婚姻の事実はなかった。 婚姻の事実がないのなら、借金を返す相手がいないのなら、自由になればいいという者もいるが、パーシヴァルは妻と思っていた女性シヴィルを探しそして思いを伝えようとしたのだが……

不憫な貴方を幸せにします

紅子
恋愛
絶世の美女と男からチヤホヤされるけど、全然嬉しくない。だって、私の好みは正反対なんだもん!ああ、前世なんて思い出さなければよかった。美醜逆転したこの世界で私のタイプは超醜男。競争率0のはずなのに、周りはみんな違う意味で敵ばっかり。もう!私にかまわないで!!! 毎日00:00に更新します。 完結済み R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

処理中です...