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私と司令官さまのすれ違い

★心配性は公認ストーカーと呼ぶそうだ※司令官さま目線

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 少しでも力を込めたら折れてしまいそうな細い腕を掴んで壁に押し付けて、その可愛らしい唇を奪った瞬間、自分が気が狂うほど飢えていたことを知る。

 そして、触れるだけの口付けでは止まらない。もっともっと彼女を求めてしまう。

 ───本能に抗うな。そうしてしまえば良い。

 理性など持たない野獣のようなもう一人の自分が、そう囁く。そして、そのまま飢えを満たそうとした瞬間───彼女が泣いた。

 それ程までに嫌なのか。そう肩を掴んで問い詰めたくなる衝動に駆られた。けれど、彼女の涙は、そういう類のものではなかった。 

 だから、言葉にして問うた。『初めてだったのか』と。彼女は泣きながら是と頷いた。
 
 そうか。初めてだったか。胸の内でそう呟いた途端、自分の口元が確かに弧を描くのがわかった。

 軍人として感情を殺すのは慣れている。そして、今まで感情を表に出したことを後から気付くことなどなかった。

 それ程までに、自分は嬉しかった。堪らなく。まっさらな彼女を汚したことに、喜びを全身で感じていた。

 けれど、それは男だけが持つ独占欲と、歪んだ競争心でしかなかった。

 そして、自分の取った行動は、彼女にとってとても不愉快なもので、───彼女は今まで受けたことがない暴言を吐き捨て、逃げ出してしまった。

 もちろん、彼女が怒るのは無理もない。無理矢理、あんなことをしてしまったのだから。

 だから、暴言について責めるつもりなど一切ない。いや、もっと怒って良かったし、詰って良かったのだ。いっそ、責任を取れと言ってもらえたら、それを言質としてさっさと結婚することができた。

 けれど、彼女はそのどれもしなかった。ただただ、自分を拒むだけだった。

 呆れたことに、そんな彼女を目にしていても、一度触れてしまえば、欲求を抑えきれない自分がいる。

 彼女を視界に入れてしまえば、口付けの先を望んでいる自分は、何をしてしまうのかわからない。それが怖い。

 彼女がどんなに自分に対して怒りをぶつけても、それすら跳ねのけてしまいそうになる自分が怖かった。

 だから彼女と距離を取った。───彼女を傷付けないように。そして、彼女の身に降りかかるかもしれない危険を排除する為に。


 そんな事を考えながら自分は、お遣いで街に出た彼女の事を見守っている。









 ゴミ箱に捨てられるのを承知で、一昨日、処理済みの書類の一番上に、彼女が喜びそうな菓子を置いてみたけれど、受け取ってもらえたのだろうか。

 そんなことを考えながら、少し離れた場所───街路樹の一角に身を寄せて、彼女を見守っている。

 紙袋を両手に抱えて、てくてくと歩く姿はまさにお遣いという言葉が似あう可愛さだ。ずっと見ていられる。

 ただ、隣を歩くウィルが少々視界に入り、邪魔だ。……いや、ウィルは彼女の護衛をしているので、そんなことは思ってはいけない。

 それにで、彼女を施設から離したのは自分の指示だ。

 今日は少々彼女が施設内にいるのは都合が悪い。というか、万が一があってはならないので、避難をさせているというのが正しい。

 のだけれども、自分は彼女を実家に戻すよう伝えたはずだ。なのに、彼女が街中を歩いているということは、ケイティがついでに何かしらの用事を頼んだのだろう。

 先日、街で辛い思いをしたというのに、お遣いを引き受けるなんて、お人好しにも程がある。などと、親のような目で彼女を見守っていたら───。

「ねえ、好きな女の子の動向をこっそり観察するのって何て言うか知ってる?」

 突然、横から、人を小馬鹿にしたような問いが飛んできた。

 首を動かさず、ちらりと声のする方に視線を向ければ、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべるアジェーレがいた。

「……心配性と言うなら言えば良い」
「馬鹿、違うわよ」

 食い気味に否定され、ムッとした自分に、アジェーレはすぐさま口を開く。

「ストーカーっていうのよ」
「は?……誰がだ?」
「あんたよ」

 自分がストーカーだと?

 信じられない思いでそこに目を向ければ、すぐさまアジェーレからストーカーは総じてその自覚が無いものだ。と、言い切られてしまった。

 なんということだ。……思わず片手で顔を覆ってしまった。

「まぁ、これは公認だから良いんじゃない。公認ストーカーは規制法に引っかからないから。───……でも、こんなところで油を売ってて良いの?」

 労わるような口調から咎めるようなそれに変わった途端、覆っていた手を離し、アジェーレを見つめる。自分に向かう視線は、言葉と同様に咎めるものと焦れたものを含んでいた。

「無駄に時間を潰しているわけではない。すでにマーカスは確保済みだ。それに、今は施設の納屋に放り込んで部下が詰問中だ。帰る頃には、全て吐いてくれているだろう」

 淡々と状況を説明すれば、アジェーレは何故か猫のように目を細め、鼻で笑った。

「あらあら、爪が甘いわねぇー。脇も甘いわねぇー。黒鷹の騎士さん、久しぶりだからってちょっと鈍ってる?」

 その言葉に、ぴくりと眉が撥ねた。

 アジェーレはここでは諜報担当として席を置いているけれど、本来、元帥の姪であり、軍の中でも精鋭と呼ばれる特殊部隊に所属している。

 そんな彼女が、そう口にするのは、それなりの根拠がある。

「何かあったのか?」

 アジェーレは言葉で説明する代わりに、胸元からとあるものを取り出して、自分に押し付けた。

「見なさい」
「…………っ」

 手にしていたのは一通の手紙───いや、密告書。

 それに目を通していくたびに、双眸が剣を増していくのが自分でもわかる。そんな自分を煽るようにアジェーレが、耳元でこう囁いた。

「これを書いて寄越したのはね、マーカスの彼女よ。ちなみに、このお嬢さんは、マーカスの共謀者。……確かジェーンと言ったかしら。でもって、このお嬢さんが、シアちゃんを突き飛ばした張本人よ。聞き込みで知ったけど、シアちゃんにビンタもお見舞いしたそうね」
「なんだと!?」

 状況を忘れ大声を出した自分に、アジェーレは慌てて、しっと口元に人差し指を当てる。

「………ジェーンの友人の一人がぺろりと吐いてくれたのよ。シアちゃんをビンタしたことも、店から追い出したことも、マーカスに色目を使った腹いせに仕返しするって息巻いていることも。ま、マーカスに色目を使った云々の辺りは、思い込みだと思うけどね」
「なるほどな」

 全ての点と線がつながれば、自分は妙に納得した声をだしてしまう。 

 やはり、女は怖い生き物だと痛感させられる。そして、こういった場合の想定をできなかった自分は確かに甘い。

「ははっ。なめたことをしてくれるな。まぁ良い……これは利用させてもらおう」
「そうこなくっちゃ。1000倍返しでお願いしますね。黒鷹の騎士さん」

 弾んだアジェーレの声に、自分も微笑み返す。

 そして、アジェーレはちらりと彼女に視線を向け、自分の思考を先読みした。

「安心して、シンシアちゃんの護衛は私とウィルが引き継いであげるわ」

 自分に向かって、可憐なウィンクをするアジェーレに、私はよろしく頼むと頭を下げ、この場を去った。

 このくだらない任務を終わらすために。
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