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私と司令官さまの攻防戦
★近況報告という名の取り調べ※司令官さま視点②
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上層部だけが使える会議室───という名のサロンに到着すれば、すでにケイティは酒のつまみを並べて待機していた。
そのつまみと、テーブルの端に置かれた酒瓶の量を見て、今夜はかなり深酒をしなくてはならない予感を覚える。
ならまずは、業務を優先させてもらおう。そう結論付けた自分は、ソファに着席したばかりのアジェーレに口を開いた。
「───……で、首尾のほうはどうだ?」
「上々よん。もう、証拠もしっかりつかんだから、あとは有給消化って感じ」
あっけらかんとそう言うアジェーレは、もう3人分のグラスに酒を注いている。
そして、さっさとそれを手にすると、軽く乾杯の仕草をしながら、反対の手で、自分に報告書を手渡した。
それを受け取りながら、どんなものでも両手で手渡してくれるシンシアの姿が一瞬、目に浮かぶ。…………本当に、末期症状だ。
そんな苦い気持ちを心の奥底に隠して、自分は報告書に目を通す。
自分がここへ赴任する半年前から、このフルーガの近辺で富裕層の馬車が窃盗団に襲われる事件が多発していた。
残念なことに、こういう事件はなくならない。いわば、いたちごっこのようなもの。犯人を捕らえ、見せしめのように裁き、抑止する。これしか方法はない。
だから、今回も、そういった類のもののはずだった。
けれど、違った。少々、複雑な事情を抱えていたのだ。なぜなら捕らえた窃盗団は、フルーガのすぐ隣、ザマーニ国の人間。
しかもそいつらの証言によれば、これは組織的な犯行。しかもその組織の中に自国の者、しかもフルーガの人間だというのだ。
両国の人間が手を組み、犯罪を犯している。大変、厄介事だ。
シンシアは知らないだろう。いやきっと、フルーガの街の人間のほとんどが気付いていないが、隣国のザマーニとは、もうかれこれ5年ほど冷戦が続いている。
そして、これをきっかけに殺戮に至らないとは言い切れない。戦争をしたいという意思があれば、どんな小さな火種でも、それが始まりとなってしまうもの。
そんな理由から、何としても水面下で犯罪組織を壊滅に追い込まなくてはならないのだ。
とはいえ、おおよその見当は付いている。そして犯罪組織の末端にいる人物の中に、マーカスがいることも。あとは、マーカスを周囲を辿り、トップの人間を潰せばそれで片が付く。────たわいもない任務なのだ。
余談だが、先日、真っ正面から見たマーカスは見るからにチャラ男で、恐ろしい程、小物という言葉が似合う男だった。ただ、そんな男にシンシアは振られた………この件については、たわいもない話で終わらす訳にはいかない。それ相応の責任は取ってもらう。
おっと、また思考が脱線してしまったが、つまり、これが、ここで責任者として勤務する自分の本来の任務である。あるのだが、そうなった経緯は、大変微妙なもの。
なぜなら自分は、休暇申請をしたはずなのに、ここへ赴任することになってしまったから。
【ま、お前さんにとったら大した任務じゃないだろう。ちょくら行ってさっさと片付けて来い。でもって、余った時間は休暇にしてやる。その間に、嫁さんでも探してこいや。ああ、ついでにうちの姪のアジェーレが暇してるから、一緒に連れて行ってやれ】
くっそ。この狐めっ。
そう言われた瞬間、上司であり、軍の最高責任者であるダガルド元帥の顔に、拳を埋め込みたくなった自分は、決して不敬罪に問われることはないと自負している。
だが………まさか、元師のその言葉が当たってしまうとは。本当に悔しい。腹立だしい。が、シンシアとの出会いはまごうことなき事実である。それに感謝する自分が、情けない。
そう。そんな気持ちを抱えているから、不満ではなく、微妙という表現になってしまうのだ。
「────あのねぇ………何考えてるかわかんないけど、この報告書、王都に提出するヤツなんだけどぉー」
元帥の姪であり、現在、ここの諜報担当であるアジェーレの不機嫌な声で、自分が調査報告書を握り潰してしまったことを知る。
「………すまない」
慌てて、それをアジェーレに返却すれば、反目になった彼女はあからさまに皺を伸ばして見せる。……かなり感じが悪い。が、黙っておく。
そして今後どのように、この件を片付けるかを頭の中で組み立てていれば、報告書の皺伸ばしをあっという間に放棄したアジェーレが口を開いた。
「っていうか、シンシアちゃん、このタイミングで、ここに居れたのはラッキーだったわね」
「どういうことだ?」
「え?ちょ……どういうこと?」
しみじみと呟いたアジェーレに、自分とケイティは同時に眉間に皺を刻んだ。嫌な予感がする。
「…………実はね、聞き込みをしてるときに、ちょっと聞いちゃったんだけどね、」
妙なところで途切れたその言葉で、予感は確信に変わった。
「何だ?詳しく説明しろ」
今度は険を含んだ口調で、そう問えば、アジェーレは観念したかのように口を開く。とてもとても、言いにくそうに。
「マーカスが隣町の娼舘に、シンシアちゃんを売り飛ばそうとしてるって」
────パリンッ。
硝子の割れる音と共に、手袋が濡れる感触がした。
どうやら自分は、怒りに任せて、グラスを握り砕いていたらしい。
そのつまみと、テーブルの端に置かれた酒瓶の量を見て、今夜はかなり深酒をしなくてはならない予感を覚える。
ならまずは、業務を優先させてもらおう。そう結論付けた自分は、ソファに着席したばかりのアジェーレに口を開いた。
「───……で、首尾のほうはどうだ?」
「上々よん。もう、証拠もしっかりつかんだから、あとは有給消化って感じ」
あっけらかんとそう言うアジェーレは、もう3人分のグラスに酒を注いている。
そして、さっさとそれを手にすると、軽く乾杯の仕草をしながら、反対の手で、自分に報告書を手渡した。
それを受け取りながら、どんなものでも両手で手渡してくれるシンシアの姿が一瞬、目に浮かぶ。…………本当に、末期症状だ。
そんな苦い気持ちを心の奥底に隠して、自分は報告書に目を通す。
自分がここへ赴任する半年前から、このフルーガの近辺で富裕層の馬車が窃盗団に襲われる事件が多発していた。
残念なことに、こういう事件はなくならない。いわば、いたちごっこのようなもの。犯人を捕らえ、見せしめのように裁き、抑止する。これしか方法はない。
だから、今回も、そういった類のもののはずだった。
けれど、違った。少々、複雑な事情を抱えていたのだ。なぜなら捕らえた窃盗団は、フルーガのすぐ隣、ザマーニ国の人間。
しかもそいつらの証言によれば、これは組織的な犯行。しかもその組織の中に自国の者、しかもフルーガの人間だというのだ。
両国の人間が手を組み、犯罪を犯している。大変、厄介事だ。
シンシアは知らないだろう。いやきっと、フルーガの街の人間のほとんどが気付いていないが、隣国のザマーニとは、もうかれこれ5年ほど冷戦が続いている。
そして、これをきっかけに殺戮に至らないとは言い切れない。戦争をしたいという意思があれば、どんな小さな火種でも、それが始まりとなってしまうもの。
そんな理由から、何としても水面下で犯罪組織を壊滅に追い込まなくてはならないのだ。
とはいえ、おおよその見当は付いている。そして犯罪組織の末端にいる人物の中に、マーカスがいることも。あとは、マーカスを周囲を辿り、トップの人間を潰せばそれで片が付く。────たわいもない任務なのだ。
余談だが、先日、真っ正面から見たマーカスは見るからにチャラ男で、恐ろしい程、小物という言葉が似合う男だった。ただ、そんな男にシンシアは振られた………この件については、たわいもない話で終わらす訳にはいかない。それ相応の責任は取ってもらう。
おっと、また思考が脱線してしまったが、つまり、これが、ここで責任者として勤務する自分の本来の任務である。あるのだが、そうなった経緯は、大変微妙なもの。
なぜなら自分は、休暇申請をしたはずなのに、ここへ赴任することになってしまったから。
【ま、お前さんにとったら大した任務じゃないだろう。ちょくら行ってさっさと片付けて来い。でもって、余った時間は休暇にしてやる。その間に、嫁さんでも探してこいや。ああ、ついでにうちの姪のアジェーレが暇してるから、一緒に連れて行ってやれ】
くっそ。この狐めっ。
そう言われた瞬間、上司であり、軍の最高責任者であるダガルド元帥の顔に、拳を埋め込みたくなった自分は、決して不敬罪に問われることはないと自負している。
だが………まさか、元師のその言葉が当たってしまうとは。本当に悔しい。腹立だしい。が、シンシアとの出会いはまごうことなき事実である。それに感謝する自分が、情けない。
そう。そんな気持ちを抱えているから、不満ではなく、微妙という表現になってしまうのだ。
「────あのねぇ………何考えてるかわかんないけど、この報告書、王都に提出するヤツなんだけどぉー」
元帥の姪であり、現在、ここの諜報担当であるアジェーレの不機嫌な声で、自分が調査報告書を握り潰してしまったことを知る。
「………すまない」
慌てて、それをアジェーレに返却すれば、反目になった彼女はあからさまに皺を伸ばして見せる。……かなり感じが悪い。が、黙っておく。
そして今後どのように、この件を片付けるかを頭の中で組み立てていれば、報告書の皺伸ばしをあっという間に放棄したアジェーレが口を開いた。
「っていうか、シンシアちゃん、このタイミングで、ここに居れたのはラッキーだったわね」
「どういうことだ?」
「え?ちょ……どういうこと?」
しみじみと呟いたアジェーレに、自分とケイティは同時に眉間に皺を刻んだ。嫌な予感がする。
「…………実はね、聞き込みをしてるときに、ちょっと聞いちゃったんだけどね、」
妙なところで途切れたその言葉で、予感は確信に変わった。
「何だ?詳しく説明しろ」
今度は険を含んだ口調で、そう問えば、アジェーレは観念したかのように口を開く。とてもとても、言いにくそうに。
「マーカスが隣町の娼舘に、シンシアちゃんを売り飛ばそうとしてるって」
────パリンッ。
硝子の割れる音と共に、手袋が濡れる感触がした。
どうやら自分は、怒りに任せて、グラスを握り砕いていたらしい。
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