上 下
36 / 61
私と司令官さまの攻防戦

お給料日はウキウキルンルン…一時、雨②

しおりを挟む
 露骨に顔を顰める私に負けず劣らず……いや、遥かに鬼の形相でジェーンはカウンターを飛び越え、こちらに向かって来た。

「あんたに売るもんなんかないわよっ。今すぐ出て行きなさいっ」

 お上品な店内にその姿は、さならが迷い込んでしまった猿のよう。品の良さは皆無だった。そしてそのまま、私に壁ドンをかましてくれた。

「あんたねぇ、調子こいてるんじゃないわよっ」
「は?」

 先日の飲酒に続き、壁ドンを初体験させていただいた私だけれど、これもまた二度といらないと思うものだった。

 そして、お世辞にも上品とは言えないジェーンの物言いに、私は間の抜けた声を出してしまった。

 だって、この状況、誰がどう見たって、店員が客に難癖付けている図。

 なのに、なぜ私がそんなことを言われないといけないのか。理不尽極まりない。

 そして、私はただあの万年筆を買いたいだけ。まかり間違っても、ジェーンからの喧嘩を買いたいわけではない。

 ………うん、他の店員さんを呼ぼう。

 そう思ったけれど、ジェーンの方が先に口を開いてしまった。

「ちょっと綺麗な服着て、いい気になってるけど、あんたが軍事施設で働けるのは、ただの運よっ。勘違いしないでねっ」
「はぁ!?運じゃないよ。それは──」
「うるさいわねっ」

 ───バッシーン。

 ……ただお父さんの紹介状のせいだって言いたかっただけなのに、頬を張られてしまった。

 痛みより、なぜそうされたのか理解できず、私はポカンとしてしまう。

「いちいち反論して、本当にむかつくっ」

 なるほど。どうやら私のリアクションが、ジェーンにとったらご不満だったようだ。

 張られた頬を押さえながら、これで気が済んだかな?と冷静に思う。そして、じゃあ、別の定員を呼んで良いかなとも思う。

 ああ、でもこんな状況で、誰も奥から出てこないということは、店番はコイツしかいないのか。マジ最悪。

 そんなことを考えながら、はぁーと気の抜けた息を漏らせば、ジェーンは剥き出しの憎悪を込めて私を更に睨み付ける。

「この際、言っておくけど、マーカスがあんたに未だにちょっかいかけるのは、情でしかないんだからねっ。っていうか、あんた人のモノに色目使ってんじゃないわよっ。それにこの前、マーカスに何を言われたかわからないけど、もじもじしてんじゃないわよっ。良い?真に受けないでよねっ。この貧乳っ」

 瞬間、この女が単なるアホだということに気付いた。

 そして他人の眼で見る世界って、さまざまなんだなぁっと思った。あと、売春の斡旋を受けたこと、聞かれていなくて良かった。それは本当に良かった。

 最後に、マーカスのことで私に牽制をしているようだけど、そんなことを言ってるお前は、ちゃっかり司令官さまに媚を売っていたことを私はちゃんと覚えている。

 そういう、自分のことを都合良く見ないふりして、他人に不満をぶつけられるところ、マーカスにそっくりだ。うん。あなた方はお似合いのカップルです。

「…………何よ。なんか言いたいことでもあるの?」

 貧乳の件だけは、どうにもイラつく私は、一発くらいぶん殴って良いかなぁと考えていたら、ジェーンは何故か視線を泳がす。

 あれ程の勢いで啖呵を切ったくせに。一変してたじろくジェーンを見て、この女が小心者だということにも気付いてしまった。

「私、いい気になってないよ」

 あと、貧乳じゃないよ。謙虚なだけ。

 自分でもびっくりする程、平坦な声が出た。もちろん後半の言葉は言ってない。

 次いで、誰が好き好んで、あそこで働きたいものか。私は、本当に山に籠りたかったんだ。そう言おうと思った。でも、しなかった。

 だって、ジェーンがあまりにアホだから。きっと私が何を言っても、このアホには届かない。そう思ったから。そして、この万年筆は日を改めて購入しようと結論付ける。

「でも、ジェーンにはそう見えるんだね。別に良いよ。勝手にそう思ってて。じゃあ、お邪魔しました」
「そういうところよっ」

 お望み通り出て行こうとしたら、なぜだかジェーンに腕を掴まれてしまった。

 今度はビンタされなくて良かった。そんなことをふと思う。

「昔っからあんたは真面目な優等生のフリして、マーカスにすり寄ってさ。そんで、卒業したら、ちゃっかりハーレム職場で働いて、イケメンゲットできるあんたは、ただ、あざといだけなんだからっ」

 あざとい?私が?

 いうに事欠いて、何言ってんだお前?辞書引いてみろ。そんなふうに笑ってやりたかった。

 それに、順番が逆だ。真面目な優等生のフリをしたわけではなく、マーカスの小狡さに気付かず、学校行事の裏方を引き受け、卒論の手伝いをするために必死こいて勉強した結果、優等生のような立場になっただけだ。
 
 もっと言うと、そもそもあそこは、ハーレム職場ではない。国境警備の為の軍事施設だ。そこだけはちゃんと言っておこう。

 そう。ちゃんと言おうとした。でも、なぜだか喉がからからになって、言葉が出てこなかった。

 だって、ジェーンの今の言葉だけは、ずしんとお腹にきたから。

 あざといと思ったのはジェーンの主観でしかない。だから、みんながそう思っているわけではない。まかり間違っても、司令官さまがそう思っているはずはない。

 そんなふうに思っても、胸がじくじくと痛みだす。

 これだから女の悪口は嫌いだ。容赦なく、そして的確に心を抉る言葉を吐いてくれるから。

 不覚にも顔を歪めてしまった私を、ジェーンが見逃すはずもない。したり顔になって、今度は脅すような言葉を私の耳に落とす。

「今に見てなさい。絶対に後悔させてあげるから」

 そう言ってジェーンは私の腕を掴む力を強めてで、店の外へと追いやった。

「二度と来ないでよねっ」

 捨て台詞と共に突き飛ばされて、道に派手に転がる。ぐるりと回る視界の端で、ぎょっとした表情を浮かべるウィルさんと目が合った。

「シンシアさんっ。大丈夫ですか!?」
「………あ、はい」

 ウィルさんの手を借りて何とか起き上がる。

「乱暴な人ですねぇ………一体何が………って、シンシさん、殴られたんですか?」

 立ち上がった私を支えるようにしていたウィルさんだったけれど、私の頬が赤く腫れているのに気付いた途端、表情が消えた。

「ちょっと司令官殿に代わって挨拶してきます」

 そう言ったウィルさんは、見たことの無い程怖い顔をしていた。

「いいですからっ」

 慌てて私がきつい口調で止めても、ウィルさんの足は止まらない。

「そうはいきませんよ」

 今まさに店の扉を開けようとしたウィルさんの腕を掴んだ私は、渾身の力で逆方向に引っ張る。

「ウィルさん、帰りましょう。おサボりが、バレちゃいます」 

 もちろん私が全力で引っ張ったところで、ウィルさんを引きずることはできない。

 なので、早々に諦めてさっさと馬車へと向かい始めた私を見て、ウィルさんは慌てて追って来てくれた。

「あーもーロクなことが無いですね」
「…………」

 並んで歩き始めたウィルさんに向かって、私はわざと明るい口調で言う。けれど、ウィルさんはだんまりだ。

 そんなウィルさんに向かって私は言葉を続ける。

「ウィルさん……サボってこんなところに来たのは、司令官さまには内緒にしてて下さい」

 ぺこりと頭を下げた私に、ウィルさんはとても複雑そうな顔をした。でも、しばらく経ってからわかりましたと言ってくれた。

 それから私達は、無言で馬車に向かう。

 とぼとぼと歩きながら、司令官さまに贈り物をしなくて良かったと思った。

 だって、気持ちが向いていないのに安易に贈り物をするって、あざといって思われるかもしれないから。

 頬っぺたの痛みより、擦りむいた肘の痛みより、司令官さまにそう思われれるほうが、よっぽど辛い。

 そんなふうに思った私の頭上にポタリと雫が落ちる。

 見上げれば、いつの間にか空は曇っていて雨が降り出していた。
しおりを挟む
感想 39

あなたにおすすめの小説

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村
恋愛
 別にいいんじゃないんですか? 上手くならなくても——。  後輩マネージャーのその一言が、彼の人生を変えた。  全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。  練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。  武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。  だから、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。  そうすれば、香奈は自分のモノになると思っていたから。  武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。  しかし、そこに香奈が現れる。  成り行きで香奈を家に上げた巧だが、なぜか彼女はその後も彼の家を訪れるようになって——。 「これは警告だよ」 「勘違いしないんでしょ?」 「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」 「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」  甘酸っぱくて、爽やかで、焦れったくて、クスッと笑えて……  オレンジジュース(のような青春)が好きな人必見の現代ラブコメ、ここに開幕! ※これより下では今後のストーリーの大まかな流れについて記載しています。 「話のなんとなくの流れや雰囲気を抑えておきたい」「ざまぁ展開がいつになるのか知りたい!」という方のみご一読ください。 【今後の大まかな流れ】 第1話、第2話でざまぁの伏線が作られます。 第1話はざまぁへの伏線というよりはラブコメ要素が強いので、「早くざまぁ展開見たい!」という方はサラッと読んでいただいて構いません! 本格的なざまぁが行われるのは第15話前後を予定しています。どうかお楽しみに! また、特に第4話からは基本的にラブコメ展開が続きます。シリアス展開はないので、ほっこりしつつ甘さも補充できます! ※最初のざまぁが行われた後も基本はラブコメしつつ、ちょくちょくざまぁ要素も入れていこうかなと思っています。 少しでも「面白いな」「続きが気になる」と思った方は、ざっと内容を把握しつつ第20話、いえ第2話くらいまでお読みいただけると嬉しいです! ※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。 ※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

王子様と過ごした90日間。

秋野 林檎 
恋愛
男しか爵位を受け継げないために、侯爵令嬢のロザリーは、男と女の双子ということにして、一人二役をやってどうにか侯爵家を守っていた。18歳になり、騎士団に入隊しなければならなくなった時、憧れていた第二王子付きに任命されたが、だが第二王子は90日後・・隣国の王女と結婚する。 女として、密かに王子に恋をし…。男として、体を張って王子を守るロザリー。 そんなロザリーに王子は惹かれて行くが… 本篇、番外編(結婚までの7日間 Lucian & Rosalie)完結です。

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

この度、青帝陛下の番になりまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

はじめまして、期間限定のお飾り妻です

結城芙由奈 
恋愛
【あの……お仕事の延長ってありますか?】 貧しい男爵家のイレーネ・シエラは唯一の肉親である祖父を亡くし、住む場所も失う寸前だった。そこで住み込みの仕事を探していたときに、好条件の求人広告を見つける。けれど、はイレーネは知らなかった。この求人、実はルシアンの執事が募集していた契約結婚の求人であることを。そして一方、結婚相手となるルシアンはその事実を一切知らされてはいなかった。呑気なイレーネと、気難しいルシアンとの期間限定の契約結婚が始まるのだが……? *他サイトでも投稿中

処理中です...