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私と司令官さまの攻防戦
謝罪と注意と禁酒宣言①
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薬草園の整備が終わったのは、本日も夜になってからだった。けれど、今日は深夜と呼ぶほどではない。
「おっしゃー、終わった!」
歓喜の声を上げると共に、バンザイをした私は、ぐるりとこの温室を見渡した。
ランプの灯りでも、一面、青々と敷き詰められた薬草を目にすると、やっぱり満足感はひとしおだ。そしてこれから毎朝、毎夕ここに通って、この状態を維持しようと心に誓う。
ちなみにケイティ先生からは許可は貰っている。むしろ大賛成のご様子だ。そして、司令官さまには、私がこっそり整備を続けることを内緒にしてくれるとも約束してくれた。
直感だけれど、この件に関しては、ケイティ先生の口は岩より硬いと思っている。
───……と、まぁこの薬草園のことは、これで一件落着。
ただ、これから私は超が付くほどの難題に向き合わなくてはならない。
謝罪の菓子折り代わりに、薬膳茶を手にして、私は司令官さまの執務室へ向かう。囚人のような気持ちで、よったよったと足を引きずりながら。
ああ、司令官さま、居ないといいなぁ。
往生際悪くそんなミラクルを期待してみる。ちなみに私の手には薬膳茶の他に、此度のお詫びのお手紙もある。
そして、真っ暗な執務室で、こっそり司令官さまの机にお詫びの品を置いて、すたこらさっさと、とんずらする自分を想像して、それ良い!と無駄に期待を持ってしまう。
しつこいかもしれないけど、本当に居ないと良いなぁ。司令官さま。
と、そんな都合の良いことを考えていたけれど、執務室に近づくにつれ、私は遠い目をしてしまった。
だって、ドアの隙間からしっかり灯りが漏れていたから。……その瞬間、私の一縷の望みは打ち砕かれたことを知る。
それでも、控えにノックをして、返事が返ってこないことを期待したけれど、すぐに司令官さまの誰だという堅い声が帰ってくる。
うん、やっぱり、いらっしゃいましたか。できれば、不在が有難かったのですが。というか、司令官さまはいつ寝てるんだろう?イケメンは寝なくても大丈夫なのか?んなわけないっ。
「…………こ、こんばんはぁ」
一人ツッコミをしながら、扉をそっと開けて、半分だけ顔を覗かせた私に、司令官さまは目を丸くした。
ちなみに私は挨拶をしつつも、こっそり私は反省文というか謝罪文というか、首切らないで下さいという嘆願書をそっと、ポケットにしまう。
でも、司令官さまにとったら、扉の隙間から半分だけ身体を出している私は、不可解な生き物のように見えているようだ。
どう言葉を掛けて良いのかわからないご様子。でもって、一先ず、手にしていた書類を置いて指を組むことを選んだようだ。
「薬草園の整備は終わったのか?」
「…………はい。おかげさまで」
問いかけながらも、司令官さま、とりあえずこっちに来いと目で訴える。
ま、まぁね。他の軍人さんがこの光景を目にしたら、びっくりしてしまうだろう。
という二つの理由で、そろそろと執務室に身体を滑り込ませる。背中で扉を閉めれば、私の様子をじっと観察している司令官さまと目が合った。
でも、良く見れば、その顔色は少し悪い。
「お茶、淹れますね」
首を守るだけにここに足を運んだ私は実のところ、まだ、司令官さまに、どんな顔をして良いのかわからない。
とりあえず、そそくさと部屋の端に用意されているお茶の道具が置いてあるワゴンに近づき、手早く薬膳茶を淹れる。
ちなみにこの薬膳茶の効用は、初期の風邪の人に向けてのもの。
要は疲労回復的なものばかり入っている。だから、今、飲んで貰うのはベストタイミング。
でも司令官さまは、あまり嬉しそうではない。
あ、もしかしてソーヤという苦い薬草が入っているのに気付いている?うん、あれは苦い。だから私は風邪を引かぬよう日々、体調管理を怠らない。
そして司令官さまも、これを期に、ワーカホリックをご卒業すべきである。
ということを胸の中で呟きながら、お茶の入ったティーカップを司令官さまの机にそっと置いた。
「すまない。ありがとう。だが、君も疲れているだろう。こんなところに寄らずに、すぐに休めば良いものを……だが、嬉しい」
「…………そうです…………かあっ」
なんか最後はカラスの鳴き声みたいになってしまったけれど、別にここでモノマネぶっこんで笑いを取りたかったわけではない。
なんと、私。信じられないことに、こんなイケメンを見ても、無駄に身構えていないのだ。
これはまさか、飲酒という初体験を済まして、ちょっと大人になったからなのだろうか。それとも昨晩、酔った勢いで、さんざん司令官さまをおちょくったせいで、免疫が付いたからなのだろうか。
などというズレたことを考え始めた私に、司令官さまの視線が冷たく突き刺さった………すぐに、こほんと小さく咳ばらいをして、本題を切り出す。
「………はい。あの、司令官さま……昨日の件なんですが」
そこまで言って、おずおずと上目遣いで司令官さまを見つめる。
そして目が合えば、司令官さまはふっと笑って、頬杖を付きながら口を開いた。
「ああ、わかっている。二日酔いで身体が辛いということだろう。明日の出勤時間を遅らせたいなら、それは構わない。連日残業をしてくれたのもあるから、休んでも良いぞ」
「…………っ!?」
さらっと言われたその言葉に私はひっくり返りそうになった。
あんなことをしでかしたのに、休みをくれるなんて、なんていう太っ腹っ。司令官さまの器は、底なしですか!?
うちの母なら、ほっぺたをびよーんって引っ張って、家中の家事を押し付けますよ?っていうか、司令官さま、怒っていないんですか?
なら、このまま、何事もなかったように帰ろっかな。───……いやいやいやいや、駄目でしょっ、私。そこはちゃんと筋を通さないとっ。
「あの……そうではなくて。えっと……司令官さま」
「ん?どうした。こちらとしては、君に明日、出勤してもらえるとありがたいというか、嬉しいが、それより君の体調の方が心配だ」
「いえ、そっちでもないです」
「じゃあ、どっちだ?」
胡乱げに見つめる司令官さまに向かって、私は肺いっぱいに空気を吸い込んだ。
そして、一気に思いの丈を伝えることにする。
「昨晩は、大変申し訳ございませんでした!!お願いですっ。あのことは、全部、忘れてくださいっ」
「……………………」
直角……ではなく、もっと深い角度で腰を折った私に、司令官さまは無言をいう返事を下さった。
お願い、何か言って。
「おっしゃー、終わった!」
歓喜の声を上げると共に、バンザイをした私は、ぐるりとこの温室を見渡した。
ランプの灯りでも、一面、青々と敷き詰められた薬草を目にすると、やっぱり満足感はひとしおだ。そしてこれから毎朝、毎夕ここに通って、この状態を維持しようと心に誓う。
ちなみにケイティ先生からは許可は貰っている。むしろ大賛成のご様子だ。そして、司令官さまには、私がこっそり整備を続けることを内緒にしてくれるとも約束してくれた。
直感だけれど、この件に関しては、ケイティ先生の口は岩より硬いと思っている。
───……と、まぁこの薬草園のことは、これで一件落着。
ただ、これから私は超が付くほどの難題に向き合わなくてはならない。
謝罪の菓子折り代わりに、薬膳茶を手にして、私は司令官さまの執務室へ向かう。囚人のような気持ちで、よったよったと足を引きずりながら。
ああ、司令官さま、居ないといいなぁ。
往生際悪くそんなミラクルを期待してみる。ちなみに私の手には薬膳茶の他に、此度のお詫びのお手紙もある。
そして、真っ暗な執務室で、こっそり司令官さまの机にお詫びの品を置いて、すたこらさっさと、とんずらする自分を想像して、それ良い!と無駄に期待を持ってしまう。
しつこいかもしれないけど、本当に居ないと良いなぁ。司令官さま。
と、そんな都合の良いことを考えていたけれど、執務室に近づくにつれ、私は遠い目をしてしまった。
だって、ドアの隙間からしっかり灯りが漏れていたから。……その瞬間、私の一縷の望みは打ち砕かれたことを知る。
それでも、控えにノックをして、返事が返ってこないことを期待したけれど、すぐに司令官さまの誰だという堅い声が帰ってくる。
うん、やっぱり、いらっしゃいましたか。できれば、不在が有難かったのですが。というか、司令官さまはいつ寝てるんだろう?イケメンは寝なくても大丈夫なのか?んなわけないっ。
「…………こ、こんばんはぁ」
一人ツッコミをしながら、扉をそっと開けて、半分だけ顔を覗かせた私に、司令官さまは目を丸くした。
ちなみに私は挨拶をしつつも、こっそり私は反省文というか謝罪文というか、首切らないで下さいという嘆願書をそっと、ポケットにしまう。
でも、司令官さまにとったら、扉の隙間から半分だけ身体を出している私は、不可解な生き物のように見えているようだ。
どう言葉を掛けて良いのかわからないご様子。でもって、一先ず、手にしていた書類を置いて指を組むことを選んだようだ。
「薬草園の整備は終わったのか?」
「…………はい。おかげさまで」
問いかけながらも、司令官さま、とりあえずこっちに来いと目で訴える。
ま、まぁね。他の軍人さんがこの光景を目にしたら、びっくりしてしまうだろう。
という二つの理由で、そろそろと執務室に身体を滑り込ませる。背中で扉を閉めれば、私の様子をじっと観察している司令官さまと目が合った。
でも、良く見れば、その顔色は少し悪い。
「お茶、淹れますね」
首を守るだけにここに足を運んだ私は実のところ、まだ、司令官さまに、どんな顔をして良いのかわからない。
とりあえず、そそくさと部屋の端に用意されているお茶の道具が置いてあるワゴンに近づき、手早く薬膳茶を淹れる。
ちなみにこの薬膳茶の効用は、初期の風邪の人に向けてのもの。
要は疲労回復的なものばかり入っている。だから、今、飲んで貰うのはベストタイミング。
でも司令官さまは、あまり嬉しそうではない。
あ、もしかしてソーヤという苦い薬草が入っているのに気付いている?うん、あれは苦い。だから私は風邪を引かぬよう日々、体調管理を怠らない。
そして司令官さまも、これを期に、ワーカホリックをご卒業すべきである。
ということを胸の中で呟きながら、お茶の入ったティーカップを司令官さまの机にそっと置いた。
「すまない。ありがとう。だが、君も疲れているだろう。こんなところに寄らずに、すぐに休めば良いものを……だが、嬉しい」
「…………そうです…………かあっ」
なんか最後はカラスの鳴き声みたいになってしまったけれど、別にここでモノマネぶっこんで笑いを取りたかったわけではない。
なんと、私。信じられないことに、こんなイケメンを見ても、無駄に身構えていないのだ。
これはまさか、飲酒という初体験を済まして、ちょっと大人になったからなのだろうか。それとも昨晩、酔った勢いで、さんざん司令官さまをおちょくったせいで、免疫が付いたからなのだろうか。
などというズレたことを考え始めた私に、司令官さまの視線が冷たく突き刺さった………すぐに、こほんと小さく咳ばらいをして、本題を切り出す。
「………はい。あの、司令官さま……昨日の件なんですが」
そこまで言って、おずおずと上目遣いで司令官さまを見つめる。
そして目が合えば、司令官さまはふっと笑って、頬杖を付きながら口を開いた。
「ああ、わかっている。二日酔いで身体が辛いということだろう。明日の出勤時間を遅らせたいなら、それは構わない。連日残業をしてくれたのもあるから、休んでも良いぞ」
「…………っ!?」
さらっと言われたその言葉に私はひっくり返りそうになった。
あんなことをしでかしたのに、休みをくれるなんて、なんていう太っ腹っ。司令官さまの器は、底なしですか!?
うちの母なら、ほっぺたをびよーんって引っ張って、家中の家事を押し付けますよ?っていうか、司令官さま、怒っていないんですか?
なら、このまま、何事もなかったように帰ろっかな。───……いやいやいやいや、駄目でしょっ、私。そこはちゃんと筋を通さないとっ。
「あの……そうではなくて。えっと……司令官さま」
「ん?どうした。こちらとしては、君に明日、出勤してもらえるとありがたいというか、嬉しいが、それより君の体調の方が心配だ」
「いえ、そっちでもないです」
「じゃあ、どっちだ?」
胡乱げに見つめる司令官さまに向かって、私は肺いっぱいに空気を吸い込んだ。
そして、一気に思いの丈を伝えることにする。
「昨晩は、大変申し訳ございませんでした!!お願いですっ。あのことは、全部、忘れてくださいっ」
「……………………」
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