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私と司令官さまの攻防戦

司令官さま、ご乱心?

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 ふと思ったのだが、司令官さまは軽々と私を片腕に乗せているのに、重たい素振りなど見せない。よいしょと抱き直す仕草すらしない。

 その逞しさには素直に感心してしまう。普段、事務処理しかしていない司令官さまを見ているからついつい忘れていたけれど、この人も鍛錬を積み重ねた軍人さんだったのだ。

 力持ちって、すごいな。思わず尊敬の目を向ける自分がいる。───……が、この状況はいただけない。

 とはいえ、司令官さまはビシッと制服を着ていらっしゃる。

 こんな街中で、軍人のお偉いさんが、私のような小娘から『寄るな、触るな』と喚かれる図は、傍から見たら、ちょっとキツイ。

 私だって人の子だ。イケメンが苦手なだけであって、この人を憎んでいるわけではない。仕方がない。ここは平和的に、無言の訴えを選ぶことにしよう。

 というわけで、私は、司令官さまの胸元を、そこそこの力で押す。……が、びくともしない。

 っていうか、司令官さま身体、めっさ硬いんですけど。鉄板でも仕込んでいらっしゃるんですか?

 予想外の感触に驚いて手を離せば、司令官さまは自然な流れで私の手を取った。

「シア、まったく君は、私をとことん翻弄してくれるね」

 そう言いながら、司令官さまは私の指を自分の指に絡める。

 思っていた以上の大きさと、手袋越しに伝わる、ごつごつした感触に、これもまた驚いてしまう。

 ぱちぱちと何度も瞬きを繰り返す私に、司令官さまは絡めた指にぎゅっと力を入れて、柔らかい笑みを浮かべる。

「いいかい、良く聞くんだ。仕事をほっぽり出して私を全力疾走させるなんて世界中でシアしかいないんだよ。お願いだ、シア。どうか機嫌を直してくれ」

 子供を窘める口調なのに、その声音はどこか甘い。

 あの……なんですか、これ。
 
 なんか司令官さま、さっきから、とち狂ったことを申されておりますけど、一体、この人何がしたいんだろう。

 思わずそのご立派な肩を掴んで『お前、どうした!?』と揺さぶりたくなる。

 はっ。もしや、これも都会のけったいなゲームの一つなのだろうか。ったく、都会の人間ロクな事、考えないんだなぁ。マジ、都会怖い。

 っていうか、冗談でもゲームでも、こんなふうに言われるのなんて初めて。

 言葉に味覚があるなんて知らなかった。これヤバイ。頭がぼうっとして、なんかもう何も考えられなくなる。

 そんなふうに私が混乱している間に、司令官さまは、ふいに視線を前に向けた。

「───…………で、君達は、シアの友達?」

 急に変わった冷たい司令官さまの声に、はっと我に返る。

 っていうか、この二人まだ居たんだ。それにも驚く。なぜ帰らない?

 あからさまに首を傾げてしまう私に、ジェーンもあからさまに憎悪の視線を向けてくる。でも、マーカスは司令官さまの迫力に押されタジタジ状態だ。

「え?いや、まぁ………そんなようなものです」

 ついさっきまで私に威圧的な態度を取っていたのに、今は、2、3歩、後退しながら、適当なことを言うマーカスに複雑な心境になる。

 その姿を目に入れるのが辛くて、さっと顔を背けた瞬間、再び司令官さまが口を開いた。

「ふぅん。悪いけど、シアは先約があるから、ここで失礼させてもらうよ。では」

 有無を言わせない口調でそう言った司令官さまは、私を片腕に抱えたまま、くるりと踵を返した。けれど、すぐにジェーンに呼び止められてしまった。

「あのっ、わ、私、この前面接を受けたものなんですが、覚えてますかぁ?」

 隣に彼氏がいながらも、鼻にかかった声でしなを作るジェーンの厚かましさは、もはや拍手喝采ものだ。

 ちなみに、マーカスは一刻も早くこの場を去る事しか考えていないようで、隣の彼女のことなど気にする余裕はなさそうだ。

 複雑な心境、再び。

 そんな中、司令官さまは、ジェーンに視線を向け、鼻で笑った。

「さぁ?あいにく、君の顔には覚えがないな。───………では、失礼」

 唇だけで笑みを浮かべる司令官さまの横顔は、ザ・イケメンと称されるものだったけれど、なんだかとても怖い生き物のように見えてしまった。
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