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私と司令官さまの攻防戦

名案を伝授されました①

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 司令官さまが私に宣戦布告をして、10日が経った。……そして、私はこの望まない戦いに、既に白旗を上げたい気分だ。

 だって、嬉しくないことに、司令官さまは有言実行の人間だったのだ。

 早速、翌日から、今までのような遠回しなアプローチではなく、露骨に私に対してアプローチを仕掛けてくるようになってしまった。

 まず、毎日、私の机には花束が置かれている。そしてもれなくメッセージカード付いて来る。

 ちなみにその内容は、花言葉だけが綴られている。『永遠の愛』とか『届かぬ想い』とか『一途な恋』とか……。

 私は調剤屋の娘であるから、草花は好きだ。でも、毎朝机に置かれている花束を見て、引き攣った笑みを浮かべてしまうのは致し方無い。そして、ごめんなさい。重いし、キモイとしか思えません。

 次に、これまた毎日、午後の休憩時間近くにになると、ほんのちょっと席を立った隙に、高級スウィーツが席に置かれている。時にはそれにハンカチなどの小物までおまけされている。

 しかもその全部が、この街のものではなく、王都限定、且つ、王室御用達ときたもんだ。

 あの、コレ……これ見よがしにゴミ箱に捨てたら不敬罪で処刑されますかねぇ?あと、その隠密スキルは、軍人だからですか?そうならば使うところ、間違っていると思いますよ?

 キラリと光る王冠マークの品々を見つめ、私は思わず司令官さまに、そう問うてみたくなる。ま、していないけど。無駄に話しかけないことだけが、唯一、私ができる精一杯の抵抗なのだから。

 でも、毎日続くプレゼント攻撃に耐え切れなくなって、つい先日、司令官さまに訴えたのは事実。
  
 でも、司令官さまは極悪非道な人間だった。涙目で、もういらないと叫ぶ私にこう言った。

『シンシア殿、もう降参か?なら、早速、私との交際を始めてもらおう』と。

 そして、司令官さまは、私をじっと私を見つめ、怖気を震わすほどの美麗な笑みを向けてきたのだ。

 あぁ、悪魔って、きっとこういう風に笑うんだろうなぁと、私は頭の隅で思った。

 ……話は変るけれど、もう私は学校を卒業して1年以上経ち、色んな仕事をしてきた。

 真夏の炎天下での草むしりに、狂犬の散歩。真冬の水仕事から、腰が折れそうな程、重労働の稲刈りの手伝い。

 今にして思えばなかなか大変だったと思う。けれど、一度も仕事を辛いと思ったことはなかった。お金を稼ぐとはこういうものなのだと、ある意味悟っていた。

 でもね、今、私、仕事がものっすごく辛い。毎朝、執務室の扉を開けるのが怖い。

 もう、誰か助けてっ……───と、いうことで、私は本当に助けを求めることにした。

 



 

 さて、ここは軍事施設。そしてここで従事している人の殆どは男性だけれども、一応、私以外の女性も存在している。

 その名も、ケイティ先生。ナイスバディで、20代前半の迫力美人の女医さんだ。でも、軍人さんの治療と、併設されている薬草園の扱いが雑なのが玉にキズ。

 でも、その短所を含めても、才色兼備な先生なら、恋愛経験も豊富に違いない。

 きっとこの状況を打破する案を授けてくれるだろう。そんな期待を胸に、私はお仕事が始まる前に、医務室に寄ることにした。

 始業開始前なのに、外からは軍人さん達の稽古の声が、今日も元気に聞こえてくる。

 そんな中、私はすっかり馴染んだ施設の廊下をてくてくと歩く。でも、私は、ついついジト目で空を見上げてしまう。

 ねぇ……神様、私、そんなに日頃の行いが悪いですかね?

 神様は乗り越えられる試練しか与えられないというけれど、コレ本当に私宛の試練ですか?そして、これ乗り越えた先に待っているのが天国という名のお花畑だったら、私が神様に宣戦布告しますよ?……あ、雨降ってきた。

 どうやら神様は、ちょっと私と目を会わせるのが気まずいらしい。

 ぽたぽたと雫の付いた窓を見つめ、世界中から見放された気分になった私は、それでも足を動かす。そして、鬱々とした表情で医務室の扉を開けた。

「……おはようございます」

 そろぉっと扉を開ければ、外は雨なのに、燦々と輝く太陽のような、美人女医さまがお出迎えしてくれた。

「あらシンシアちゃんどうしたの?」

 豊かな亜麻色の髪をかき上げながらこちらに視線を向ける先生の手には、この街の情報誌。そして、たくさんの付箋がくっ付いている。

 そのどれもがお肉のお店だったりもするから、ケイティ先生は、肉食女子なのだろう。まぁそれは置いといて……。

 きょろきょろと周囲を確認すれば幸い医務室には、先生以外、誰も居なかった。すかさず私は、先生の机の前で一礼する。

「実は、先生にご相談があるんですが、聞いて貰えますか?」
「あら?もちろん良いけれど……一体どうしたの?」

 ぱちぱちと瞬きをする先生だったけれど、私の思い詰めた表情を見て、ただ事ではないと察してくれたようだ。これまであまり接点のなかった私に、すぐに隣に椅子を用意してくれる。

 さすが先生。きゅんっと、感動しつつも、私は先生の隣に腰かけて、これまでの経緯を説明することにした。






「───………と、いうわけなんです。先生、私、どうしたら……」
「あっははっははははっははっ」

 状況説明が終わって、やっと本題に入ろうとした瞬間、ケイティ先生の大爆笑で遮られてしまった。

「イヤだ、マジでウケるっ。ちょ、くるしっ、あはっはっははっ」
「…………ちょ、あの…、先生、まだ話が……」
「あんた、すごいわ。アイツに全然、なびかないなんて、マジですごいっ。いやもう本当に好き!!」

 バンバン机を叩きながら、お腹を抱えて笑うケイティ先生だけれど、そのポーズ、お胸が更に強調されて零れ落ちそうです。

 でも落っこちちゃったら、私が貰っても良いですかね?

 なんてことを、ゆさゆさと揺れる胸をみながら思いつつ、私は曖昧な表情を浮かべる。

「はぁ………お褒めいただきありがとうございます。で、先生、そのことで……」
「でもさぁ、なんでアイツじゃ駄目なの?例えば他に好きな人がいるとか?あっ、ごめん。シンシアちゃん、失恋したばっかりだったっけ」

 再び遮られてしまい、おまけに私の個人情報まで暴露されてしまった。

 誰だ、喋ったの!?情報漏洩罪で、ぶっ飛ばすっ。

 ぎりぎりと歯ぎしりせんばかりに呻く私だったけれど、一先ず、ケイティ先生の質問に答えることにする。

「………………司令官さまが、イケメンだからです」

 上目遣いでそう言えば、ケイティ先生の爆笑、再び。
 
「あっはっはははっはははっ。あはっ、じゃあ、駄目じゃん。アイツ顔意外、良いところないし」

 この美人先生、司令官さまをアイツ呼ばわりするなんて、なかなか口が悪い。でもサバサバしていて大好きだ。やっぱり相談してよかった。……あっ、いやまだ、相談まで行きついていないけど。

「あのぉ、それで司令官さまに、なんとか諦めてもらう方法を探しているんですが、なにかないですか?」
「ないっ。っていうか、試しに一回付き合ってみたら?」
「…………嫌ですよ。それにもし仮に付き合ったら、私、多分、死ぬ……」

 うっかり司令官さまと交際する自分を想像したけれど、秒で吐き気を催してしまった。

 そして思わず顔を覆た私に、先生はふぅっと小さく息を付く。次いでとんとんと、私の肩を叩いた。

「じゃあさ、私、ちょっとした名案が浮かんだんだけど、聞いてくれる?」
「……自分で名案という案は、たいがい良案ではないと思いま…………あ、いえ、どうぞ」
「そういうことは聞いてから言いなさい。さっ………ちょいちょい、お嬢さん耳を貸しなさい」

 言われた通りに先生の口元に、私は耳を寄せた。

 ────ごにょ、ごにょ、ごにょ。

 半信半疑だったけれど、ケイティ先生の形の良い口から紡がれる言葉が耳朶に落とされるたびに、私の目はどんどん輝きを増していった。

「───…………どうですかね?お嬢さん」 
「ケイティ先生っ、天才です!!」

 思わず感極まって、先生の両手を掴んで、ぶんぶん揺すってしまう。

 そうすれば、ケイティ先生も同じテンションで口を開く。

「でしょー!?じゃあ、さっきの言葉は取り消しなさい」
「はいっ。大変失礼しました!そして名案ですっ。神です!!」

 すかさず前言撤回して謝罪をした私に、ケイティ先生は満足げに頷いた。次いで、顎でとある場所を刺す。

 つられて見れば、そこには壁掛け時計があって、既に始業15分前だった。おっと、いつの間にやら、こんなに時間が過ぎていた。

「じゃあ、ちょっくら私、その案を司令官さまにぶっこんで来ますっ」
「いってらぁ~」

 びしっと敬礼をして、すぐさま扉に向かう私に、ケイティ先生のなんとも緩い見送りの言葉を放つ。

 でも私はそれに気を向けることなく、意気揚々と司令官さまの待つ執務室へと向かうのであった。
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