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私と司令官様の日常

意図のない会話と思いきや

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「司令官さま、こちらの書類にもサインをお願いします」
「ああ、わかった。では、この書類はサイン済みだから、各部署に仕分けしてくれたまえ」
「はい。かしこまりました。……あ、司令官様、お忙しいところ申し訳ありません。質問です。この書類はここで保管するもので良かったでしょうか?」
「……ああ、間違いない。水色のファイルに保管してくれたまえ」
「はい。ありがとうございます」

 以上。司令官さまの執務室より中継しました。

 …………なんちゃって。

 5秒で引継ぎを終えた私だったけれど、意外にもやれている。やりがいは皆無だけれど。

 そして一時は、頭が湧いたかと心配した司令官さまだったけれど、あれから奇行は目にしていない。この半月、至って平穏な日々を送っている。

 司令官さまは、わからないことは丁寧に説明をしてくれるし、失敗したところで怒らない。次から気を付けるようにの一言で済んでいる。

 ということで、安心して欲しい。私の首はちゃんと胴体にくっついているし、切り取り線も付いていない。

 ただ、心配事はある。

 それは予定よりも早く仕事を覚えてしまいそうなのだ。

 そうなってしまうと、私は非常に困る。とても困る。

 だって、気持ちに余裕が生まれてしまうと、何かの拍子で失恋の古傷が痛みそうだし、なによりイケメンと同じ部屋で過ごすことを意識してしまうから。

 前者は個人的な問題なので、置いておくけれど、後者は由々しき問題だ。いつかストレスで禿げてしまうかもしれない。そうなったら労災だ。私は絶対に辞職してやる。

 あっ、そういえばウィルさんは、空いた時間は、適当に過ごして良いとも言っていた。

 なら、皿洗いでもしてこよっかな?運が良ければ皿洗い要員にスカウトされるかもしれない。私は男性じゃないけれど、頭皮は守りたいし。

 ……っていうか、司令官さまは、イケメンもさることながら今日もピシッと制服を着こなしていらっしゃる。

 手袋なんか、眩しい程に白いよ。替えは何枚あるんですかね?引き出しにびっしり並んでいるんですかね?毎朝、いそいそと選んでいるんですかね?ヤバイ、それ想像しちゃったら、マジでウケるんですけど。

「────……シンシア殿、何か気になる点でもあるのか?」
「いいえ、ないです」
「なら、なぜ私をじっと見ていたんだ」
「………………見てましたか?」
「ああ。間違いない」

 そう断言され、どうやら自分は司令官さまの手元を凝視していたことに気付く。そして黙秘ダメ絶対と、司令官さまは、あり得ない目力で訴えてくる。

「えっとぉ……手袋を見てました」
「は?」

 そう間の抜けた声を出したのは、一瞬で目力再び。いや倍増して、もっと詳しく話せと強迫する。

「何で、軍人さんは常日頃から、白い手袋をしているのかなぁって思いまして…………」

 ごにょ、ごにょ、ごにょ。

 頭の隅に掠った程度の疑問を口にするのは恥ずかしいし、それ聞いてどうする?という疑問が浮かび上がる。でも、この目力に勝てる魔力は私にはない。

 そして、尻すぼみになった私の説明を聞き終えると、司令官さまは至極真面目な顔つきになった。

「なるほど。大変、趣味の良い質問だ。答えることにしよう」
「…………は?」

 頭の中で2度ほど反芻してみたけれど、私は間の抜けた声した出すことができない。

 けれど、司令官さまは机の上に肘を付き、そのまま指を組むと、静かに語りだした。

「まず、白い手袋には清廉・潔白の象徴という意味がある。ただ一番の理由は、何か動作をしたときに、確実に指示内容が伝わるからだ。実際、白い手袋で指示されると、明確に指示内容を見ることができる。肌の色は人それぞれだし、後ろの景色と混ざり判断が鈍る場合がある。…………まぁ、長々と話してしまったが、要は指示内容の明確化の為だ」
「………そうですか、ありが」
「それと、」

 まだ続くのか!?

 思わず、げっと呻きそうになる。が、しかし話題を振ったのは他でもない私。

 ここで露骨に聞きたくないアピールをするのはさすがにできない。ので、それとなく各部署に配る書類の束を抱え、すり足歩行で距離を取る………つもりだったけれど、司令官さまと目が合った途端、身体がピタリと停止する。

 え?なに、この司令官さまの目力。吸引力が半端ないんですけど。あなたメデューサですか?

 という言葉を口に出せない私は、微力ながら目で訴えてみたものの、瞬殺されてしまった。

「結婚式では、花婿は右手に白い手袋を持つ。ただ、これは持つだけで、身につける事はない。それは花嫁を守る証として、手にはめる為のものではなく、花嫁を守る剣の象徴として持つからだ。それと、同じ意味合いで、新婦の父親は娘を守ってきた証として、バージンロードを歩く際、右手に手袋を持つ。その理由は、今まで大切な娘を守ってきたという意味があるからだ」

 へぇー………すんげぇ、くだらねぇ。

 結婚を夢見る、ルンルン乙女が聞いたなら、キャッキャウフフとテンションも上がるだろう。でも、私は未だにブロークンハート状態。

 そんな私に、こんな話をする司令官さま、言葉を選ばずに言わせてください。お前、マジ鬼畜かよ。っていうか、失恋したって言いましたよね?私。意地悪ですか?パワハラですか?

 ………こんなイケメン、くたばれば良いのに。

 なんてことを素直に口に出せたらどんなにスカッとするだろう。でも、その瞬間、私の首もスカッと胴体から離れること間違いない。

「……以上、他に質問はあるか?」
「ないです」

 更に質問を重ねる司令官さまに向かって、今度は食い気味に返答させていただいた。

 そして、事細かに教えていただいた一生使うことがない豆知識は、即刻、頭の中で消去させていただくことにする。

 でも、二度と手袋については質問をしませんっ(敬礼)。

 などということは言えない私は、今度こそ書類を手にしたまま、司令官さまと距離を取る。

 そして脱兎のごとく部屋を飛び出そうとした。けれど───。

「ちなみにシンシア殿、この話を聞いて、君はどう思った?特に後半の部分に関して君の率直な意見を聞きたい」

 司令官さまは、クソウザい質問をぶっ込んできやがった。

「は?い、意見ですか?……えっとぉ……そ、そうですねぇ………手袋ごとき、いえ、手袋一つにも意味があることを学びました。そして素敵なお話ですね」
 
 私には一生縁はないと思いますが。あと、いい加減、私が失恋したことを思い出せ。完治前の心の傷に、言葉の塩を摺り込むんじゃねえよ。

 後半の部分は心の中で呟いて、私は引き攣った笑みを浮かべた。

 そして、司令官さまが再び口を開く前に、サイン済みの書類を各部署に配るために、執務室を後にしたのであった。



 ───さてさてこの会話から、まさか翌日、あんな流れになるなんて誰が予測できただろう。

 うん。やっぱりイケメンの考えることは理解不能だ。関わり合いになりたくない。
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