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私と司令官さまの攻防戦

まさかの家庭訪問

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 それからしばらく司令官さまに労災認定をいただきたく、今の私の症状を伝えたけれど、結局、却下されてしまった。

 えーっと不満の声をあげる私だったけれど、司令官さまは、なぜか嬉々としている。どうやらこのお方は極端なサディストのようだ。

 なんだろう。さっきまでの落ち着かなかった気持ちがすっと冷めていく………。

 ちなみに司令官さまは、そんな私を横目に、窓から顔を出し、何やら指示をだしている。そして、こちらに顔を向けた途端、馬車は動き出した。

 窓から流れるような景色が映る。そして、微かに揺れる車内。

 実は、私、荷馬車の荷台に乗ることはあっても、こういう人間専用の馬車に乗るのことは初めてだ。ちょっとばかし浮かれてしまう。

 気付けば、私は子供みたいに窓枠に手を付いて、外の景色を見つめていた。そこで、微かに聞こえる笑い声。

 その声を辿った先には、口元に柔らかい弧を描く司令官さまがいた。

 意地悪なものでもなく、傲慢なものでもなく、肩の力を抜いて自然に笑う司令官さまは、今まで見た中で一番のイケメンで……私が光の速さで窓に視線を戻したのは、言うまでもない。




「さ、到着した。降りたまえ」

 馬車の移動だけでテンションを上げていた私だったけれど、どうやら司令官さまは、私を実家まで送ってくれたようだった。

 流れるように馬車から降りた司令官さまは、私に手をそっと差し伸べる。

「あ、はい。送っていただき、ありがとうございました。でも、これくらいの段差なら、大丈夫───………ひゃぁっ」 

 ひょっこり扉から顔を出して、やんわり司令官さまの手を断った瞬間、問答無用で担がれ、地面に降ろされてしまった。

 なんだろう。さっきもだけれど、司令官さまは軽々と私を持ち上げているけれど、重くないのだろうか。

 気にはなるけど、重いと言われたら傷つくのは自分なので、その疑問は口にすることはしない。絶対に。

 それから、改めてお礼を伝えようと司令官さまに向き合った私だけれど、そこで嫌な予感がする。

 だって、司令官さまは襟を整え、手袋を整え、そんでもって髪を整え……まるで誰かに会う為に身なりを整えているようだったから。

「………し、司令官さま?まさかのまさかですが、」
「私も行く」
「なんでですか!?」
「なんでも、だ。それに、君の家にいくことを、今、初めて言ったわけではない。あの時、ちゃんと言っただろう?」

 どうやらあの演技で口にした台詞は、出まかせではなかったようだ。

 何かにつけて有言実行したがる司令官さまに、ちょっと待ってと引き留めようとする。けれど、気付いた時には、既に濃紺の軍服を着たその人は、我が家の玄関をノックしていた。

「あらぁ、シンシアなの?。どうしたの?あんたまさか、もうクビになったんじゃないでしょうね?ったく、父さんの紹介状を無駄にするんじゃな───………うわぁぁぁっ、失礼しましたわ、おほほほっ」

 玄関を開ける前から、母は大声で私に対して小言を言い始めた。けれど、扉を開けた途端、イケメンが視界に飛び込んできて、大の大人とは思えない悲鳴を上げた。

 そして、慌てて余所行きの笑顔を浮かべるお母様。……時すでに遅いと思います。あと、慌ててエプロンを外して、乙女のような顔をしているけど、やめて。気持ち悪い。それにお父さんがそれ見たら、泣くよ?

 っとまぁ、そんな複雑な気持ちでいる私をそっちのけで、司令官さまも余所行きの笑みを浮かべる。
  
「突然の訪問、お許しください。私、アレックス・ヴィリオと申します。現在、シンシア嬢の直属の上司を務めております。本日は、我が軍事施設の薬草園の件でご相談があり、不躾ではありますが、こうして伺った次第であります」

 あ、そうなんだ。

 つらつらと流れるように自己紹介をする司令官さまの横で、この人の訪問理由がわかって、ほっとする。

 ただ、直属の上司のところ、妙に強調したのは何故?そんなことをちょっと疑問に思ったけれど、すぐに部屋の奥から弟がのんびり顔を出してしまい聞くことができなかった。

「あれぇ母ちゃん、お客さん?あのさ、見間違いかもしれないけど、今さぁ姉ちゃんが……って、うひょぉぉっ」

 ガシガシと髪を掻きながら、登場した弟だったけれど、イケメンを目にした途端、これまた素っ頓狂な声をあげる。

 やめて、本当に。マジで恥ずかしい。

 顔を覆ってしまいたくなる私とは対照的に、司令官さまの爽やかな笑顔は崩れることは無い。まさに鉄壁の仮面で、弟に視線を向ける。
 
「やあ、初めまして。シンシア嬢の弟君かな?」

 にっこりと笑みを浮かべる司令官さまに、弟ははいっと元気よく返事をする。そして、キラキラと尊敬の眼差しを向けた。

「あ、あ、あの、もしかして、この制服って、司令官専用の軍服っすか!?」
「ああ、そうだとも。良く知ってるね」

 タイに手を当てながら微笑む司令官さまは、部下に向けるそれより優しいもの。ただ、若干、子犬に向ける眼差しに近いのは、否めない。

「はいっ。俺、軍人目指してるんですっ。」

 けれど、弟は司令官さまの心情に気付かず更に目をキラキラさせながら、そんなことことをのたまってくれた。

 ………彼女の為にさっくり軍人を断念したお前が、何を言ってるんだ。

 呆れかえる私だけれど、それを口にしないのは、姉としての優しさだ。どうか、そこには気付いて欲しいよ。弟よ……。

 そんな複雑な視線を弟に向けた途端、母がぱんっと勢い良く手を鳴らした。

「あらあら、ごめんなさいっ。立ち話もなんですから、お茶でもどうぞ」

 はっきりと司令官さまは口に出してはいないけれど、商売の匂いを嗅ぎとった母は、がっつり商談に持ち込もうと自宅の奥に司令官さまを引き入れようとする。

「恐れ入ります。では、お言葉に甘えて」

 あっさりと司令官さまが、そう言った途端、あれよあれよという間に母と弟に引っ張られ、イケメンさまは家の奥へと消えて行く。

 そして玄関に残された私は、ふっと遠くを見つめ、皆が消えて行った方向に向かって、口を開いた。

「───………私、薬草園見てくるわ……」

 ぽつりと呟いてみたけれど、誰からも返事を貰えることはなかった。
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