司令官さま、絶賛失恋中の私を口説くのはやめてください!

茂栖 もす

文字の大きさ
42 / 61
私と司令官さまのすれ違い

雨の日の休日は、とんだ休日になりました①

しおりを挟む
 閉じられていたカーテンの隙間から、ほんのりとした白い光が差し込んでいる。

 部屋の中はしんとしているけれど、窓の外は騒がしい。絶え間なく、ざあざあと雨音が響いている。 

 ───ああ……夜が明けた。

 そんなことを心の中で呟きながら、ベッドから緩慢に起き上がった私は、のっそり床に足を降ろす。次いで、これまた緩慢に窓まで近づきカーテンを開く。

 窓を叩く雨粒の勢いが激しい。久しぶりの豪雨だ。そして久しぶりに徹夜をしてしまった。

 昨晩、司令官さまに暴言を吐いた私は、その後、自分がしでかしたことの大きさに頭を抱えるとともに、鬱々とした思いも抱えて……結局、一睡もできないまま、こうして朝を迎えてしまったのだ。

 いやもう、本当に今日が休日で良かった。これが通常勤務だったらと考えて、くらりと眩暈を起こしそうになる。寝不足云々とは違う話で……。

 きゅるぅ。

 心の底から絶望の溜息を付いた瞬間、自分のお腹から返事が来た。

 どうやら私のお腹は、繊細な心とは違い、大変、図太い神経の持ち主だった。同じ身体の一部なのに、あら不思議。

 そんな斜め上の思考に切り替わった私は、ひとまず、朝ごはんを食べようと、結論を下す。

 問題の先送り?現実逃避?

 そんな身も蓋もないことは言わないで欲しい。だって、これが最後の晩餐になるかもしれないのだから。

 そしてそれを言うなら朝餐では?というツッコミも、どうか今日はやめて欲しい。 

 
 

 身支度を整えて廊下に出る。基本的に食事は、男女ともに施設内の食堂でいただくので、運が悪ければ司令官さまと鉢合わせしてしまう可能性がある。

 前後左右を注意深く確認して、一歩一歩慎重に歩みを進める。その姿はさながらスパイのよう。こんな時に悦に入ってしまう自分がおめでたい。

 そして、あと少しで食堂に到着。

 やった。ミッションコンプリートだっ。とテンションマックスになった私だったけれど───。

「シンシアさぁーん」

 切羽詰まったという程ではないけれど、そこそこ焦った声で呼び止められてしまった。正直言って今日の私は馴染みがある方が心臓に悪い。

 びくりと身体を強張らせて声する方を向けば、ウィルさんが手を振りながら、こちらに全速力で向かって来ている。

 そして、指人形ほどの大きさだったウィルさんは、あっという間に等身大のウィルさんになってしまった。

「良かった、良かった。行き違いにならなくて。探してたんですよぉー」
「……はぁ」

 かなりの距離を全速力で走ってきたのに息切れ一つしないウィルさんの体力に若干引いてしまう。

 けれど、ウィルさんはそんな私を無視してポケットから一通の手紙を取り出した。

「これ、急ぎだそうです」

 手渡された封筒をひっくり返して差出人を確認すれば母親からだった。

 なんだろうと首を傾げてしまうが、急ぎとあればすぐに確認したほうがいいだろうと結論付けて中身を確認する。

 手紙は簡素に2行だけ。

 一行目は母親がケイトから伝言を預かったという内容。二行目は今日の約束は、別の日にして欲しいというケイトからの依頼だった。

 要は母親からドタキャンの連絡を受けたということ。

 諸々の気持ちを抱えた私は、ふぅっと溜息を付きながら、ちらりと窓に視線を移す。……まぁ、この雨だ。腰が重くなるのは致し方ない。

 ただ、長年の親友との付き合いから、理由を書かずに延期をして欲しいと一方的にいう時は、9割彼氏とのデートだったという事実がある。

 ……ねぇ、雨のせいだよね?ケイトさん。いや、嘘でも雨と言って欲しい。

 そんな気持ちは口に出さなくてもしっかり顔に出ていたようで、すぐ目の前にいるウィルさんは、心配そうにこちらに視線を向ける。

「顔色が悪いようですが大丈夫ですか?何かあったんですか?」
「え?は?……だ、だ、だ、大丈夫です」

 後半の問いは、敢えて答えない。だって、口にできない何かがあったのは事実だから。

 という事情でしどろもどろに答えた私に、ウィルさんはそれ以上追及することはなく、別の質問を口にする。

「今日はお休みですよね?シンシアさん。お出かけされますか?馬車も用意してますし、どこでもお供しますよ」

 心なしか胸を張ってそう言ってくれたウィルさんに、なんかごめんなさいと呟きながら、私は本日の予定を口にした。

「……いえ。薬草園に行きます」

 ちょっぴり残念そうな顔をしたウィルさんだったけれど、すぐに笑顔になって、『良かったら、訓練所に遊びにおいで』とお誘いしてくれた。

 それを曖昧な笑みで誤魔化した私は、そそくさと朝食を食べて、医務室に併設されている薬草園に向かった。





 ───ぶっち、ぶっちと雑草を抜く。

 一心不乱に、目に着いた雑草を抜く。ただひたすらに。

 無心で手を動かしていれば、心をからっぽにすることができる。でも、ここは温室の薬草園。実家のそれとは違い、雑草は大変少ない。

 だから、薬草をそっとかき分けて、目を皿のようにして、小さな小さな雑草を目ざとく見つけて引っこ抜く。

 なかなか骨の折れる作業だけれど、今日の私には、手間がかかって面倒くさい方がありがたい。
 
 なにせ、ちょっとでも手を止めてしまうと、昨日の出来事が色鮮やかに思い出されてしまい、私は発狂してしまいそうになる。

 だってイケメンとキスしたんだよ?
 誰がって?……ええ、この私がですよ。

 しかも痴女よろしく私から奪ったわけじゃない。司令官さまのほうからキスをかましてくれたのだ。

 そうした経緯は、単なるお酒によるノリと勢いからだということはちゃんとわかっている。

 わかっているけれど、そうされた事実は脳に記憶され、都合よく消去してくれないのだ。そして脳も身体の一部で、もちろん心も。

 だから私は、そうされた時の自分の気持ちも、ちゃんと覚えている。

 とても、とても、びっくり仰天してしまったのだ。混乱してしまったのだ。……でも、不快じゃなかった。
 
 ただ、それを認めるのは嫌だ。だって恋人でもない人からキスされて、嫌悪感を持たないなんて、私───……とっても淫乱な女ということになってしまうから。

 ……お母さん。こんなふしだらな娘に育ってごめんなさい。

 瞼に浮かぶ、そろばん片手に笑う母親にこっそり懺悔して、雑草抜きを再開する。

 そして、うっかり薬草まで引っこ抜かないよう、慎重に獲物を探していたら───。



「なんだ、ここに居たのか」

 感情の起伏を感じさせない声が、薬草園の温室に固く響いた。

 恐る恐る振り返った先には───司令官さまが居た。

 何事もなかったかのように、ぴしっとタイを結んで、おろしたてのような真っ白な手袋をはめて。
しおりを挟む
感想 39

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

幸せの鐘が鳴る

mahiro
恋愛
「お願いします。貴方にしか頼めないのです」 アレット・ベイヤーは私ーーーロラン・バニーの手を強く握り締め、そう言った。 「君は………」 残酷だ、という言葉は飲み込んだ。 私が貴女に恋をしていると知りながら、私に剣を握らせ、その剣先をアレットの喉元に突き立たせ、全てを終わらせろと言っているのを残酷と言わず何と言うのか教えて欲しいものだ。 私でなくともアレットが恋しているソロモン・サンに頼めば良いのに、と思うが、アレットは愛おしい彼の手を汚したくないからだろう。 「………来世こそ、ソロモンと結ばれる未来を描けるといいな」 そう口にしながら、己の心を置き去りにしたままアレットの願いを叶えた。 それから数百年という月日が経過し、私、ロラン・バニーはローズ・ヴィーという女性に生まれ変わった。 アレットはアンドレ・ベレッタという男性へ転生したらしく、ソロモン・サンの生まれ変わりであるセレクト・サンと共に世界を救った英雄として活躍していた。 それを陰ながら見守っていた所、とある青年と出会い………?

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

処理中です...