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ほつれていく糸
あの日あの時のすれ違い②
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クリフはダンスが踊れないだけで私が舞踏会に出たくないとゴネたことに驚いてるけれど、私にとったら結構なことだった。
なにせ、フランクに舞踏会を開くなんていうから、ダンスは踊れて当然だと思っていたし、もし踊れないのを素直に伝えて、あらぬ疑いを持たれたら……なんてことは口に出せない私は、言いたい言葉を全て胸の内に隠して、こくりとうなずいた。
瞬間、部屋の空気が緩んだのが、はっきりとわかった。
「なーんだ。ははっ」
クリフはソファの背もたれに身体を預けて、気の抜けたような、ほっとしたような、肩透かしを喰らったような、そんな間の抜けた笑い声を立てた。
「そんなこと気にしてたなんて、全然気付かなかったよ。おかしなところを気にするんだね。サーヤは」
その言葉に、ちょっと拗ねたい気持ちになる。でも、幼稚な態度で全員を困らせてしまっていた私は、やっぱりこれも無言のまま頷くことにした。
そんな中、私とクリフの様子を見守っていたアーシャは、突然目を丸くして叫んだ。
「っていうか、領主様、今、それ知ったんですか!?」
「え?アーシャは知ってたの?」
「はいっ。ジークから聞いて……私てっきり領主様もご存知だと思ってました。だから、メイド仲間と一緒に大喜びしてたんですよ」
そこで思いだした。
舞踏会の中止を直談判しようとクリフを探している最中に、目にしてしまった私の噂話を。でもあれは陰口なんかではなかったのだ。
どうやら私はこれも勘違いをしていたらしい。
でも盗み聞ぎして、勝手にへそを曲げてしまっていたことは、恥ずかしくて言えない。それより、もう一つ、誤解を解いておこう。
別にわざわざ言わなくても良いことかもしれないけれど、今、すぐ目の前で私が踊れないことをクリフ伝えなかったジークが、アーシャに怒られている。別の話題を振ればこのお説教は終わってくれるかもしれない。
「……あの、もう一つ聞いて欲しい事があります」
ちょっと悩んだけれど、もういいや、言っちゃえと勢いのまま口を開いた。
「私、ザイルといちゃいちゃなんてしていませんっ」
一気に言い切った私に、3人同時に息を呑む。
「ザイルの一方的な話も、強引なところもすごく嫌でした。だからザイルの唇が私の手の甲に触れた瞬間こうして殴ろうと思っていました」
そう言って私は、自分の手をぎゅっと丸めて拳を作ってみせる。瞬間、部屋中に三人の大爆笑が響いた。
「それ見物だったな。ま、本当にそんなことしたらザイルをぶっ殺してたけどね」
「花嫁様、見かけによらず勇ましいお方だったんですね」
クリフとジークはそう言って再び声を上げて笑ったけれど、頬を膨らましてしまった人が一人いた。
「ええええ?何ですか、それ?ズルいですっ。私も見たかった!」
あの場にいなかったらしいアーシャだけが、ものすごく悔しがっている。でもあの場に居た私達3人は彼女に細かく説明できない。だってこれこそ【今だから笑って話せること】というものだから。
いつの間にか部屋の空気が暖かくなっている。それは室温ではなく、心で感じる温度が。それはきっと喧嘩をしたわけではないけれど、仲直りというものができたからなのだろう。
ほんの少し前、全てを憎んで大っ嫌いだと心の中で叫んでいた私が、今こんな気持ちでクリフ達と向き合うことができるなんて想像すらしてなかった。
思わず口元が綻んでしまう。そんな私に、ジークは小さく咳払いをして口を開いた。
「話はつきませぬが、そろそろお休みいただかないとお身体に障ります」
確かにジークの言うことはもっともだ。そして、今度はクリフもごねることはしなかった。けれど───。
「そうだね、じゃ、サーヤ寝ようか」
「え!?」
さらりと口にしたクリフの言葉に素っ頓狂な声を上げてしまう。ニュアンス的には一緒に寝ようと聞こえてしまう。それはちょっとというか、かなり困る。
びくりと体を強張らせた私に気付いたジークは、慌ててクリフの方を向く。
「恐れながら領主さま」
「なんだ?まさか別の部屋で寝ろなんていうんじゃないよね」
「いいえ、寝間着を後ほどアーシャに運ばせますので、就寝は少しお待ちください」
「ああ、寝間着はいらない。このまま寝るよ」
「かしこまりました」
………やっぱりズレていた。期待した私が間違っていた。
わずかな可能性を賭けて、ちらりとアーシャに視線を移せば、彼女は両手を頬に当て、きゃぁきゃぁと独り悶えていた。
さっきまで悔しがっていたのに、今はくねくねと忙しそうだ。………そっとしておこう。
そしてクリフはこの場を締めくくるセリフとさらりと口にした。
「じゃ、二人ともおやすみ」
まるで自分の部屋にいるかのように、クリフはソファに腰かけたまま、ひらひらと手を振りジークとアーシャを見送った。そしてすぐに、くるりと私に視線を向けた。
「サーヤ、寝る時間が、だいぶ遅くなっちゃったね。僕は早く起きるけど、君はゆっくり寝ててね。あ、なるべく静かに起きるつもりだけど、もし起こしちゃったらごめんね」
そこは気を遣うところなのだろうかと首を捻ってしまう。
そして私はどうやらクリフと一緒に寝ることは避けられない状況のようだ。
なにせ、フランクに舞踏会を開くなんていうから、ダンスは踊れて当然だと思っていたし、もし踊れないのを素直に伝えて、あらぬ疑いを持たれたら……なんてことは口に出せない私は、言いたい言葉を全て胸の内に隠して、こくりとうなずいた。
瞬間、部屋の空気が緩んだのが、はっきりとわかった。
「なーんだ。ははっ」
クリフはソファの背もたれに身体を預けて、気の抜けたような、ほっとしたような、肩透かしを喰らったような、そんな間の抜けた笑い声を立てた。
「そんなこと気にしてたなんて、全然気付かなかったよ。おかしなところを気にするんだね。サーヤは」
その言葉に、ちょっと拗ねたい気持ちになる。でも、幼稚な態度で全員を困らせてしまっていた私は、やっぱりこれも無言のまま頷くことにした。
そんな中、私とクリフの様子を見守っていたアーシャは、突然目を丸くして叫んだ。
「っていうか、領主様、今、それ知ったんですか!?」
「え?アーシャは知ってたの?」
「はいっ。ジークから聞いて……私てっきり領主様もご存知だと思ってました。だから、メイド仲間と一緒に大喜びしてたんですよ」
そこで思いだした。
舞踏会の中止を直談判しようとクリフを探している最中に、目にしてしまった私の噂話を。でもあれは陰口なんかではなかったのだ。
どうやら私はこれも勘違いをしていたらしい。
でも盗み聞ぎして、勝手にへそを曲げてしまっていたことは、恥ずかしくて言えない。それより、もう一つ、誤解を解いておこう。
別にわざわざ言わなくても良いことかもしれないけれど、今、すぐ目の前で私が踊れないことをクリフ伝えなかったジークが、アーシャに怒られている。別の話題を振ればこのお説教は終わってくれるかもしれない。
「……あの、もう一つ聞いて欲しい事があります」
ちょっと悩んだけれど、もういいや、言っちゃえと勢いのまま口を開いた。
「私、ザイルといちゃいちゃなんてしていませんっ」
一気に言い切った私に、3人同時に息を呑む。
「ザイルの一方的な話も、強引なところもすごく嫌でした。だからザイルの唇が私の手の甲に触れた瞬間こうして殴ろうと思っていました」
そう言って私は、自分の手をぎゅっと丸めて拳を作ってみせる。瞬間、部屋中に三人の大爆笑が響いた。
「それ見物だったな。ま、本当にそんなことしたらザイルをぶっ殺してたけどね」
「花嫁様、見かけによらず勇ましいお方だったんですね」
クリフとジークはそう言って再び声を上げて笑ったけれど、頬を膨らましてしまった人が一人いた。
「ええええ?何ですか、それ?ズルいですっ。私も見たかった!」
あの場にいなかったらしいアーシャだけが、ものすごく悔しがっている。でもあの場に居た私達3人は彼女に細かく説明できない。だってこれこそ【今だから笑って話せること】というものだから。
いつの間にか部屋の空気が暖かくなっている。それは室温ではなく、心で感じる温度が。それはきっと喧嘩をしたわけではないけれど、仲直りというものができたからなのだろう。
ほんの少し前、全てを憎んで大っ嫌いだと心の中で叫んでいた私が、今こんな気持ちでクリフ達と向き合うことができるなんて想像すらしてなかった。
思わず口元が綻んでしまう。そんな私に、ジークは小さく咳払いをして口を開いた。
「話はつきませぬが、そろそろお休みいただかないとお身体に障ります」
確かにジークの言うことはもっともだ。そして、今度はクリフもごねることはしなかった。けれど───。
「そうだね、じゃ、サーヤ寝ようか」
「え!?」
さらりと口にしたクリフの言葉に素っ頓狂な声を上げてしまう。ニュアンス的には一緒に寝ようと聞こえてしまう。それはちょっとというか、かなり困る。
びくりと体を強張らせた私に気付いたジークは、慌ててクリフの方を向く。
「恐れながら領主さま」
「なんだ?まさか別の部屋で寝ろなんていうんじゃないよね」
「いいえ、寝間着を後ほどアーシャに運ばせますので、就寝は少しお待ちください」
「ああ、寝間着はいらない。このまま寝るよ」
「かしこまりました」
………やっぱりズレていた。期待した私が間違っていた。
わずかな可能性を賭けて、ちらりとアーシャに視線を移せば、彼女は両手を頬に当て、きゃぁきゃぁと独り悶えていた。
さっきまで悔しがっていたのに、今はくねくねと忙しそうだ。………そっとしておこう。
そしてクリフはこの場を締めくくるセリフとさらりと口にした。
「じゃ、二人ともおやすみ」
まるで自分の部屋にいるかのように、クリフはソファに腰かけたまま、ひらひらと手を振りジークとアーシャを見送った。そしてすぐに、くるりと私に視線を向けた。
「サーヤ、寝る時間が、だいぶ遅くなっちゃったね。僕は早く起きるけど、君はゆっくり寝ててね。あ、なるべく静かに起きるつもりだけど、もし起こしちゃったらごめんね」
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