銀狼領主と偽りの花嫁

茂栖 もす

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あなたと私のすれ違い

舞踏会③

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 ザイルの唇を手の甲に感じる前に、私は後ろから伸びてきたハスキー領主の腕に腰をさらわれてしまった。

 突然のことで、よろめいた私は、勢いよくハスキー領主にもたれ掛かってしまった。けれど、ハスキー領主はふらつくこともせず、更に強く私を抱きしめる。

 よろけた拍子に、脱ぎ捨てたままのパンプスを蹴ってしまい、内心慌ててしまう。けれど、ハスキー領主はそんな私を無視して再び口を開いた。

「ザイル、これが誰のものかわかっての行動か?」

 さっきまでスルスルと滑るように軽薄な言葉を吐いていたザイルは、顔面蒼白のままふるふると首を横に降った。ザイルがどういう立場なのかわからなかったけど、これで何となく理解できた。

「答えろ、ザイル」

 ハスキー領主の厳しい追求は続く。
 もちろんザイルは、答えることができるわけもなく、更に顔色を白くして謝罪の言葉を吐くだけだ。ぶっちゃけザイルは身から出たさび。これは私にとったら対岸の火事なので、無視しておこう。

 ・・・でもねぇ、絶賛マジギレ中のハスキー領主さん、あなた他の女性の香水をプンプンさせてそんなこと言っても、私から見たら五十歩百歩。所詮、どんぐりの背比べ。お前が言うなっとツッコミを入れたい。

 ただ、そんな風に冷めた目で見ているのは、どうやら私だけのようだった。
 ホールにいた参列者にも、壇上の私達の緊迫感が伝わったのだろう。ただならぬ様子に、ざわざわとざわめき出した。

 そして、ハスキー領主も気付いたのだろう。ちっと舌打ちをすると忌ま忌ましく口を開いた。

「少し席を外す───来いっ」

 そう言うが早いが、ハスキー領主は、ぐいっと私の腕を掴んだ。

「ちょ、ちょ、ちょっと───」

 ちょっと待って、私、靴履いてないの!
 そう言葉にできす、私はちょっと待ってとハスキー領主の腕を振り払う。けれど、そんなに強い力で振り払ったわけではないのに、ものすごい勢いでハスキー領主に離れられて、私はバランスを崩してしまった。

「っあ!」

 声を上げたその瞬間、私は大転倒してしまった。そして、その拍子に足首がぐにゃりと曲がる嫌な音を聞いた。

「────、───?」
「───!」
「───、───!!」

 ズキンズキンと心臓の鼓動に合わせて、痛みが激しく波打つ。余りの痛みに耳鳴りまでしてきて、周りの音が聞こえない。ハスキー領主にザイル、それからなぜか護衛さんまで駆け寄って何か揉めている。が、何を言ってるのか聞き取れない。っていうか、私の靴、どこにいった!?

 あ、ヤバイ。靴履いてない。と、この期に及んで靴の心配をする私もどうかと思うが、痛みで混乱した私は冷静に状況を把握することもできず───気付けば、ハスキー領主に横抱きにされ、会場を後にしていた。


 ハスキー領主に抱かれながら、ずんずん景色が進んでいく。

 そして、同じ階の部屋に入った瞬間、私は乱暴にソファに投げ捨てられた。投げられた衝撃で、足首が悲鳴を上げる。鋭く走った痛みに、思わず顔をしかめてしまう。

 捻挫なんてしたことなかったけど、これはかなり痛い。昔、体育の時間に捻挫をしたの級友に【骨折じゃなくって良かったね】と慰めたら【そういう問題じゃないっ。ガチで痛いわっ】と涙目でキレられたことがあった。今ならキレた友人の気持ちがよくわかる。あの時はごめん、元の世界に戻ったら改めて謝罪したい。
 っていうか、今、そんなことを考えている場合じゃない。これはただの現実逃避だ。

 視線をそっと動かして、辺りを探ればハスキー領主と目が合った。凍りつく蒼氷色の瞳に射抜かれて、私は声にならない悲鳴を上げる。

 ハスキー領主は少し離れ窓にもたれ掛かって、腕を組んでじっとこちらを見つめていた。
 窓からは雪がちらつき、雲間から寒々しい月が見える。けれど、小さな窓からは、月は一つしか見えない。そんなことを考えていたら、ハスキー領主が静かに口を開いた。

「ずいぶんな恥をかかせてくれたね」
「!?」

 穏やかな言葉とは裏腹に、声音は怒りを押さえ込んだ低いものだった。瞬間、私は冷や汗が吹き出る。
 そして、恥!?どれのこと!?と、思わず心の中でツッコミを入れる。手の甲にザイルの唇を受けようとしたことか、それともド派手に転倒したことなのだろうか。はたまた、こっそり靴を脱いでいたことなのか。どうしよう、どれのことを指しているのか、全然わからない。目を泳がす私に、ハスキー領主は目を細めて口を開く。

「僕に触れられるのが嫌だからって、あそこまで大袈裟に手を振り払わなくても良いじゃないか」

 ああ、それか。それなら私だって言い分がある。

「無理矢理、腕を引っ張らなければ、こんなことにはならなかったはずです」

 咄嗟に言い返した私だったけど、靴を脱いでいたということはちゃっかり言わないでおく。
 
 ハスキー領主は、ふうんと面白くなさそうに鼻をならすと、再び口を開いた。

「それと、ね」

 まだあるのかっ。私は心の中で、うげぇっと呻く。

「君には、舞踏会の出席をお願いしたけど、それ以上求めていない。なのに君は・・・大人しく座っていることもできないの?」

 いやいやいやいや、私、ちゃんと座っていたじゃん。とりあえず、首を降ってハスキー領主の言葉を否定する。
 

「・・・認めないの?あれだけ、ザイルと随分と楽しそうにしていたね」

 その言葉で、はっと気付いた。ハスキー領主は、ザイルとの一件について誤解しているのだ。でも、これだって私にも言いたいことがある。

 あれのどこがだ!?と。露骨に顔をしかめていた私を見ていなかったのか。
 っていうか、自分こそ他の女性達とダンスをしていた癖に、私がいちゃついていただと!?どの口が言うの!?馬鹿なの!?
 ここでしおらしくうなだれたり、許しをこう言葉を吐いけれれば、状況は変わっていたのかも知れない。けれど、私は睨みながら、呆れた顔までしてしまった。

 瞬間、ハスキー領主は、ニヤリと冷酷な笑みを浮かべた。

「僕の花嫁さん、君には少しお仕置きが必要だね」

 そう言って、音も立てずにハスキー領主が近づいて来る。
 一歩ハスキー領主が近づいて来るごとに、あの夜の悪夢が蘇る。でも、あの時はあれだけのことをしておきながら、お仕置きとは一言も言わなかった。
 つまり、今日わざわざ口に出すと言うことは・・・。

 念願叶って、舞踏会でハスキー領主は赤っ恥をかいたけれど、今は何一つ嬉しくない。嫌だ、こっちに来ないで欲しい。というか、いっそ私が気絶したい。
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