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★君と私のお友達【対面編】①

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 事の始まりは人助け……つまり、我儘なカイの婚約者が、フリーディアを見て自分がどれだけ我儘なのかを自覚してもらう、これがこのダブルデートの趣旨だった。

 しかし実際問題、ダブルデートというのは婚約者の友人の選定を受けているということ。所謂、自分という株を一般公開しているようなものだ。第三者が己の価値を決めるということは即ち、いつ暴落するかわからないということだ。

 そういうことで今、自分は一瞬たりとも気が抜けない状況なのである。

 そんな緊張感を抱きながら目的地である公園へと到着した。もちろん、他の通行人の邪魔にならないよう、カイとその婚約者のカロリーナの後を、私とフリーディアが歩く。そして、その後ろにフリーディアとカカロリーナの侍女が歩いている。

 

 それにしても、ただ公園の広場にある屋台を見て回っているだけなのに、なぜこうも時間がかかるのだろうか。

 女性の買い物は長い。他にもっと良いものがあるかもという飽くなき物欲のおかげで、果てしない距離を歩かされる。普段はすぐに足が痛いだの、立ち眩みがするだの不健康さと弱さをアピールしてくるが、こと買い物に関しては足の痛みなど気にならないらしい。……その矛盾に女性は気付く日が来るのだろうか。

 とはいえ、女性の買い物云々については我が家の女性陣から学んでいるので、今更首を捻るようなことでもない。ただ───……この前方の二人が想像以上に珍妙な行動をしているのが不可解でならない。


 婚約中の男女は、肩に触れ合うような距離ではなく手を伸ばせが届く距離でいるのが鉄則だ。けれども二人は互いの腰に手を回して歩いているのだ。密着というより溶接されているという表現が相応しい。これが東洋の交際のしかたなのだろうか。

 いや、違う。よく見ればカイは涙目になっている。しかしそんな涙目になるくらいなら、カロリーナにきちんとここが公共の場であること、そして交際期間の正しい距離について説明をすればいいではないか。

 しかしカイはやはり東方の血が入っているのだろう。和を以て貴しとなす精神が邪魔してきっと口にするのを躊躇っているのかもしれない。しかしながら友人が面しているこの辛い状況において、残念ながら赤の他人の私がとやかくいうのは筋違いだ。

  そして私達はというと、これもまた難解な状況に陥っている。もちろん肩に触れあうほど密着はしていない。いや密着どころかかなり距離が離れている。ただ肩の関節が抜けるほど手を伸ばせば辛うじて届く距離にいる。慎ましいフリーディアからすればこの距離が婚約者同士の距離ということになるのだろうか。

 そんな難問を抱えている私を置いて、前方と後方はこの公園への行楽をそれなりに楽しんでいるように見える。このままの流れで半歩フリーディアに近づこうか一瞬悩むが、すぐに却下した。

 実はこのいかにも楽しんでいます、という空気そのものがトラップなのかもしれない。何のトラップなのかはわからない。ただ女性はむやみやたらに男性を試すトラップを仕掛ける習性がある。そう常に監視の目があることを忘れてはならない。


 そんな戦々恐々とした中、カロリーナの提案で近くのカフェで休憩を取ることになった。ここでも間違いなくトラップが仕掛けられているはずだ。気を引き締めなければならない。



 カフェに到着するとカロリーナに言われるがまま、席に着く。ちなみに男女に別れて座る指示が出た。なるほど、対面式に私を選定したいということなのだろう。受けて立つ。そう意気込んだけれど、カロリーナは……。


「あー疲れた。でも来て良かったわ。楽しいね?カイ」
「ああ、そうだね」
「ねぇ、さっきのキャンドルのお店、もう一度行ってみない?やっぱりバラの香りのヤツ買いたいの」
「ああ、そうだね」
「あっ、でもやっぱり、キャンドルはいいや。そういえば私、同じようなもの持っていたわ」
「ああ、そうだね」

 向かい合わせに座っているカイに機関銃のように話しかけている。しかも5秒後には忘れてしまいそうな内容だ。

 ………もしや、選定に飽きたのか!?

 我が家の女性陣にも言えることだが、女性は注意散漫だ。面白そうな話題があればすぐに飛びつくが持続しない。

 らなば一時休戦ということで、私も一息付こうとティーカップを傾けていた。けれど────
 
「ねぇねぇ、フリーディア達の事も聞かせてよ。出会いのきっかけは?」

 カロリーナにそう問われたフリーディアは、そうねぇと惚けながら返事を濁す。

 ………なるほど、今度は変化球で攻めてきたか。
 私への直接攻撃ではあきたらないのか、あろうことかカロリーナはフリーディアに私達の馴れ初めを聞きだそうとしている。

 惚気れば顰蹙ひんしゅくを買うし、謙遜すれば私達は不仲と判断される危険性がある、かなりハイレベルな戦術だ。

 慎ましいフリーディアがこの場で惚気ることなどありえないが、謙遜することは十分に考えられる。これはなかなか手厳しい。

「ねえ、何で黙ってるの?え、もしかして、二人だけの秘密ってやつ?ずるいなぁーもうっ。ね、ね、ちょっとだけ教えてよ」

 けれどカロリーナは、言葉を濁すフリーディアを逃がす気はなく、ぐいぐい来る。さて、どう彼女を救おうか……。そう考えた瞬間、私は痛恨のミスを犯してしまった。


───カチャン


 ……やってしまった。万事休す、微かに陶器がぶつかり合う音が響いてしまった。


 尋常ではない汗をかく私に、フリーディアが目を見開いて私を見つめる。
 ここまで完璧にこなしてきた私だったけれど、ここでまさかの痛恨のミスをしてしまうとは、我ながら情けない。

 私は自分でいうのも何だが、貴族中の貴族だ。そんな私が音を立ててティーカップを置くような、不作法なことをするなどあってはならない。

 気付かれないようフリーディアを盗み見るが、未だに目を見開いたまま。しかし彼女の可愛らしい唇から自分を罵倒する言葉を投げつけられるのは時間の問題だ。

 早鐘を撃つ鼓動に反して、しんと、テーブル全体が水を打ったように静まり返る。もうこれは会話を打ち切るしか方法が見つからない。

「きっかけは私が彼女の姿に目を奪われてしまったからだ。それでいいか?」

 これ以上の質問は受け付けないと、全身全霊を込めて会話を打ち切った。が、───


「やだー!もう、ごちそうさまっ」

 突然、カロリーナは身体をくねらせながら黄色い声をあげた。その無駄な動きは何なのだろうか。

 このカロリーナという女性は自分の主張をするのに、身振り手振りやたらと大袈裟すぎる。女子というものは何かにつけて小食、病弱、ひ弱さをアピールするが、こういった動作を省けば体力を温存するというものを。

 そんなふうに我が家の女性陣と微妙に被るカロリーナを分析していたら、彼女は突如真顔になって私に言葉をかけた。

「なんか私が言うのも何なんですが……フリーディアは大人しいし、あんまりその……彼女の良さを分かってくれる人がいなかったから、ずっと心配してたんです」
「そうか」

 なるほど、見た目も中身も相反するカロリーナとフリーディアだったが、やはり友達であったのだろう。彼女はフリーディアのことを良く知っている。我ながら現金なことだとは思うが、一気にカロリーナの好感度がアップした。

「でも、ルディローク様なら大丈夫な気がします。わたくし安心しましたわ、フリーディアに、こんな素敵な婚約者が現れてくれて。あ、でも、絶対にフリーディアを泣かせたりしないで下さい。約束してくださいませ」
「ああ、もちろんだとも」

 強く頷いた私に、カロリーナも微笑み返す。だが目は笑っていなかった。

 その眼は間違いなく【泣かせたらぶっ殺す】と語っている。もちろんそんな愚行をするつもりはないがその眼で睨まれると我が家の女性陣を思い出し嫌な汗が浮かぶ。

 冷静さを装いティーカップを手に持つ。良かった、今度は茶器の擦れ合う音はしなかった。

 人知れずほっと息を付き自分の婚約者を見つめると、彼女はうっすらと笑みを浮かべてくれていた。どうやら彼女から及第点が貰えたようだ。
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