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旅の再開
嘘つきの私に優しさは不要です②
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さわさわと心地よい風を受け、私は朝食をもっさもっさと口に運ぶ。
けれども、気持ちは浮き立つどころか、その逆。大変気まずい。なかなか食事が喉を通らない。
日持ちのするパンは硬くて、なかなか飲み込めないのもある。いつもよりフザイクな顔を見られるのが恥ずかしいのもある。
でも、一番食事が進まない理由は、昨晩のことをカーディルがおくびにも出さないからだ。
そしてそれを望んでいるはずの私が、こんなにも心を乱しているからだ。
……普通、逆じゃね?
硬いパンを噛み砕きながらそんなことを考える。
ちなみにカーディルとマリモはあっという間に食事を終えてしまった。しかもマリモはニューバの背で二度寝をし始めている。
うん。一先ず、目の前の食事に集中しよう。
小学校の給食時間に一人残される恐怖を思い出した私は、思考を全て食事に向ける。
そして、やっとこさ完食した私にカーディルは淹れ直した暖かいお茶を差し出しながらこう言った。
「私は大丈夫ですよ。姫さま」
「え?」
カーディルが唐突に口にした意味がわからず、私は間の抜けた声を出してしまった。
そんな私に、あなたはバツが悪そうな顔をするわけでもなく、昨日のように熱を孕んだ視線を向けるわけでもなく、思いやりに満ちた眼差しを向ける。
「昨晩のこと、気にしておられるような気がしたので」
「………っ」
お茶が入ったカップを落とさなかったのが、奇跡だった。
でも、少しでも気を抜けば、するりと落としそうになるカップを私は両手で握りしめる。
私のその仕草をどう受け止めたかわからないけれど、カーディルは一度立ち上がると、私のすぐ傍で丁寧に膝を付いた。
そして、うなじが見えてしまいそうな程、深く首を垂れる。
「昨晩の自分はどうかしておりました。けれど、あれは夢ではないことだけは、記憶の隅にでも留めておいてください。そして、お願いです。あなたを慕う気持ちだけは、どうか取り上げないでください。………それが、私の生きる糧ですから」
なんてひどい言葉を、この人は吐くのだろう。
あなたに生きて欲しいから、思ってもいない言葉を投げつけたというのに。いっそ嫌いになってくれたほうがまだマジだとすら思っているのに。
どうして、こんな嬉しく残酷な言葉をさらりと口にできるのだろう。
カップを床に置いて、ぎゅっと気持ちに蓋をするように胸を押さえる。この気持ちが溢れてこないように。
そんな私をカーディルは、どう受け止めたのかはわからない。
「今は姫さまに答えは求めません。あなたを苦しめたいとも思っておりません。ただ、伝えたかっただけです。───……それでは、食事も終えたことですし、出発することにしましょう」
そう言って、ただ静かに立ち会が立っただけだった。
それからあっという間に荷物をまとめ、ニューバに積み、綺麗な所作でマントを羽織り、私に手を差し伸べる……と思ったけれど、違った。
「失礼します」
「───……う、わぁっ」
何のためらいもなくカーディルは私に手を伸ばしたと思ったら、これまた何の躊躇もなく私の両脇に手を差し込んだ。ふわりと身体が浮く。
そしてあたふたとする間もなく、私のお尻はストンとニューバの背に着地した。
ちょっと慌てて移動したマリモがみゅーっと鳴く。どうやら二度寝を邪魔された抗議のようだ。ごめんね。
ぴんとした耳をくすぐるように撫でたら、すぐに機嫌を直してくれたマリモを見て、お前は素直でいいなぁと苦笑を浮かべる。
「さぁ、向かいましょう。姫さま。皆が待っています」
私を背後から抱えるようにふわりとニューバに跨ったカーディルは、長い腕を伸ばして角を掴む。反対の腕は私のお腹にぐるりと回る。
引き寄せられるように密着したあなたから、服越しに熱が伝わる。それはあなたが生きている証。
そして、その温もりが、迷う私の気持ちを正してくれる。
「うん」
きっぱりと言って、しっかりと前を向いて、私はうっかりその胸にもたれないよう背筋を伸ばす。
───あなたが、生きてくれればそれでいい。この世界から消えていなくならなければ、それだけで良い。
どうしようもない程ヘタレな私は、きっとこれからも何度も迷うのだろう。
あなたの心に触れ、そのまま身を委ねたくなる衝動に駆られるだろう。
でも、雨の中、あなたの命が消えてしまった瞬間を思い出せば、私は自分の選択を後悔することはない。
………ただ、この胸の痛みは容易に消え去ってくれないだろうけど。
「行こう、カーディルさん」
私はマリモを肩に乗せて、あなたを仰ぎ見る。ちゃんと笑えているだろうか。
残念ながらわからない。そして、あなたの表情も逆光で見ることができない。でも───。
「すぐに追いつきます。少し飛ばしますので、しっかり掴まっててください」
あなたは馴染み深い側近兼護衛の口調でそう言って、ニューバの脇腹を蹴る。
そうすれば、流れるように景色が動き出した。
けれども、気持ちは浮き立つどころか、その逆。大変気まずい。なかなか食事が喉を通らない。
日持ちのするパンは硬くて、なかなか飲み込めないのもある。いつもよりフザイクな顔を見られるのが恥ずかしいのもある。
でも、一番食事が進まない理由は、昨晩のことをカーディルがおくびにも出さないからだ。
そしてそれを望んでいるはずの私が、こんなにも心を乱しているからだ。
……普通、逆じゃね?
硬いパンを噛み砕きながらそんなことを考える。
ちなみにカーディルとマリモはあっという間に食事を終えてしまった。しかもマリモはニューバの背で二度寝をし始めている。
うん。一先ず、目の前の食事に集中しよう。
小学校の給食時間に一人残される恐怖を思い出した私は、思考を全て食事に向ける。
そして、やっとこさ完食した私にカーディルは淹れ直した暖かいお茶を差し出しながらこう言った。
「私は大丈夫ですよ。姫さま」
「え?」
カーディルが唐突に口にした意味がわからず、私は間の抜けた声を出してしまった。
そんな私に、あなたはバツが悪そうな顔をするわけでもなく、昨日のように熱を孕んだ視線を向けるわけでもなく、思いやりに満ちた眼差しを向ける。
「昨晩のこと、気にしておられるような気がしたので」
「………っ」
お茶が入ったカップを落とさなかったのが、奇跡だった。
でも、少しでも気を抜けば、するりと落としそうになるカップを私は両手で握りしめる。
私のその仕草をどう受け止めたかわからないけれど、カーディルは一度立ち上がると、私のすぐ傍で丁寧に膝を付いた。
そして、うなじが見えてしまいそうな程、深く首を垂れる。
「昨晩の自分はどうかしておりました。けれど、あれは夢ではないことだけは、記憶の隅にでも留めておいてください。そして、お願いです。あなたを慕う気持ちだけは、どうか取り上げないでください。………それが、私の生きる糧ですから」
なんてひどい言葉を、この人は吐くのだろう。
あなたに生きて欲しいから、思ってもいない言葉を投げつけたというのに。いっそ嫌いになってくれたほうがまだマジだとすら思っているのに。
どうして、こんな嬉しく残酷な言葉をさらりと口にできるのだろう。
カップを床に置いて、ぎゅっと気持ちに蓋をするように胸を押さえる。この気持ちが溢れてこないように。
そんな私をカーディルは、どう受け止めたのかはわからない。
「今は姫さまに答えは求めません。あなたを苦しめたいとも思っておりません。ただ、伝えたかっただけです。───……それでは、食事も終えたことですし、出発することにしましょう」
そう言って、ただ静かに立ち会が立っただけだった。
それからあっという間に荷物をまとめ、ニューバに積み、綺麗な所作でマントを羽織り、私に手を差し伸べる……と思ったけれど、違った。
「失礼します」
「───……う、わぁっ」
何のためらいもなくカーディルは私に手を伸ばしたと思ったら、これまた何の躊躇もなく私の両脇に手を差し込んだ。ふわりと身体が浮く。
そしてあたふたとする間もなく、私のお尻はストンとニューバの背に着地した。
ちょっと慌てて移動したマリモがみゅーっと鳴く。どうやら二度寝を邪魔された抗議のようだ。ごめんね。
ぴんとした耳をくすぐるように撫でたら、すぐに機嫌を直してくれたマリモを見て、お前は素直でいいなぁと苦笑を浮かべる。
「さぁ、向かいましょう。姫さま。皆が待っています」
私を背後から抱えるようにふわりとニューバに跨ったカーディルは、長い腕を伸ばして角を掴む。反対の腕は私のお腹にぐるりと回る。
引き寄せられるように密着したあなたから、服越しに熱が伝わる。それはあなたが生きている証。
そして、その温もりが、迷う私の気持ちを正してくれる。
「うん」
きっぱりと言って、しっかりと前を向いて、私はうっかりその胸にもたれないよう背筋を伸ばす。
───あなたが、生きてくれればそれでいい。この世界から消えていなくならなければ、それだけで良い。
どうしようもない程ヘタレな私は、きっとこれからも何度も迷うのだろう。
あなたの心に触れ、そのまま身を委ねたくなる衝動に駆られるだろう。
でも、雨の中、あなたの命が消えてしまった瞬間を思い出せば、私は自分の選択を後悔することはない。
………ただ、この胸の痛みは容易に消え去ってくれないだろうけど。
「行こう、カーディルさん」
私はマリモを肩に乗せて、あなたを仰ぎ見る。ちゃんと笑えているだろうか。
残念ながらわからない。そして、あなたの表情も逆光で見ることができない。でも───。
「すぐに追いつきます。少し飛ばしますので、しっかり掴まっててください」
あなたは馴染み深い側近兼護衛の口調でそう言って、ニューバの脇腹を蹴る。
そうすれば、流れるように景色が動き出した。
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