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旅の再開

★彼女が知らない真実②

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 リジェンテは、利恵の魂は同じと言った。
 けれど、だとは言わなかった。

 ありのままを伝えたリジェンテは髪と同じ栗色の大きな瞳から、ぼたぼたと大粒の涙を流している。その涙の色は、悲しみのそれ。

 言葉とは裏腹に、安堵の表情はどこにもない。

 リジェンテから真実を聞かされた3人は、その言葉を心と頭の中で何度も噛み締める。白魔導士の涙と共に。

 そして、同時に一つの結論に達した。

 あの時、利恵は間違いなく死んでしまったのだ。ただそれだけではなく、すぐに利恵の身体に利恵の魂が入り込んだのだ。

 魔法を使う世界でも、それはそう簡単に受け入れることができないもの。まさかと鼻で笑いたくなるもの。はっきり言っておとぎ話のようなもの。

 けれど、ここにいる3人はリジェンテのことを鼻で笑ったりはしない。

「……やっぱりそうだったか」 

 静かに傍観していたクウエットは、ぽつりと呟いた。

 クウエットは……いや、ここにいる皆は、薄々気付いていた。

 一度死んだ人間が、生き返るはずはない。でも、この10日程の利恵の行動は、気付かぬうちに利恵自身であることを証明していた。

 リジェンテは毎日、毎度、利恵の部屋に施錠魔法をかけていた。でも、利恵は、それに気付くことも魔法を使うこともなく、自然に扉の開閉をしていたのだ。

 施錠魔法にはちょっとした仕掛けがあった。もし仮に利恵の身体に他の人間の魂が入り込んでいたのなら、扉は開くことができないようにしていたのだ。

 それに聖獣であるマリモが、以前と変わらず利恵に懐いているのも何よりの証拠。

 でも、そう簡単に認めることができなかったのも事実。

 それは単純に、彼らが疑い深い人間である……だけではなく、利恵のことを何も知らなかったから。

 利恵は、誰もが一発で見抜くことができる稚拙な嘘を吐く人間だったのか?
 利恵は、皆と食事を共にしたがるような人間だったのか?
 利恵は、出立前に一人こっそり魔法の鍛錬に励むような人間だったのか?
 利恵は、あんなにも虫を怖がる人間だったのか?
 
 ───沢山の疑問が湧いたけれど、何一つ答えが出ない現実に愕然とした。

 だから信じられなかった。今、目の前にいる利恵のことを信用することができなかった。

 なのに 戸惑う4人をよそに、利恵は勝手にどんどんと進もうとする。

 ちょっと待ってと言いたかった。もう少し考える時間が欲しいと言いたかった。

 でも、存在そのもの疑うようなことを言いたくも無かった。そんな気持ちがせめぎ合った結果……つい先ほどのように、ファレンセガはキレてしまったのであった。

「間一髪だったのね」

 ファレンセガも、クウエットと同じようにぽつりと呟いた。

 カーディルが、間一髪で池に飛び込んでくれたからよかったものの、また取り返しがつかなくなるところだった。

 そして、こうも思った。

 利恵が池に飛び込んでくれて良かったと。

 激情に駆られ、混乱した滅茶苦茶な気持ちからあれ以上彼女を、傷つけずに済んだのだから。

 ファレンセガの言葉に、返事をするものはいない。
 様々な感情を抱えたまま、誰もが口を閉ざしている。

 この現実をどう受けて良いのかわからないのだ。
 次に、利恵が目を覚ました時、どんな表情を浮かべて良いのかわからないのだ。

 利恵が手加減なしにこの辺りを魔法で整地してくれたおかげて、大変風通しが良くなっている。

 さわさわと木々の香りを漂わせた風が、カーディル達の間を吹き抜ける。

 そこにいる全員の髪が靡く。クウエットのマントが、ファレンセガのコートが、リジェンテのローブも同じように風に揺られる。

 そしてゆっくりと元に戻った瞬間、カーディルは静かに口をひらいた。

「……そうか。そうだったんですね」

 カーディルは噛み締めるように、でも穏やかに言った。

 その声音で、この中で一番最初にカーディルが気持ちに折り合いを付けたことを知る。

「また、会えたんですね。戻ってきてくれたんですね」

 そう言ってカーディルは、利恵の身体を優しく抱きしめた。次いで、視界の隅に投げ捨てた自分のマントが映る。それを手に取り、そっと利恵の身体に巻きつけた。

 そして、それを目にした3人は何も言わない。揶揄するようなことも、冷やかすことも。

 もう一人の利恵は知らないけれど、この光景は彼らにとって当たり前のことだった。

 カーディルが利恵のことを何よりも大切に扱うことが。主従関係を超える愛しい眼差しを向けることが。

「何を迷うことがあるのですか?私達と姫さまの出会いは、まだ続いているんです」

 今度はカーディルは顔を上げて、3人に向かってきっぱりと言った。




 それは、答えを見つけられない仲間にとって、もっとも明確で、すとんと胸に落ちる答えであった。
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