17 / 37
再会と始まり
魔族との邂逅
しおりを挟む
「ふぇ……うっ…、ううっ………ふぇ、うっ」
大きな樹の下で蹲りながら、私の涙は止まることが無い。
最近の私はなんだか泣いてばかりだなと、頭の隅で考える。
日本にいた頃だって、そりゃ泣くことはあった。
夏休みに補習が決まって友達との約束がおじゃんになったり、映画やドラマをみて感動したり悲しかったり。
タンスの角に小指をぶつけて、痛くて悔しくて馬鹿馬鹿しくて泣いた時もあった。
あれは自業自得だったけれど、日本での最後の涙はそれだった。ちょっと、しょっぱい。
ただ今は、そんなことと比べてはいけないくらい辛くて苦しいのに、瞳からこぼれる涙は同じ色。それがなんだがとても理不尽に感じてしまう。
ダンッと、感情に任せて地面から盛り上がった大樹の根っこを叩いてみる。
これは、まごうことなき八つ当たりだ。大樹は何一つ悪いことなんてしていないのに……。
じんじんと痺れる右手があまりに滑稽で、また涙が溢れてしまった。
「お嬢さん、こんなところに一人でいては危ないですよ」
背後から人の気配がしたと思ったら、突然、頭上からそんな言葉が降ってきた。
条件反射で、勢いよく振り返ってしまう。───私の後ろに立っていたのは、息を呑むほどに美しい一人の男だった。
ただ、私を見つめる深い紫色の瞳は、心配そうに憂いているけれど、口元は優雅な弧を描いている。
相反する表情。だけれども突如現れたこの人は、それに違和感を感じさせない雰囲気を持っていた。
要は、この男がとてもチャラそうに見えたのだ。
嘘をつるりと吐いてきたと思わせる綺麗な形の唇。状況に応じていくらでも形を変えることができそうな瞳。
そして全体的に線が細く、瞳と同じ深い紫色の髪は絹糸のようにサラサラ。
そんな黒と赤のド派手な衣装を身に付けているこの人は、ファンタジーの世界なら、吟遊詩人という職業がピッタリだと思える。
何だこの人。ものっすごく、いかがわしい。涙も秒で乾いてしまった。
座り込んだまま、ぽかんと見上げてしまう。そんな私に、吟遊詩人もどきは、ちょっと膝を折ってこう言った。
「お嬢さんは、相変わらず一人になるのがお好きなようですねぇ」
その言葉で、この吟遊詩人もどきと、もう一人の私が知り合いだということに気付く。
「いやー、ごめんなさい。ちょっと私、今、記憶喪失で………」
「嘘は良くないね。お嬢さん」
「………っ」
すっと紫色の瞳が猫のように細められ、私は自分の嘘を見破られたことを知った。これはヤバイ。
背中から這い上がってくる焦燥感を誤魔化すように、こくりと唾を呑めば、吟遊詩人もどきは、くるりといたずらっぽい目を私に向けた。
「私は、君と会うのは初めてだよ」
なんだなんだ。そういうことか。
まったく急にフランクに話しかけてくるものだから、うっかり知り合いかと勘違いしてしまった。
「以前の君と会ったことはあるけどね」
へへっと誤魔化し笑いをしようとしたら、そんなことを言われ、私は無様に咽てしまった。思わず、ジト目で睨んでしまう。……でも、それは一瞬だった。
「………っ」
膝を付き、私を覗き込んだ男の瞳は澱んだ赤色だった。
澱んだ赤色の瞳は、魔族の証。しかも、瞳の色を自在に操れるとなると、この男は上位の魔界人。
最悪だ。勝ち目なんてない。
これは現実。だからロールプレイングゲームみたいに勇者の成長を待ってくれる優しい世界ではない。
だから突然、こんなふうにS級の魔物と対峙するハメになる。……あの時のように。
そして、待ったなしに殺さてしまう───……はずだったのだけれど。
「あはははっははっはははははははっは」
S級の魔界人は、いきなり大声で笑いだしてしまったのだ。
「!!!!!」
感嘆符だけを紡ぐ私に、S級の魔界人は更にお腹を抱えて苦しそうに笑う。私には、魔界の笑いのツボがてんでわからない。
「やってくれたなっ。あははっはははは。駄目だっ、可笑しい。こりゃー腹が痛い」
はてなマークを頭の中にわんわん吹き出す私を無視して、S級の魔界人は立ち上がる。
そして、私に向かってこう言った。
「リベリオの力で、君、平行世界からやってきたんだね。すごいよアイツ。禁忌、ガン無視。世の理なんて、知ったこっちゃないって感じだねー。っとに、アイツそういうところは、変わらないね」
その口調は、懐かしさだけではない。何だろう、もっと歪で深い感情が見え隠れてしている。
「本当に、アイツは死に物狂いだねぇ。まぁ、死んでるけど」
くっくっと喉を振るわせて、今度は私に同意を求める。
けれど、こちらとしたら、何一つ面白くはない。そして、どんなリアクションをすれば良いのかわからない。
結局、無難に無視を選ばせて貰えば、S級の魔界人は優雅に片足を一歩引いた。
「じゃあ、自己紹介しようか。私の名前は、ディグドレード。ま、魔界の王の側近です───ってちょっと、逃げないでっ」
いや、逃げるでしょう。
あと、勇者の末裔のくせに逃げるなんてカッコ悪いなんていうお叱りはやめてほしい。だって、命あってのナントカだ。
これは明日に続く撤退。逃げじゃない。いや、嘘です。逃げたいんです。
そんな言い訳を一人で胸の中で呟きながら、じりじりと私は座ったまま後退する。
そうすればディグドレードは、慌てた表情から、残念な子を見る目つきに代わった。その視線が地味に辛い。
「……っていうか、君、逃げてもその怪我じゃ無駄だよ。ついでに言うと、傷口ぱっかり開いてるよ」
ちょっと気付いていたけれど、気にし始めたら痛みが増すから敢えて意識を向けないでいたのに。そういうことはっきり言うのは、やめてください。
思わずジト目で睨んだら、魔王の側近は労わるような眼差しを向けた。
「治療してあげたいけど、私、回復魔法使えないんで。ま、なにせ魔族なんで」
くだらないことをのたまってくれて、今度は本気でイラッとする。
でもそのおかげで痛みを分散させることができた。ある意味、回復魔法だ。でもいい加減いなくなってほしい。
大きな樹の下で蹲りながら、私の涙は止まることが無い。
最近の私はなんだか泣いてばかりだなと、頭の隅で考える。
日本にいた頃だって、そりゃ泣くことはあった。
夏休みに補習が決まって友達との約束がおじゃんになったり、映画やドラマをみて感動したり悲しかったり。
タンスの角に小指をぶつけて、痛くて悔しくて馬鹿馬鹿しくて泣いた時もあった。
あれは自業自得だったけれど、日本での最後の涙はそれだった。ちょっと、しょっぱい。
ただ今は、そんなことと比べてはいけないくらい辛くて苦しいのに、瞳からこぼれる涙は同じ色。それがなんだがとても理不尽に感じてしまう。
ダンッと、感情に任せて地面から盛り上がった大樹の根っこを叩いてみる。
これは、まごうことなき八つ当たりだ。大樹は何一つ悪いことなんてしていないのに……。
じんじんと痺れる右手があまりに滑稽で、また涙が溢れてしまった。
「お嬢さん、こんなところに一人でいては危ないですよ」
背後から人の気配がしたと思ったら、突然、頭上からそんな言葉が降ってきた。
条件反射で、勢いよく振り返ってしまう。───私の後ろに立っていたのは、息を呑むほどに美しい一人の男だった。
ただ、私を見つめる深い紫色の瞳は、心配そうに憂いているけれど、口元は優雅な弧を描いている。
相反する表情。だけれども突如現れたこの人は、それに違和感を感じさせない雰囲気を持っていた。
要は、この男がとてもチャラそうに見えたのだ。
嘘をつるりと吐いてきたと思わせる綺麗な形の唇。状況に応じていくらでも形を変えることができそうな瞳。
そして全体的に線が細く、瞳と同じ深い紫色の髪は絹糸のようにサラサラ。
そんな黒と赤のド派手な衣装を身に付けているこの人は、ファンタジーの世界なら、吟遊詩人という職業がピッタリだと思える。
何だこの人。ものっすごく、いかがわしい。涙も秒で乾いてしまった。
座り込んだまま、ぽかんと見上げてしまう。そんな私に、吟遊詩人もどきは、ちょっと膝を折ってこう言った。
「お嬢さんは、相変わらず一人になるのがお好きなようですねぇ」
その言葉で、この吟遊詩人もどきと、もう一人の私が知り合いだということに気付く。
「いやー、ごめんなさい。ちょっと私、今、記憶喪失で………」
「嘘は良くないね。お嬢さん」
「………っ」
すっと紫色の瞳が猫のように細められ、私は自分の嘘を見破られたことを知った。これはヤバイ。
背中から這い上がってくる焦燥感を誤魔化すように、こくりと唾を呑めば、吟遊詩人もどきは、くるりといたずらっぽい目を私に向けた。
「私は、君と会うのは初めてだよ」
なんだなんだ。そういうことか。
まったく急にフランクに話しかけてくるものだから、うっかり知り合いかと勘違いしてしまった。
「以前の君と会ったことはあるけどね」
へへっと誤魔化し笑いをしようとしたら、そんなことを言われ、私は無様に咽てしまった。思わず、ジト目で睨んでしまう。……でも、それは一瞬だった。
「………っ」
膝を付き、私を覗き込んだ男の瞳は澱んだ赤色だった。
澱んだ赤色の瞳は、魔族の証。しかも、瞳の色を自在に操れるとなると、この男は上位の魔界人。
最悪だ。勝ち目なんてない。
これは現実。だからロールプレイングゲームみたいに勇者の成長を待ってくれる優しい世界ではない。
だから突然、こんなふうにS級の魔物と対峙するハメになる。……あの時のように。
そして、待ったなしに殺さてしまう───……はずだったのだけれど。
「あはははっははっはははははははっは」
S級の魔界人は、いきなり大声で笑いだしてしまったのだ。
「!!!!!」
感嘆符だけを紡ぐ私に、S級の魔界人は更にお腹を抱えて苦しそうに笑う。私には、魔界の笑いのツボがてんでわからない。
「やってくれたなっ。あははっはははは。駄目だっ、可笑しい。こりゃー腹が痛い」
はてなマークを頭の中にわんわん吹き出す私を無視して、S級の魔界人は立ち上がる。
そして、私に向かってこう言った。
「リベリオの力で、君、平行世界からやってきたんだね。すごいよアイツ。禁忌、ガン無視。世の理なんて、知ったこっちゃないって感じだねー。っとに、アイツそういうところは、変わらないね」
その口調は、懐かしさだけではない。何だろう、もっと歪で深い感情が見え隠れてしている。
「本当に、アイツは死に物狂いだねぇ。まぁ、死んでるけど」
くっくっと喉を振るわせて、今度は私に同意を求める。
けれど、こちらとしたら、何一つ面白くはない。そして、どんなリアクションをすれば良いのかわからない。
結局、無難に無視を選ばせて貰えば、S級の魔界人は優雅に片足を一歩引いた。
「じゃあ、自己紹介しようか。私の名前は、ディグドレード。ま、魔界の王の側近です───ってちょっと、逃げないでっ」
いや、逃げるでしょう。
あと、勇者の末裔のくせに逃げるなんてカッコ悪いなんていうお叱りはやめてほしい。だって、命あってのナントカだ。
これは明日に続く撤退。逃げじゃない。いや、嘘です。逃げたいんです。
そんな言い訳を一人で胸の中で呟きながら、じりじりと私は座ったまま後退する。
そうすればディグドレードは、慌てた表情から、残念な子を見る目つきに代わった。その視線が地味に辛い。
「……っていうか、君、逃げてもその怪我じゃ無駄だよ。ついでに言うと、傷口ぱっかり開いてるよ」
ちょっと気付いていたけれど、気にし始めたら痛みが増すから敢えて意識を向けないでいたのに。そういうことはっきり言うのは、やめてください。
思わずジト目で睨んだら、魔王の側近は労わるような眼差しを向けた。
「治療してあげたいけど、私、回復魔法使えないんで。ま、なにせ魔族なんで」
くだらないことをのたまってくれて、今度は本気でイラッとする。
でもそのおかげで痛みを分散させることができた。ある意味、回復魔法だ。でもいい加減いなくなってほしい。
10
お気に入りに追加
209
あなたにおすすめの小説

紡織師アネモネは、恋する騎士の心に留まれない
当麻月菜
恋愛
人が持つ記憶や、叶えられなかった願いや祈りをそっくりそのまま他人の心に伝えることができる不思議な術を使うアネモネは、一人立ちしてまだ1年とちょっとの新米紡織師。
今回のお仕事は、とある事情でややこしい家庭で生まれ育った侯爵家当主であるアニスに、お祖父様の記憶を届けること。
けれどアニスはそれを拒み、遠路はるばるやって来たアネモネを屋敷から摘み出す始末。
途方に暮れるアネモネだけれど、ひょんなことからアニスの護衛騎士ソレールに拾われ、これまた成り行きで彼の家に居候させてもらうことに。
同じ時間を共有する二人は、ごく自然に惹かれていく。けれど互いに伝えることができない秘密を抱えているせいで、あと一歩が踏み出せなくて……。
これは新米紡織師のアネモネが、お仕事を通してちょっとだけ落ち込んだり、成長したりするお話。
あるいは期間限定の泡沫のような恋のおはなし。
※小説家になろう様にも、重複投稿しています。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
あなたのためなら
天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。
その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。
アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。
しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。
理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。
全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。
あなたの側にいられたら、それだけで
椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。
私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。
傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。
彼は一体誰?
そして私は……?
アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。
_____________________________
私らしい作品になっているかと思います。
ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。
※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります
※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる