勇者の末裔である私は、恋する心を捨てました。

茂栖 もす

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旅の再開

星降る夜、あなたに嘘を付きます①

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 風にあおられ、木々の葉が擦れる音を拾って私は目を覚ました。

 でも、ぱちりと目を開けた途端、何度も瞬きをしてしまう。……目に映る光景がとても変なのだ。

 今は、夜。そして私は小さな洞穴みたいなところで寝そべっている。ついでに言うと、私の身体にはカーディルのマントが掛けられている。

 クウエットもマントを身に付けているけれど、これは間違いなくカーディルのものだ。だって、サファイアブルーだし。

 ───えっと、この辺でお気付きいただけたであろうか。
 私の視力がちょっとばかし、おかしくなっていることに。

 夜なのに、色の識別ができているのだ。もちろんここには灯りもなければ、焚き木もない。本来なら、真っ暗闇のはずなのに。

 どうした、私?

 怖くはないけれど、不思議すぎるこの展開に首を傾げてしまう。でも、すぐに、その原因について思い当たることがあったので、あっと短く声を上げた。

 私の視力が超人的になったのは、もう一人の私から魔力をもらったからだと気付いたのだ。

 確かに以前は、カーディルとファレンセガは羨ましほどに夜目が効いていた。

 リジェンテはそこそこ見えていた。クウエットは、勘で見えているフリをしていた。……私は、まったく見えなかった。

 なるほど。そういうことか。

 一つの結論に達した私は、へぇーっと関心しながら、あたりをぐるりと見渡す。……ものの見事に、誰も居ない。マリモすら、見当たらない。

 一瞬、ガチで置いて行かれたのかと、不安がよぎる。

 でも、これまでだったら、すんすんとベソをかくだけの私だったけれど、夜目が利くようになったので中腰になって外に出てみる。

 どうでも良いけれど、洞穴はそこそこ天井が高い。でも、良く頭をぶつけてしまう私は、これが基本スタイルになっているのだ。

「うっわぁー、すごっ」

 洞穴を出て何気なく上を向けば、夜空一面に星々が煌めいていた。

 夜目が利いていてもその輝きは色褪せない。それがちょっと不思議。でも、とっても綺麗。

 置いて行かれた寂しさも、ここがどこかわからない不安も忘れて星空を食い入るように眺める。

 そうすれば、すうっと細く光る流れ星が見えた。それは一瞬のことで、願い事を言う暇もなかった。

 くそっ、今度こそは。

 変なところでスイッチが入ってしまった私は、口を半開きにしたまま目を凝らす。でもすぐに、そもそも口に出したい願い事って何だろうとふと疑問に思う。

 願うことはある。もちろんある。

 でも、それは他人にどうこうしてもらえるものじゃない。だから、流れ星に祈ったところで何の意味もないことに気付いた。……とどのつまり、お馬鹿であった。

 そしてもっとお馬鹿なことに、すぐ近くにそれをじっと見つめていた一人と1匹の気配に気づくことができなかった。

「目が覚めましたか?」
「う、わぁっ!!」

 いきなり横から声を掛けられ、私は全力で悲鳴を上げた。

 2拍遅れて、少し離れた場所からバサバサと鳥が飛び立つ羽音が聞こえてきた。

 私の悲鳴ごときで逃げ出すのは、多分というか、間違いなく野鳥だろう。

 安眠を妨害してしまったことに対しては申し訳ないけれど、今はちょっとそれどころではない。

 ちなみに至近距離で私の悲鳴を聞いたカーディルは、驚くことも、煩いと顔を顰めることもなかった。

 ただマリモは、少々耳障りだったらしく、私の足元で抗議の声を上げている。

「そんな大声が出せるなら、体調は問題なさそうですね。安心しました。───さ、ここは冷えます。どうぞ中に」

 嫌味か素直な気持ちなのか判定が難しい言葉を紡いだあなたは、心からほっとした表情を浮かべた。多分、後者だろう。そう思いたい。

 反対に私は、そわそわと落ち着かない。

 でもカーディルは、軽く私の背に手を当て、中に入れと急かしてくる。一先ず洞穴に足を向けるけれど、私は口も同時に動かすことにする。

「あのぉ、リジェンテさん達はどこに……」

 なにせ、もう一人の私と恋バナをした直後なのだ。

 当の本人と二人っきりになるのは、ちょっとばかし居心地が悪い。

 足元でうろつくマリモを肩に載せ、もごもごとそう問えば、カーディルは何でもないことのようにこう言った。

「先に進みました」
「え!?」

 ぎょっと目を剥く私に、カーディルは淡々と続きを話す。

「姫さまが目を覚ますまで皆で待っていようとも思いましたが、この先危険な場所が無いか下調べも兼ねて、進むことにしました」
「なんで!?みんな、一緒にって言ったじゃんっ。そんなの危ない!!」

 中腰状態で、再び外へ飛び出そうとする私にカーディルは、落ち着いてくださいと言いながら私の行く手をふさぐ。

 次いで、膝を付き目線を合わせてから口を開いた。

「危ないことはないです。姫さまの手加減の無い魔法のおかげで、この森一帯はほぼほぼ浄化されましたから魔物と出くわすことはないでしょう。私が言いたかったのは、姫さまがまたうっかり池に飛び込むことが無いよう、足場の悪いところや沼地がないかを下調べに行った。ということです」
「………」

 あー……何と言えばいいのやら。

 マリモも何か言いたげにじっと私を見る。お願い、マリモ。後で木の実あげるから、向こう向いて。

 でも結局、一人と一匹の視線に耐えられなかったのは私で、すぃーっとさりげなく視線をあらぬ方に向けた。

 そうすれば、酸素足りてる?と心配したくなるような深い深いため息が洞穴に響いた。誰発信なのかは、言わずもがな。

「まったく、すぐに倒すとお伝えしたのに……無茶が過ぎます」
「……ごめんなさい。虫、苦手で……」

 さらに気まずい状況になった私は、強い意志を持って視線を洞穴の壁の一部に固定する。

 ついでに、察してください。もうお説教はこの辺りで。という空気を醸し出してみたけれど、残念ながらカーディルには届かなかった。

「今度からは、目を閉じていてください。魔物は倒せば消滅するので、死骸は残りません」
「……でも」

 魔物と対峙するたびに、目を瞑っていたら意味がない。

 それに、今回は虫だったけれど、えげつない魔物にはこれからも出くわすだろう。

 魔力はもう一人の私から貰った。でも、そういうグロ系の魔物に対する免疫はどうやったら身に付くのだろうか。やっぱり、慣れかなぁ。

 でも慣れる前に、私、別の意味で臨終しそうだ。

 そんなことを考えていても、声に出したつもりはない。

 ……ないけれど、しっかりと顔には出てしまっていたようだ。すぐ横でたまらないといった感じで、カーディルは、小さく吹き出した。

「でも、虫で悲鳴を上げる姫さまは可愛らしかったです」
「へ!?」
「不安で、放っておけなくて、目を離したら何をしでかすかわからない………そんなあなたを、私はとても愛おしく思っています」
「……え?」

 思わず一歩、後退りしてしまった。

 でも、カーディルはすぐに私の腕を掴む。まるで逃がさないと言わんばかりに。

 そしてあなたは、もう一度同じ言葉を紡いだ。

「姫さま、私はあなたのことが好きです」

 アイスブルーの瞳は、狂おしい程の光を湛えているのに、その声音はどこまでも優しかった。
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