勇者の末裔である私は、恋する心を捨てました。

茂栖 もす

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運命の分岐

いざ、暁の洞窟へ

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 名を呼ばれた瞬間、既に気付いた。この完璧なプランが崩れてしまったことを。

 そして、恐る恐る振り返ってみれば、ものの見事に怒りと呆れが入り混じった、3歳児を見る目付きでいる4人と一匹の姿があった。

 サラリーマンのおじさんみたいに、あちゃーっと言って額に手を当てる仕草をしたくなる。でも、それよりも先に4人が同時に口を開いた。

「こんな夜更けに何を」

 そこはでは、同じで。その後───。

「なさっているのですか?」
「してるんだい?」
「されておられますか?」
「しているのよ?」

 と、だいたい同じ内容の言葉が4人の口から同時に紡がれた。

 そして私はすかさずこう答えた。若干、逆ギレをしながら。

「明日の下見です」

 つい先ほど自警団の人にかましてみたホラを口にしたけれど、全員から『は?』という短い言葉が返ってきた。ちなみに、これもほぼ同じタイミングだった。

 相も変わらず仲が良いですね、皆さん。

 でも、私、ちょっと気付いてしまった。皆が一致団結するときは、私にかかわること限定だということを。そして、大抵の場合、私に何かしらの非があるとき。

 とはいえ、今回はこっちにだって言い分がある。だから謝ったりしない。ただ口に出して主張はできないから、とりあえず私の足元に来たマリモを抱え上げて、『言うこと聞かない子はめっだよー』と怒ってみる。

 ……ありえないことに、マリモは反抗的に目を逸らしやがった。どうやら、この子は今日から反抗期に突入したらしい。

 でも、4人にとっては私が反抗期真っ最中のように見えているようで……。

「姫さま、なぜそのように理解不能な行動に出たのかは、わかりかねますが………」

 カーディルは一歩、私に近づきながら表情を厳しいものに変えた。

 押し出されるように後退してしまう私をどうか責めないで欲しい。だって、カーディルの顔、めっさ怖い。イケメンがそんな顔をすると、3割ほど迫力が増す。ずるいなぁ。
 
 と、私がよそに意識を向けていても、カーディルは更に3歩詰め寄って口を開いた。その距離は、もう手を伸ばせば届くほどである。

「あなたが万が一、怪我でも負ってしまったなら、ここにいる自警団の数人の首が飛ぶことになります」
「嘘!?」

 食い気味に叫べは、食い気味に首を横に振られてしまった。もはや、お笑い芸人のノリツッコミの速さ。

「嘘でもなければ、冗談でもありません。どうかこのような軽率な行動はお控えください」
「………」

 そんなこと言われたって嫌だ。

 それに、私が無傷で戻ってくれば、別にどうということではないはずだ。まぁ、無責任な村長には厳重注意をしたほうが良いと思うけれど。

 でも、首飛ばしちゃダメ、絶対。

 とまぁ、そんなことを目で訴えながら、再びじりじりと後退する私に、クウエットが救いの手を向けてくれた。

「まぁまぁ、そんなカッカッすんなよ。カーディル団長」
「………あなたは引っ込んでいてください」

 カーディルの怒りの矛先が変わってくれて、内心、ほっと安堵の息を吐く。

 このまま二人が喧嘩をおっぱじめてくれたら、私はこそっと一人洞窟に行きたいんだけど……。駄目かな?あ、クウエットが私に視線を向けた。どうやら、駄目みたいです。くそっ。

 そしてこの大剣使いはとんでもないことをのたまってくれた。

「お嬢ちゃんが、そんなに洞窟に行きたかったんだ。なら、今から行けばいいじゃねえか」
「はぁ!?」

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 いや、それを避けたいから、わざわざ深夜に抜け出したんでしょ!?クウエット、あなた、いつからそんなに馬鹿になったの!?

 なんて言えるわけもなく、そして状況はどんどん望まない方向へ進んでいってしまった。

「そうねぇ。どうせ、ここまで来ちゃったんだし。戻るのも面倒ね」
「さようですね。リエノーラさまが、そう望まれておられるなら、このまま出発しましょう」 
「……そうですね。少々予定が狂いましたが、よくよく考えれば、然したる問題ではないですね。では、参りましょう」
「おっしゃー。腕が鳴るぜっ」

 そう言って、なぜか4人は洞窟へ足を向けてしまう。

「ちょっと待ったっ!!」

 慌てて呼び止めれば、全員から『なにか?』という視線を受けてしまった。でも、私はここで怯むわけにはいかない。

「駄目です。私、一人で行きますっ」

 もはやプランなど、どうでも良い。

 いや、そもそも私が綿密な計画を練って実行するということ自体が間違っていたのだ。身の程知らずだったのだ。

 でも、譲れないものは譲れない。駄々っ子と思われようが、ワガママと思われようが、反抗期と思われようが目的が達成できるのなら構わない。

 けれど、私の主張は4人には届かなかった。

「そのようなことできかねます」
「あー無理無理」
「あはっ、面白い冗談ねぇー」
「わたくし、今の言葉は聞かなかったことにさせていただきます」

 みんな揃いも揃って、まったく………。
 
 悔しくて、もどかしくて。強い苛立ちが募り、ぎりっと奥歯が鳴る。

 でも、こうなったら仕方がない。一番望まない形だけれど、これで妥協してもらおう。

「わかりました。でも、私が一番前を歩きます。皆さんは、どうか後ろを歩いてくださいっ。それが駄目なら、私、どんな手段を使っても、一人で洞窟に行ってやるっ!!」

 だんっと足を足を踏み鳴らして、そう叫ぶ。

 4人といえば、互いの顔を見合わせている。ああ、きっと以前の私はこんなこと、言ったことなかったんだろうな。そんなことをふと思う。

 でも、皆が足を止めてくれる間に私は歩き出す。そして、皆を追い越すことに成功した。

 そうすれば、後ろから慌てて4人の足音が追ってくる。でも、私を追い抜くことはしない。それにほっと安堵の息を漏らす。良かった。そう、それで良い。

 きっと皆には私の言動は意味不明でバカみたいに見えるかもしれない。だけど、私にとっては、こうするのが、おそろしい運命から逃れる、ただ一つの手だて。

 洞窟の入り口は、もう目の前。

 私は足を止めて、強く拳を握る。そして声には出せないけれど、皆に必死に伝える。今度は私が頑張るから。皆の盾になるから。絶対に生きてここから出すから。───そうしたら、きっと運命を変えることができるから、と。

 だからどうかお願い。私の前を、絶対に歩かないで。

 そんなことを強く祈りながら、私は暁の洞窟へと足を踏み入れた。
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