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終焉の始まり

ただいまとおかえりなさい①

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 宵闇にお日様が現れたかのような見事な金色の髪。そして、中身が入ってないのかと心配する程くびれたウエスト。そして同性でも、思わず無意識に視線がいってしまうというか、どさくさに紛れてちょっと触ってみたい欲求に駆られる豊満なバスト。

 少し離れた場所で私を見下ろすそんな美貌を持つ女性は、深い闇に堕ちてしまったはずの人。でも私が待ちわびた人───まごうこと無きユズリだった。

 そう、全てを投げ捨てて消えようとしたユズリは、もう一度戻ってきてくれたのだ。

 また会えた。それを実感した途端、嬉しさで涙が溢れてくる。しかしユズリが開口一番に私に伝えたのは────。

「スラリス、てきぱき動くところは、あなたの良いところよ。でも、深く考えずに、すぐに行動に移してしまうのは、ちょっと玉にキズなところね。そろそろ落ち着きを持ちなさい」

 という、まさかのダメ出しだった。じわりと浮かんだ涙が秒で乾いたのは言うまでもない。

 いきなり始まったお小言は耳が痛いはずなのに、聞きなれたそれがたまらなく嬉しい。でもやっぱり、斜め上を行くその発言に驚きは隠せない。

 そんな、嬉しさと驚きが入り混じった私を無視して、ユズリことメイド長のお小言は更に続く。

「この前も慌てて鍋つかみを持たずに、熱いスープ鍋を素手で持とうとしたでしょ?それから、リオンに呼ばれて足元をちゃんと見てなかったせいで、掃除道具をぶちまけたでしょ?」
「い、いやあれは、その……」
「言い訳はよろしい」

 しどろもどろに口を挟んだ私だったけれど、ぴしゃりと一喝され、条件反射で【申し訳ありませんっ】と頭を下げる。

 そんな私にメイド長は、いつも通り【次から気を付けましょう】と、にこりと笑みを浮かべて終わりにしてくれた。もちろん、私は元気よくはいと返事をする。

「で、さっきの相談事だけどね」

 すっきりした表情でユズリは、途中投げになってしまっている私の相談についても、きちんとアドバイスをしてくれた。けれど、それはちょっとぶっ飛んだ内容だった。

「悪いことをしたと思ったら、ごめんなさいしかないでしょ?うじうじ悩んでいる暇があるなら、さっさと謝りなさい。そうね……有り得ないと思うけど、もしこじれたら、キスの一つでもしてあげればいいわ。大丈夫、機嫌なんてすぐに治るわ。ま、その後、どうなるかは別の意味で責任取れないけれどね」
「はい!?」

 くらりと眩暈がしそうな可憐なウィンクで締めくくられた提案に、素っ頓狂な声をあげてしまう。

 そんな解決方法なんて考えもつかなかったし、まさかユズリからそんな提案が出るなんて思ってもみなかった。鏡なんて見なくても分かる。私は今、首まで真っ赤だ。

「あらやだ……キスごときで真っ赤になって、初々しいわ。って……まさか、二人とも、何もしてないの!?」

 信じられないと両手で口元を覆いながら、ユズリは後ずさりながら、私とレナザードを交互に見つめる。そして視線を3往復した後、ユズリはレナザードに視線を止め、口を開いた。

「スラリスが奥手なのはわかるわ。でもお兄様、そんなスラリスに合わせてたら一生何もできないわよ。っていうか、もしかして、お兄様、長年想い過ぎて、まさかあっちの方が不能に────」
「黙れっ、ユズリ!!」

 噛みつくように叫んだレナザードに、反射的にびくりと身を竦ませてしまう。でも、どうしても聞きたいことがある。

「あの何が不能なんですか?」
「───…………スラリス、何でもない。幻聴だ」
「あらお兄様ったら、お顔が真っ赤よ」
「ユズリ、いい加減にしろっ」

 そうレナザードが叫んだと同時に、大きな手が私の両耳をすっぽりと覆った。

 私に聞かせたくない内容なのだろうか。両耳を塞がれてしまい、ユズリが何を言っているのか聞き取れない。ちなみにレナザードの声は微かに聞こえる。【これ以上言うと本気で怒るぞ】とか【いい加減黙れ】とか。

 これは推理する必要もない。アレだ、二人は兄弟喧嘩をおっぱじめたのだ。

 突然始まったこの状況に、下世話な好奇心がむくりと湧き出てしまう。美男美女が繰り広げる兄弟喧嘩をちょっと聞いてみたいとレナザードの手をそっと押しのけようとする。

 けれど、私の耳を覆っている両手はまったくもって動かない。でも、押さえ付けられている耳は全然、痛くない。この絶妙な力加減に凄いなと素直に感心してしまう。

 微動だにしないこの手を剥がすことを諦め、無声映画のような兄弟喧嘩を見ながら、気付いてしまう。レナザードに怒鳴られながらころころと可笑しそうに笑うユズリが、ほんの少しだけぎこちないことを。

 絶対に嫌だけれど、ユズリはこのまま誰の言葉にも耳をかさず、闇に堕ちたままでいるという選択肢があった。深い闇に堕ちてしまえば、これ以上自分は傷付かないで済むし、嫌なものを見なくて済む。

 それに私を殺してレナザードに消えない傷を残す選択肢だってあった。レナザードにたかるコバエよろしく私を排除してもよかった。でも、しなかった。私を試すようなことはしたけれど、殺意はなかった。

 ユズリは選んだのだ。レナザードの妹でいることを。

 それは虚勢?強がり?ううん、違う。そんなものではない。

 ユズリは伝えることができない想いを、家族に向かう愛へと置き換えて、誰もが傷付かない優しい嘘を付いてくれているのだ。私はそれをちゃんと分かっている。

 でも、私はそれを一生レナザードに伝えることはしないだろう。 
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