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季節外れのリュシオル

突然の雨とあの人との邂逅②

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 レナザードの隣に腰かけた途端、彼は無言で席を立った。
 
 ……やはり私の隣に座るのは嫌だったのだろうか。傷付いても構わないと思ったが、こうも早いとさすがに心のダメージは半端ない。

 でもこうなることは、ほんのちょっとだけ予測していたので、レナザードに対して気遣う余裕は残っている。

 きっと彼も言い出してしまった手前、やっぱり無理とは言いずらいだろう。ここは一つ私から、何となくその場を締めくくる魔法の言葉【じゃ、そういうことで】を使って、この場を去ろうか。それとも潔く【去れ】という言葉を受け止めるべくこのままでいるべきなのだろうか。そんなことを一瞬の間に考えていたら、彼の手が洗濯物が入った籠に伸びていった。

 そして一番上のシーツを手に取り、私の頭に被せようとしたのだ。

「駄目です!」

 思わず大きな声を出してしまった。

 それは私に触らないでという拒絶の意味ではなく、洗い立てのシーツを汚さないでという意思表示。
 
 そして自分でも驚くほどの俊敏な動作で、レナザードの手からシーツをもぎ取り籠の中に放り込んだ。

 ………危なかった。あのままぼんやりしていたら、私の濡れた髪のせいで洗いたてのシーツを汚すところだった。私の髪は自然放置すれば乾くけれど、シーツはそうはいかない。屋敷の住人達の大切なものだ。もう一度洗い直さないといけない。

 二度手間───それはメイドからしたら減給に次ぐ嫌いな言葉であり、持ち場を選ばず嫌いなお仕事ワースト1位なのだ。

 もちろんこの屋敷の主様にとったら、そんなことは知らなくても良いことだ。………良いことだけれど、こちらとしては見過ごすわけにはいかないというか、何としてでも回避したい案件だ。

 しかし無事、二度手間案件を回避した途端、私ははっと我に返る。恐る恐る振り向くと、やれやれといった感じで呆れ顔のレナザードが私を見つめていた。

 もはやこれは、怒りすら通り越しているのだろう。間違いなく私はやらかしてしまった。

 天を仰ぎたくなる私に、レザナードは不思議そうに首をかしげた。

「拭かなくていいのか?濡れたままでは風邪をひくぞ」

 ………どうやらこの屋敷の主様は、あのシーツをタオル代わりに使いたかったらしい。

 メイドが手に持っていたものを断りもなく取り上げたというのに、レナザードは怒るどころか私の心配をしてくれる。彼に対して随分失礼な態度を取ったというのに……やはり、私は夢でも見ているのだろうか。

 驚いて目をぱちくりさせている私に、再び驚きが走る。なんとレナザードはおもむろに自分の上着を脱いで私によこしたのだ。

「あれを使ってはいけないのなら、これでも着ていろ」
 
 そう言っても、はいそうですかと気軽に受け取れない。

 ぞんざいに扱っても皺ができない滑らかな最高級の生地で仕立てられた上着は、本来メイドが触れて良いものではない。

 いや確かに上着を借りるのは、今回が初めてではないことは覚えている。レナザードから上着を借りるのは二回目だ。

 一回目はティリア王女を演じている時に、二人で庭を散策した際に借りた。そして今が二回目。

 ……あの、私《スラリス》なんですが、お借りして良いんですか?

 そんな問いが浮かんできたけれど、それは声を出すことなく飲み込む結果となってしまった。それは、敢えて自分から傷付きたくないという自己防衛からではない。レナザードが有無を言わさず私に羽織らせたからだ。

「少し濡れているが、それでもこのままでいるよりはマシだろう」

 驚いて、というか驚きすぎて頭が真っ白になってしまった私は、放心状態でレナザードのされるがままになっている。

 あっという間に私に上着を羽織らせ、ついでに胸の金具を止めたレナザードは、再び私の隣に腰を下ろした。

 そんな彼の姿をゆるゆると視線だけで追う。

 この季節、日差しがあれば暖かいが、日が陰ってしまえば途端に寒くなる。
 私に上着を貸し与えてしまったレザナードは、シャツ一枚で見ているこちらが寒そうだ。けれど彼は、まったく寒そうな素振りを見せず、ただ真っ直ぐ視線を庭に向けている。

 少し覗いている手首には、幾重にも宝石が連なった腕輪が今日もある。それはもう
既に彼の身体の一部のようにすんなりと嵌まっていた。

 雨音だけが響く湿った空気の中、レナザードの上着から彼の香りがふわりと漂う。あの日、庭を散策したときに嗅いだものと同じ香りがする。
 
 あの時と今とでは状況も置かれている立場も違うのに、上着を貸してくれたことも、この香りも、あの日と何も変わらない。

 あの晩全てが変わってしまったと、自分の手で壊してしまったのだと思っていた。けれど変わらないものがここにある。

 それは私が残せたものではなく、レナザードが本来持っていたもので、私ごときが壊すことができない彼の本来の人柄なのだろう。

 そんなことを考えながら、私もレナザードと同じように庭を見つめた。
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