78 / 89
終焉の始まり
朝焼け雲の迎え人
しおりを挟む
【スラリス、お迎えが来たわ】
そう呟いた少女の視線の先には一人の青年がいた。片手に剣を握りしめ、朝焼け雲のような紫がかった静かな朱色の髪を瞳をもつその人は、初めて見るはずなのに、直感であの人だとわかる。
てっきり、私は少女が言っていたお迎えとは、バイドライル国の者だと思っていた。でも、違った。少女が待ち望んでいた人物は、髪と瞳の色を夜明けの色に変えたレナザードだったのだ。
それに気付いた途端、レナザードはあっという間に姿を消し、瞬きをした瞬間、私の目の前に居た。しかもなぜか私に刃を向けていた。
「えええ!?」
ちょっと待って!とか、何するの!?とか言う前に、とりあえず、絶叫してみた。けれどレナザードは表情を変えることなく、剣を振りかざす。
ぎゃっと悲鳴を上げ堅く目を瞑った私の耳朶に、ひゅんと空気を切り裂く音が響く。そしてその音が聞こえた途端、私の身体に巻き付いていた糸が消え、全身を蝕んでいた痛みが嘘のように消えていった。
数拍遅れて、彼が私の身体に巻き付いていた見えない糸を断ち切ってくれたことに気付く。
ただ、突然のことで支えを失った私の身体は、くらりと傾きよろめいてしまう。けれどレナザードは、それも予期していたのだろう。片腕で難なく受け止めてくれた。そして加減なく抱きしめられた私は、そのまま持ち上げられ、つま先が宙に浮いてしまう。
「………間に合って良かった」
姿が変わっても、他の誰とも聞き間違いようのない、愛しい人の声がする。
絞り出すように呟いたレナザードの声は、震えていた。そして片腕で抱きしめているだけなのに、その力はとんでもなく強い。あまりの苦しさに喘ぐように息を漏らしても、緩めてくれる気配はない。
あれだけ軍勢に囲まれても、大怪我をしても、余裕綽々としていた彼なのに、まるで別人のようだ。
そんなレナザードに大丈夫と伝えたい。少女は私に殺意がなかったと伝えたい。でも、その前にどうして伝えたいことがある。
「レ、レナザードさま……苦しいです。離して下さい」
再会した恋人に向ける最初の言葉がこれとは.........。けれど、レナザードは私の訴えを無視して更に力を込める。緩む気配は一向になさそうだ。
さて困った、どうしたもんだろう、などと流暢に考えている暇はない。多分あと3秒で私はボキリと折れてしまう。感動の再会が、別の意味で涙に濡れそうだ。
そんな私の危機を救ってくれたのは、呆れと怒りが混ざった少女の声だった。
「随分遅かったわね、お兄様」
「お兄様ですか!?」
思わず叫んだ私だったけれど、二人は私の方に視線すら向けてくれない。どうやらスルーされる流れのようだ。音量とリアクションが反比例して切ない。
だからといって、もう一度声を掛ける勇気のない私はこっそり、レナザードと少女の顔を交互に見つめる。少女は灰色がかった紫色の瞳で、レナザードは紫紅色の瞳。大雑把だけれど、二人には紫色の瞳という共通点がある。
そして、ついさっき少女は【ユズリは決してレナザードと結ばれることはない】と言っていた。つまり、少女の言葉が本当なら、ユズリは実の兄に想いを寄せていたことになる。
けれど混乱を極めた今の私は、それ以上深く考えることができず【あーそうなんだぁ】と、ぼんやりとその事実を受け止めることしかできない。
ただレナザードが少女に向ける視線は、妹に向けるそれではない。兄弟喧嘩の険悪な空気を通り越して、敵対心剥きだしだ。反対に少女は腰に手を当て、柳眉を吊り上げているが、絶対に怒られることはないという自信からくる甘えを含んでいる。
「お兄様ともあろうお方が、あれぐらいの軍勢に何を手こずっていたの?まったく情けないわ。あのね、バイドライル国は、近々私達の故郷に奇襲をかけるつもりだったのよ。だから、私が先に屋敷に呼んでおきましたの。手間が省けたでしょ?褒めてくださいな。………でも、お兄様がもたもたしてくれたおかげで、こうしてスラリスと最後にお喋りすることができて、私、嬉しかったわ」
えええ?もう何が何だかわからない。
二転三転する展開について行けず、私はレザナードの腕に抱かれたまま、あんぐりと口を開けて少女を見つめることしかできない。
そんな間抜け顔の私を無視して、話はどんどん進んでいく。
「お兄様、私、ちょっとお節介かもしれませんが、ヘタレなお兄様に替わって、私達の一族の事、彼女に全部お伝えしちゃいました。ふふっ、お兄様、そんな怖い顔をなさらないで。安心してください、スラリスは怯えるどころか、私とユズリが喧嘩しないの?なんて馬鹿なことを聞いてくれたわ。だからお兄様の本当の姿を見ても、スラリスは動揺一つしないでしょ?」
いや、若干動揺しています。なんて素直に言える空気ではなさそうだ。
あらぬ方へ視線を泳がす私に、少女は気付いていないのか悔しそうに口を尖らせながら言葉を続けた。
「本当は、ちょっとでも怯えたりしたら、屋敷から追い出そうと思っていたし、軽蔑したらすぐさま殺して差し上げようと思っていたんですけれど……やっぱりお兄様が選んだ女性だけあるわ。素敵な女性ね」
少女の語る言葉に、ちゃんと考えなければいけないと思いつつも、私は既に絶賛キャパオーバー中だ。そんな私は、現在進行形で半径5メートルの基準でしか物事を考えられず【あー、ユズリは重度のブラコンだったんだ。ちょっと以外だなぁ】と、どうでもいいことを考えてしまう。
けれど、これまた現在進行形で私を軽々と片腕で抱えているその人は、少女の話を理解しているようで、静かに口を開いた。
「そうか......お前の言うことが全部本当だとしたら、なぜ、ユズリは闇に堕ちた?」
自分に問い掛けられた訳じゃないのに、身体が強張ってしまう。そして、いや、それ聞いちゃうの!?と、思わずぎょっと目をむいた私だったけれど、少女はレナザードの問いに、人差し指をぴんと立てて唇に押し当てながら、いたずらっ子のような笑みを浮かべ、くすくすと肩を揺らしてこう言った。
「内緒ですわ」
「ふざけるなっ」
噛みつくように叫んだレナザードに、少女は飄々とした笑みを浮かべた。
「あいにく、その事情はユズリと私の秘密なので、大好きなお兄様でも教えることはできませんわ。ごめんなさい」
そしてものすごい速さでこちらを向いた少女は【いらんことを喋ったら、ぶっ殺す】と目で訴える。………本気の殺意と共に。
もちろんそんなつもりはない私は、高速で何度も頷いた。そして、レナザードからも視線を逸らす。
チェス盤をひっくり返したような訳のわからない状況だけれど、今、絶対にレナザードと目を合わせてはいけないことぐらいはわかるから。
そう呟いた少女の視線の先には一人の青年がいた。片手に剣を握りしめ、朝焼け雲のような紫がかった静かな朱色の髪を瞳をもつその人は、初めて見るはずなのに、直感であの人だとわかる。
てっきり、私は少女が言っていたお迎えとは、バイドライル国の者だと思っていた。でも、違った。少女が待ち望んでいた人物は、髪と瞳の色を夜明けの色に変えたレナザードだったのだ。
それに気付いた途端、レナザードはあっという間に姿を消し、瞬きをした瞬間、私の目の前に居た。しかもなぜか私に刃を向けていた。
「えええ!?」
ちょっと待って!とか、何するの!?とか言う前に、とりあえず、絶叫してみた。けれどレナザードは表情を変えることなく、剣を振りかざす。
ぎゃっと悲鳴を上げ堅く目を瞑った私の耳朶に、ひゅんと空気を切り裂く音が響く。そしてその音が聞こえた途端、私の身体に巻き付いていた糸が消え、全身を蝕んでいた痛みが嘘のように消えていった。
数拍遅れて、彼が私の身体に巻き付いていた見えない糸を断ち切ってくれたことに気付く。
ただ、突然のことで支えを失った私の身体は、くらりと傾きよろめいてしまう。けれどレナザードは、それも予期していたのだろう。片腕で難なく受け止めてくれた。そして加減なく抱きしめられた私は、そのまま持ち上げられ、つま先が宙に浮いてしまう。
「………間に合って良かった」
姿が変わっても、他の誰とも聞き間違いようのない、愛しい人の声がする。
絞り出すように呟いたレナザードの声は、震えていた。そして片腕で抱きしめているだけなのに、その力はとんでもなく強い。あまりの苦しさに喘ぐように息を漏らしても、緩めてくれる気配はない。
あれだけ軍勢に囲まれても、大怪我をしても、余裕綽々としていた彼なのに、まるで別人のようだ。
そんなレナザードに大丈夫と伝えたい。少女は私に殺意がなかったと伝えたい。でも、その前にどうして伝えたいことがある。
「レ、レナザードさま……苦しいです。離して下さい」
再会した恋人に向ける最初の言葉がこれとは.........。けれど、レナザードは私の訴えを無視して更に力を込める。緩む気配は一向になさそうだ。
さて困った、どうしたもんだろう、などと流暢に考えている暇はない。多分あと3秒で私はボキリと折れてしまう。感動の再会が、別の意味で涙に濡れそうだ。
そんな私の危機を救ってくれたのは、呆れと怒りが混ざった少女の声だった。
「随分遅かったわね、お兄様」
「お兄様ですか!?」
思わず叫んだ私だったけれど、二人は私の方に視線すら向けてくれない。どうやらスルーされる流れのようだ。音量とリアクションが反比例して切ない。
だからといって、もう一度声を掛ける勇気のない私はこっそり、レナザードと少女の顔を交互に見つめる。少女は灰色がかった紫色の瞳で、レナザードは紫紅色の瞳。大雑把だけれど、二人には紫色の瞳という共通点がある。
そして、ついさっき少女は【ユズリは決してレナザードと結ばれることはない】と言っていた。つまり、少女の言葉が本当なら、ユズリは実の兄に想いを寄せていたことになる。
けれど混乱を極めた今の私は、それ以上深く考えることができず【あーそうなんだぁ】と、ぼんやりとその事実を受け止めることしかできない。
ただレナザードが少女に向ける視線は、妹に向けるそれではない。兄弟喧嘩の険悪な空気を通り越して、敵対心剥きだしだ。反対に少女は腰に手を当て、柳眉を吊り上げているが、絶対に怒られることはないという自信からくる甘えを含んでいる。
「お兄様ともあろうお方が、あれぐらいの軍勢に何を手こずっていたの?まったく情けないわ。あのね、バイドライル国は、近々私達の故郷に奇襲をかけるつもりだったのよ。だから、私が先に屋敷に呼んでおきましたの。手間が省けたでしょ?褒めてくださいな。………でも、お兄様がもたもたしてくれたおかげで、こうしてスラリスと最後にお喋りすることができて、私、嬉しかったわ」
えええ?もう何が何だかわからない。
二転三転する展開について行けず、私はレザナードの腕に抱かれたまま、あんぐりと口を開けて少女を見つめることしかできない。
そんな間抜け顔の私を無視して、話はどんどん進んでいく。
「お兄様、私、ちょっとお節介かもしれませんが、ヘタレなお兄様に替わって、私達の一族の事、彼女に全部お伝えしちゃいました。ふふっ、お兄様、そんな怖い顔をなさらないで。安心してください、スラリスは怯えるどころか、私とユズリが喧嘩しないの?なんて馬鹿なことを聞いてくれたわ。だからお兄様の本当の姿を見ても、スラリスは動揺一つしないでしょ?」
いや、若干動揺しています。なんて素直に言える空気ではなさそうだ。
あらぬ方へ視線を泳がす私に、少女は気付いていないのか悔しそうに口を尖らせながら言葉を続けた。
「本当は、ちょっとでも怯えたりしたら、屋敷から追い出そうと思っていたし、軽蔑したらすぐさま殺して差し上げようと思っていたんですけれど……やっぱりお兄様が選んだ女性だけあるわ。素敵な女性ね」
少女の語る言葉に、ちゃんと考えなければいけないと思いつつも、私は既に絶賛キャパオーバー中だ。そんな私は、現在進行形で半径5メートルの基準でしか物事を考えられず【あー、ユズリは重度のブラコンだったんだ。ちょっと以外だなぁ】と、どうでもいいことを考えてしまう。
けれど、これまた現在進行形で私を軽々と片腕で抱えているその人は、少女の話を理解しているようで、静かに口を開いた。
「そうか......お前の言うことが全部本当だとしたら、なぜ、ユズリは闇に堕ちた?」
自分に問い掛けられた訳じゃないのに、身体が強張ってしまう。そして、いや、それ聞いちゃうの!?と、思わずぎょっと目をむいた私だったけれど、少女はレナザードの問いに、人差し指をぴんと立てて唇に押し当てながら、いたずらっ子のような笑みを浮かべ、くすくすと肩を揺らしてこう言った。
「内緒ですわ」
「ふざけるなっ」
噛みつくように叫んだレナザードに、少女は飄々とした笑みを浮かべた。
「あいにく、その事情はユズリと私の秘密なので、大好きなお兄様でも教えることはできませんわ。ごめんなさい」
そしてものすごい速さでこちらを向いた少女は【いらんことを喋ったら、ぶっ殺す】と目で訴える。………本気の殺意と共に。
もちろんそんなつもりはない私は、高速で何度も頷いた。そして、レナザードからも視線を逸らす。
チェス盤をひっくり返したような訳のわからない状況だけれど、今、絶対にレナザードと目を合わせてはいけないことぐらいはわかるから。
0
お気に入りに追加
1,021
あなたにおすすめの小説
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。
バナナマヨネーズ
恋愛
とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。
しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。
最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。
わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。
旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。
当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。
とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。
それから十年。
なるほど、とうとうその時が来たのね。
大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。
一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。
全36話
王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐
当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。
でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。
その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。
ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。
馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。
途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。
亡くなった王太子妃
沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。
侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。
王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。
なぜなら彼女は死んでしまったのだから。
結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。
真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。
親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。
そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。
(しかも私にだけ!!)
社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。
最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。
(((こんな仕打ち、あんまりよーー!!)))
旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる