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終焉の始まり

★終焉の始まり(ケイノフ・ダーナ視点)

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 場所は変わって、ここは屋敷の食堂。テーブルの上には所狭しと、ごちそうが並んでいる。もちろん女子が好むローカロリーかつ野菜中心の料理で。

 けれど女子が好む料理は並んではいるが、この食堂には女子と呼べる人間は一人もいない。いるのは、武骨な男と頑張れば女装が似合う男がいるだけ。

「………はぁーぁ、主のせいで、せっかくの晩餐が台無しじゃねえか」

 ここにはいない主ことレナザードに悪態をつくのは、武骨な男のほうのダーナ。晩餐らしく、意気込んで盛装したものの、この衣装は逆に虚しさが倍増している。

「仕方がありませんよ。今朝あんなことがあったのですから。私達にも顔を合わせずらいでしょう」

 そう淡々と言い放つのは、女装が似合うほうのケイノフ。彼も悟りきった口調とは裏腹に、白衣を脱いで盛装している。その理由はダーナと同じ。

 とっぷり日が暮れた後、ケイノフとダーナは、二人っきりでテーブルを囲んでいた。いわゆる男子会というものだ。双方望んではいないようだが。

 それでも、最近のスラリスの話題と上質な酒があれば、それなりに会話は進むもの。

「さて、これからどうなることやら………。とうとう賭けの勝敗が、わからなくなっちまったな。予定変更、俺、全力でスラリスの事、口説き落とそうか?」

 ダーナはグラスを傾けながら自分の目の前にいる同胞に向かって、口の端を持ち上げる。

「どうなることもありませんよ。既に勝敗は決したようなもの。今更、横槍を入れるなんて、やめなさい。馬にでも蹴られたいんですか?」

 涼しい顔で、ケイノフはダーナの言葉をさらりと受け流す。もちろんダーナも本気でスラリスを口説くつもりはない。

 ちなみにスラリスに対して恋慕の情が持てないからというわけではなく、どう頑張ってもライバルが太刀打ちできない相手だから。

 それに主との賭けの期日である2ヶ月は、もう目の前だ。時期的にも、口説き落とすには時間が無さすぎる。

「……………俺ら、結構頑張ったよな?」
「……………まあ、努力はしましたよね」

 賭けを始めた日から、今日までを回想する。その全てが空回りしていた事実を飲み込んで酒を口にする。心なしか酒の味が落ちているような気がするが、そんなことは口にしない。

 そんな塩味の効いた酒を飲み干す二人だったが、同時にある一点を見つめ、表情を引き締めた。視線の先には、一人の男。

「おや、二人とも、お食事はしないで、お酒だけ飲んでいるのですか?体に悪いですこと」

 その声の主はレナザードの身に潜むものの。音もなく現れた存在に二人はグラスを置き、すぐさま臣下の礼を取る。

 例えその存在が悪しきものと呼ばれるものだとしても、もう一人の主であることにはかわらない。

 膝を付き首を垂れた二人に、悪しきものはゆったりと笑みを浮かべ口を開いた。

「腹が減っては戦はできませぬよ。二人とも早々にお食事をなさい。残された時間は少ないのですから」

 瞬間、二人は顔を見合わせた。そのまま二人は言い知れぬ胸のざわめきに、眉をひそめる。それは、人の言葉で表すなら《不安》というものであった。

 言葉はなくともケイノフとダーナは、ほぼ同時に北の方角に首をめぐらせた。
 人の目には見えぬが、はるか遠くから軍勢が押し寄せて来ている。剣と鷲を象った旗をはためかせて。そしてそれは真っ直ぐに、この屋敷に向かっている。

「………なぜこの場所が」

 ケイノフは、そこまで言って言葉を切る。隣にいるダーナも険しい表情を隠さない。なぜならこんなことはあり得ないはずだから。この場所は、強い結界を張り巡らせている。だから絶対になのに。

 そこでガチャリと扉が開き、一人の男が食堂に足を踏み入れた。と同時に、今しがたケイノフとダーナを見下ろしていた悪しきものも地に膝を付き首を垂れた。

 ここにいる全員に臣下の礼を取らせるものは一人しかいない。そう、レナザードだ。

「虫けら共が、ぞろぞろと集まってきたか」

 レナザードが低い声で呟く。それはまるで一切の感情が消え、硬い鉱物のようなものだった。ぎらりと睨んだ視線の先は、こちらに向かってくる軍勢の方向。

 そして忌々しそうに、ちっと舌打ちをすると、レナザードはその視線から離さず口を開いた。

「ケイノフ、《路》を創れ」

 《路》とは簡単にいえば、目的地まで結界で守られた安全な異空間のこと。そしてそれを創ることに長けているのがケイノフであった。

「たどり着く先は?」

 静かに問うたケイノフに、レナザードは小さく息を付く。

「……スラリスの同胞の元に。アスラリアの民のところに連れていけ」

 その短いやり取りで、それが誰のためのものなのかを、ここにいる者たちは理解する。この屋敷で唯一異形の者ではない、スラリスの為の路。

「《言霊》はいかがいたしますか?」

 ケイノフが口にした《言霊》とは言いかえれば、路を創る為に必要な代価のこと。それは髪などの身体の一部であったり、路を通るものに課す動作の制限でもあったりする。

「振り返らない、だ」

 レナザードの吐いた言葉に、ケイノフは息を呑む。

 それは単純に路を通る際の制限ではない。もっと深い意味が込められている。【過去を振り返らない】とも取れるし、【背を向ける】という意味にもとれる。主はもう二度と彼女に会わないつもりなのだろうか。

「主、本当にそれで良いのですか?」

 思わず口を開いたケイノフに、レナザードは何も言わない。ほんの少し口元を歪めただけだったが、それは諦めた笑いにも、途方に暮れたようにも、今にも泣きそうな顔にも見えた。

 その顔を見て、ケイノフは自分が賭けに負けてしまったことを知る。そして自分の主が、揺るがない決断を下したことを知る。この二か月という時間をなかったことにするということを。

 けれど主がそれを選んだのなら、側近であるケイノフとダーナはそれに従うまで。

「御意に」

 そう頷けば、自分達には穏かな時間は許されないことを思い知らされる。この二ヶ月は天がきまぐれで与えてくれた時間に過ぎないのだ。剣を手に血をあびる時間こそが、本当の日常。

 そしてそれにスラリスを巻き込んではいけない。彼女は普通の人間なのだ。自分たちとは違う。共に過ごしたからわかる、穏やかな生活こそが、彼女には一番よく似合う。

 ケイノフが首肯したのを見届けると、レナザードは食堂を後にした。向かう先はスラリスの部屋。………彼女に別れを告げるために。

 その時ケイノフとダーナは悟った。────これはだれも望んでいない終焉の始まりだと。

 ただ、悪足搔きかもしれないが、スラリスに一縷の望みを賭けてしまう。どうか主の手を取って欲しい、と。
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