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女同士の仁義なき争い

35.帰り道での内緒話【優梨目線】

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 とある異世界の未来のお姫様を見送り、角を曲がった瞬間、並んで歩いていた彼がふいに指を絡ませた。その流れるような仕草に驚いて見上げれば、今度はついばむような口づけが落とされる。

 不意打ちが続いたせいで、途端に真っ赤になった私に今度はさっきまでとは別人のような熱を孕む声が耳元で囁かれる。

「……可愛い」

 それは、ありきたりな言葉のはずなのに、彼の口から紡がれると特別な響きになる。ぞくりと背中から這い上がる震えを誤魔化すように、私はまったく関係ない言葉を口にした。

「家まで送らなくて大丈夫だったの?」

 誰と言わなくても彼はすぐに気付いてくれる。くすりと笑った彼は大丈夫と前置きしてこう言った。

「あの人が大人しく待っているはずないよ。家まで送るなんて、野暮なことできないさ」

 彼の言うあの人とは、私の通う大学の同期生で同じゼミ仲間。そしてとある異世界の無駄に長ったらしい国の王子様のこと。

 付け加えるなら、甘い見た目とは裏腹に、幼馴染を溺愛して早数年、でも両想いになれない残念王子のことだ。

「確かに、そうね」

 言われてみれば間違いない。残念王子は絶対に家の前で待ち伏せしているに違いない。極端な心配性による過保護だと言えば響きは良いけれど、あれはもうストーカーの域だ。

 そんな過保護というか、他の異性を寄せ付けないよう必死になっているけれど、実はお互いがお互いに片思い中なのは一目瞭然。なので傍から見たら、その姿はかなり滑稽で、ほほえましい。けれど───

「じゃ、もしかして、水樹ちゃん、西崎君に告白しているのかな?」

 野暮なこととは承知の上で敢えて口にしてみる。お節介な発言なのは分かっているけれど、何か話していないと彼はすぐにキスをしようとしてくるから。

「んー……そうだったらいいけどね」

 心ここにあらず、といった感じで彼は私の腰に腕を回す。どうやら自分が忠誠を誓った王子様の恋愛事情より、今のこの時間を優先させたいようだ。それは女性としたら嬉しいけれど、それでいいのかな?とも考えてしまう。

 異世界の騎士には休みが無い。24時間365日ずっとずっと帯剣をして、主に仕えなければならない。日本で育ってきた私には想像を絶する勤務形態で、それはブラック企業より酷い扱いだ。

 でもそれについて不満をぶつけたりはしない。彼と付き合う上で、日本の常識を押し付けるのは大きな間違いだから。

 私の恋人の名前はレイムという。
 レイムは異世界の王子様付きの側近で、いわゆる騎士と呼ばれる存在らしい。騎士という職業がどういうものなのかわからないし、残念だけど私はその異世界というところに行ったことはないから、実際にこの目で彼の騎士姿を見た事は一度もない。

 そんなレイムとは、本当に偶然の出会いだった。
 ゼミにほとんど参加しない王子様こと西崎君に痺れを切らした私が、駅で待ち伏せて怒鳴りつけた……その時、すぐ傍にいたのがレイムだったのだ。

 堪忍袋の緒が切れた私は、レイムから見たら絶対に凶暴な女と思われただろう……最悪の出会いだった。

 目を丸くする西崎君の横で、カラカラと笑い声を立てたレイムに一目ぼれしたのが、この恋の始まり。それから両想いになるまで1年ちょっと。

 両想いになるまでは、私も水樹ちゃんと同じようにあーでもない、こーでもないと一人ヤキモキする毎日が続いて、ずっとずっと空回りばかりしていた。

 これは水樹ちゃんには内緒だけど、一回目の告白はあっけなくフラれてしまった。もちろんそれは、レイムが異世界人ということは知らなかったからということで。

 そしてレイムが異世界の住人と知っても、驚くくらい自分の気持ちは変わらなかった。

【あのね、優梨ちゃんの恋を応援したいけれど、ちょっとこの恋は辛いわよ】

 二度目の告白の前に、西崎君のお母さんで異世界の王妃様は私の為を思ってそんな助言をしてくれた。そこで諦められる恋なら、一回目の告白でフラれた時にあっけなく終わらせることができた。つまり、私は手に負えないくらいレイムにぞっこんで、彼以外考えられない程、特別な存在になっていた。

 そしてすったもんだの挙句、想い合えた今でもあの頃の気持ちは色褪せることなく、逢えばたまらなく嬉しくて、でもほんの少しだけ切ない。

「優梨、大丈夫、まだ一緒にいられるよ」

 そんな寂しい気持ちが顔に出ていたのだろうか、私の腰に回した腕に少し力を込めてそう囁く。

「……好きだよ、優梨」

 耳元で吐息と共に吐き出された声には熱がこもり、短い言葉でも凝縮した気持ちが痛いほど伝わってくる。そう、レイムは、逢えば必ず気持ちを言葉にしてくれる。

 でも、レイムの居る世界はメールも届かなければ、王族の血を引いていない異世界人同士はどんなに深くつながっても転移をすることはできない近くて遠い異世界。

 次に彼に会えるのはいつだろう。
 
 西崎君は自分の恋愛がうまくいかないからといって、人の恋路を邪魔するような狭小な人ではない。私が彼に会いたいと訴えれば、二人で過ごせる時間を作ってくれる。

 けれどそれに甘えるのを良しとしないレイムがいる。そしてそんな彼を理解したいと思う私がいる。

 好きだから毎日逢いたい。同じ時間を共有して、同じものを見たり食べたりして、楽しく過ごしたい。付き合い始めた彼氏彼女なら当たり前に願うこと。でもそんなささやかな願いでも私にとったら過ぎたるもの。

『私の殆どは、王子の為にあります。けれど、わずかに残る全部を優梨に捧げます』

 これがレイムが私にできる精一杯の誠実さなのだろう。
 
 嘘偽りなく向き合ってくれるレイムを心から愛おしく感じる。でもほんの少しだけ寂しい。けれど、想いは常に一対一であるとは限らない。だから足りない部分は私が補えばいいだけのこと。

「私、水樹ちゃんのこと大好きよ」
「それは何より」

 目を細めて頷いたレイムに、私も笑みを返す。その笑みの中にある決意が秘められていることを彼は気付いているのだろうか。

 実は今日、水樹ちゃんと会って決めたことがある。

 一つ目は、水樹ちゃんの恋を全力で応援すること。
 二つ目は、2年後、私はレイムの居る世界へと押しかけるつもり。

 大学を卒業するまであと2年。その先の進路も人生も、全て自分が決められる年齢になる。そうなったらもう待たないし、レイムと共に生きていく。

 そしてレイムが仕える王子の隣には、あの可愛らしい少女がいて欲しい。

 これは私の我儘で、大学の同期を応援する気持ちで、そしてワーカーホリックの彼が少しでも休めるようにとのささやかな願い。でも私の一大決心をレイムに伝えるのはもう少し先にしたい。


 私の腰に腕を回しながら歩くレイムに、離れたくない、ずっと傍にいたいと言えない代わりにそっと手を伸ばし、その頬を包み込む。

「レイム、大好きよ」

 かすれた声でそう想いを伝えれば、レイムの楽しげに笑う低くかすれた声の後、甘い吐息が私の耳朶をくすぐる。

「俺もだよ、優梨」



 そして私達は月光の下、限られた甘い時間を貪るように刻み続ける。
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