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お隣さんの秘密
3.西崎家の池はどこでもドア
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ノリと勢いで隆兄ちゃんは、まだカミングアウトをしたいらしい。私としたらもうお腹いっぱいなので、お断りしたい。
けれど、付いてこいと腕を引っ張られて、西崎家に強制的にお邪魔する。ちょっと待って、隆兄ちゃんはサンダルだからすぐ上がれるけど、私はローファーなんだよ。無理やり引っ張らないで。
一足目は何とか玄関で脱げたけど、もう片方は間に合わず廊下に踏み入れた状態で、とんとんと片足を浮かしながらニ足目を脱ぐ。結局、靴は玄関に放り投げるように落としてしまったので、揃えることができなかった。多分、後でおばさんに叱られるなコレ。絶対、隆兄ちゃんに謝ってもらおう。
キッと隆兄ちゃんの背中を睨みつけるが、隆兄ちゃんはそんなことお構いなしに台所に入る。私も一歩足を踏み入れたら、隆兄ちゃんのお母さんことおばさんが夕飯の準備をしていた。
「お、邪魔します」
「あら、水樹ちゃん、いらっしゃい」
エプロン姿で台所に立つおばさんは、普段着なのに今日も憧れるほど美人だ。
「母さん、ちょっとあっちまで行ってくる」
「え、嘘でしょ!?」
おばさんは、お玉を持ったまま、目を丸くした。
「やだ、早く言ってよ。今日の夕飯、水樹ちゃんの好きな唐揚げなのに」
瞬間、私は両足に力を入れて踏ん張った。
「隆兄ちゃん、嫌だ。私行かない!唐揚げ食べる!!」
「お前、ふざけるな!俺のカミングアウトより、唐揚げの方が大事なのか!?」
「もうカミングアウトしたじゃん。大丈夫、厨二病だって幻滅したりしないよ。そこそこイケメンなんだから、それはそれで生きていけるから」
「だから、違うって!!」
そう言いながらも、隆兄ちゃんは私の腕を掴んだまま台所を横断して勝手口に向かう。ああ、唐揚げが遠のいていく。
「水樹、約束する。夕飯までには帰るから、唐揚げに間に合わせるから、行くぞっ」
「本当だね。約束だよ!ってどこ行くの?……うわぁ!」
勝手口を開けた隆兄ちゃんは、私を両手で担ぎ上げた。そして隆兄ちゃんはもう一度、おばさんに行ってきますと声を張り上げて庭に出た。
遠くから、おばさんの『お父さんにも伝えといてね』というのんびりした声が聞こえてきた。
おばさんは隆兄ちゃんが向かう先を知っているらしい。そしてそこには、おじさんもいるらしい。で、一体どこに行くのだろう。でもそれは、隆兄ちゃんが5歩進んだところで判明した。
「じゃ、行くか」
「どこに!?・・・私には、池にしかみえないけど・・・」
「行けばわかる。ぐだぐだ言ってないで、しっかり掴まっとけよ」
「ちょちょちょ、待って!まさか飛び込む気!?」
隆兄ちゃんは、気でも触れたのだろうか。それとも、私を池にぶち込む気なのだろうか。できれば後者にして欲しい。前者だったら私ではどうすることもできない。隆兄ちゃん、正気に戻って!
でも池に放り込まれても色んな意味で心配はするけど、隆兄ちゃんとの絆が壊れたりすることはない。今よりもっともっと小さかった頃、私は子供ゆえの無知と無邪気さで、隆兄ちゃんに相当な無茶ぶりをして来たのだ。池にダイブするくらい、どうということはない。
それに初夏のこの陽気で水浸しになっても、もう風邪の心配はしなくていい。それに、明日からは連休だから、制服だってクリーニングに出せる。・・・でも、できれば両方とも、ごめんこうむりたいのが本音である。
というわけで、私は隆兄ちゃんに頭を両手でがっと抱えて、力の限り叫んだ。
「隆兄ちゃん、お願い。落とさないで!」
「大丈夫。しっかり掴まってろ」
「え、隆兄ちゃんも池に飛び込むの!?」
「当たり前だろ」
「なんで!?」
「そりゃ───」
別の世界に行くんだから。
そう事も無げに言い切って、隆兄ちゃんは私を抱えたまま池に飛び込んだ。
池に入れば、バシャンと水独特の衝撃がある。全国世界中どこでも共通だ。でも、なぜか西崎家の池は、ほわんと体が浮くような不思議な衝撃の後、くるりと体ごと回転するような無重力の感覚が全身を包んだ。
時間にして1分も満たなかったと思う。でも、私にとったら気の遠くなるような時間だった。
「───水樹、もう目を開けていいぞ」
隆兄ちゃんの声に、おずおずと目を開ける。
そこは、一面ステンドグラスに囲まれた空間で、床一面が水になっている。そこに隆兄ちゃんは私を抱えたまま立っていた。────そう、水の上に立っているのだ。つま先すらも水には浸からずに。
おずおずと隆兄ちゃんを見つめる。隆兄ちゃんの髪の色は、ブラウンアッシュ色になっていた。
その時、すとんと胸に落ちた。ここは 別世界────所謂、異世界と呼ばれるところだった。
そしてこれこそが隆兄ちゃんの最大のカミングアウトだったのだろう。
けれど、付いてこいと腕を引っ張られて、西崎家に強制的にお邪魔する。ちょっと待って、隆兄ちゃんはサンダルだからすぐ上がれるけど、私はローファーなんだよ。無理やり引っ張らないで。
一足目は何とか玄関で脱げたけど、もう片方は間に合わず廊下に踏み入れた状態で、とんとんと片足を浮かしながらニ足目を脱ぐ。結局、靴は玄関に放り投げるように落としてしまったので、揃えることができなかった。多分、後でおばさんに叱られるなコレ。絶対、隆兄ちゃんに謝ってもらおう。
キッと隆兄ちゃんの背中を睨みつけるが、隆兄ちゃんはそんなことお構いなしに台所に入る。私も一歩足を踏み入れたら、隆兄ちゃんのお母さんことおばさんが夕飯の準備をしていた。
「お、邪魔します」
「あら、水樹ちゃん、いらっしゃい」
エプロン姿で台所に立つおばさんは、普段着なのに今日も憧れるほど美人だ。
「母さん、ちょっとあっちまで行ってくる」
「え、嘘でしょ!?」
おばさんは、お玉を持ったまま、目を丸くした。
「やだ、早く言ってよ。今日の夕飯、水樹ちゃんの好きな唐揚げなのに」
瞬間、私は両足に力を入れて踏ん張った。
「隆兄ちゃん、嫌だ。私行かない!唐揚げ食べる!!」
「お前、ふざけるな!俺のカミングアウトより、唐揚げの方が大事なのか!?」
「もうカミングアウトしたじゃん。大丈夫、厨二病だって幻滅したりしないよ。そこそこイケメンなんだから、それはそれで生きていけるから」
「だから、違うって!!」
そう言いながらも、隆兄ちゃんは私の腕を掴んだまま台所を横断して勝手口に向かう。ああ、唐揚げが遠のいていく。
「水樹、約束する。夕飯までには帰るから、唐揚げに間に合わせるから、行くぞっ」
「本当だね。約束だよ!ってどこ行くの?……うわぁ!」
勝手口を開けた隆兄ちゃんは、私を両手で担ぎ上げた。そして隆兄ちゃんはもう一度、おばさんに行ってきますと声を張り上げて庭に出た。
遠くから、おばさんの『お父さんにも伝えといてね』というのんびりした声が聞こえてきた。
おばさんは隆兄ちゃんが向かう先を知っているらしい。そしてそこには、おじさんもいるらしい。で、一体どこに行くのだろう。でもそれは、隆兄ちゃんが5歩進んだところで判明した。
「じゃ、行くか」
「どこに!?・・・私には、池にしかみえないけど・・・」
「行けばわかる。ぐだぐだ言ってないで、しっかり掴まっとけよ」
「ちょちょちょ、待って!まさか飛び込む気!?」
隆兄ちゃんは、気でも触れたのだろうか。それとも、私を池にぶち込む気なのだろうか。できれば後者にして欲しい。前者だったら私ではどうすることもできない。隆兄ちゃん、正気に戻って!
でも池に放り込まれても色んな意味で心配はするけど、隆兄ちゃんとの絆が壊れたりすることはない。今よりもっともっと小さかった頃、私は子供ゆえの無知と無邪気さで、隆兄ちゃんに相当な無茶ぶりをして来たのだ。池にダイブするくらい、どうということはない。
それに初夏のこの陽気で水浸しになっても、もう風邪の心配はしなくていい。それに、明日からは連休だから、制服だってクリーニングに出せる。・・・でも、できれば両方とも、ごめんこうむりたいのが本音である。
というわけで、私は隆兄ちゃんに頭を両手でがっと抱えて、力の限り叫んだ。
「隆兄ちゃん、お願い。落とさないで!」
「大丈夫。しっかり掴まってろ」
「え、隆兄ちゃんも池に飛び込むの!?」
「当たり前だろ」
「なんで!?」
「そりゃ───」
別の世界に行くんだから。
そう事も無げに言い切って、隆兄ちゃんは私を抱えたまま池に飛び込んだ。
池に入れば、バシャンと水独特の衝撃がある。全国世界中どこでも共通だ。でも、なぜか西崎家の池は、ほわんと体が浮くような不思議な衝撃の後、くるりと体ごと回転するような無重力の感覚が全身を包んだ。
時間にして1分も満たなかったと思う。でも、私にとったら気の遠くなるような時間だった。
「───水樹、もう目を開けていいぞ」
隆兄ちゃんの声に、おずおずと目を開ける。
そこは、一面ステンドグラスに囲まれた空間で、床一面が水になっている。そこに隆兄ちゃんは私を抱えたまま立っていた。────そう、水の上に立っているのだ。つま先すらも水には浸からずに。
おずおずと隆兄ちゃんを見つめる。隆兄ちゃんの髪の色は、ブラウンアッシュ色になっていた。
その時、すとんと胸に落ちた。ここは 別世界────所謂、異世界と呼ばれるところだった。
そしてこれこそが隆兄ちゃんの最大のカミングアウトだったのだろう。
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