上 下
3 / 40
お隣さんの秘密

3.西崎家の池はどこでもドア

しおりを挟む
 ノリと勢いで隆兄ちゃんは、まだカミングアウトをしたいらしい。私としたらもうお腹いっぱいなので、お断りしたい。

 けれど、付いてこいと腕を引っ張られて、西崎家に強制的にお邪魔する。ちょっと待って、隆兄ちゃんはサンダルだからすぐ上がれるけど、私はローファーなんだよ。無理やり引っ張らないで。

 一足目は何とか玄関で脱げたけど、もう片方は間に合わず廊下に踏み入れた状態で、とんとんと片足を浮かしながらニ足目を脱ぐ。結局、靴は玄関に放り投げるように落としてしまったので、揃えることができなかった。多分、後でおばさんに叱られるなコレ。絶対、隆兄ちゃんに謝ってもらおう。

 キッと隆兄ちゃんの背中を睨みつけるが、隆兄ちゃんはそんなことお構いなしに台所に入る。私も一歩足を踏み入れたら、隆兄ちゃんのお母さんことおばさんが夕飯の準備をしていた。

「お、邪魔します」
「あら、水樹ちゃん、いらっしゃい」

 エプロン姿で台所に立つおばさんは、普段着なのに今日も憧れるほど美人だ。

「母さん、ちょっとあっちまで行ってくる」 
「え、嘘でしょ!?」

 おばさんは、お玉を持ったまま、目を丸くした。

「やだ、早く言ってよ。今日の夕飯、水樹ちゃんの好きな唐揚げなのに」

 瞬間、私は両足に力を入れて踏ん張った。

「隆兄ちゃん、嫌だ。私行かない!唐揚げ食べる!!」
「お前、ふざけるな!俺のカミングアウトより、唐揚げの方が大事なのか!?」
「もうカミングアウトしたじゃん。大丈夫、厨二病だって幻滅したりしないよ。そこそこイケメンなんだから、それはそれで生きていけるから」
「だから、違うって!!」

 そう言いながらも、隆兄ちゃんは私の腕を掴んだまま台所を横断して勝手口に向かう。ああ、唐揚げが遠のいていく。

「水樹、約束する。夕飯までには帰るから、唐揚げに間に合わせるから、行くぞっ」
「本当だね。約束だよ!ってどこ行くの?……うわぁ!」

 勝手口を開けた隆兄ちゃんは、私を両手で担ぎ上げた。そして隆兄ちゃんはもう一度、おばさんに行ってきますと声を張り上げて庭に出た。

 遠くから、おばさんの『お父さんにも伝えといてね』というのんびりした声が聞こえてきた。



 おばさんは隆兄ちゃんが向かう先を知っているらしい。そしてそこには、おじさんもいるらしい。で、一体どこに行くのだろう。でもそれは、隆兄ちゃんが5歩進んだところで判明した。

「じゃ、行くか」
「どこに!?・・・私には、池にしかみえないけど・・・」
「行けばわかる。ぐだぐだ言ってないで、しっかり掴まっとけよ」
「ちょちょちょ、待って!まさか飛び込む気!?」

 隆兄ちゃんは、気でも触れたのだろうか。それとも、私を池にぶち込む気なのだろうか。できれば後者にして欲しい。前者だったら私ではどうすることもできない。隆兄ちゃん、正気に戻って!

 でも池に放り込まれても色んな意味で心配はするけど、隆兄ちゃんとの絆が壊れたりすることはない。今よりもっともっと小さかった頃、私は子供ゆえの無知と無邪気さで、隆兄ちゃんに相当な無茶ぶりをして来たのだ。池にダイブするくらい、どうということはない。 
 それに初夏のこの陽気で水浸しになっても、もう風邪の心配はしなくていい。それに、明日からは連休だから、制服だってクリーニングに出せる。・・・でも、できれば両方とも、ごめんこうむりたいのが本音である。

 というわけで、私は隆兄ちゃんに頭を両手でがっと抱えて、力の限り叫んだ。

「隆兄ちゃん、お願い。落とさないで!」
「大丈夫。しっかり掴まってろ」
「え、隆兄ちゃんも池に飛び込むの!?」
「当たり前だろ」
「なんで!?」
「そりゃ───」

 別の世界に行くんだから。

 そう事も無げに言い切って、隆兄ちゃんは私を抱えたまま池に飛び込んだ。

 


 池に入れば、バシャンと水独特の衝撃がある。全国世界中どこでも共通だ。でも、なぜか西崎家の池は、ほわんと体が浮くような不思議な衝撃の後、くるりと体ごと回転するような無重力の感覚が全身を包んだ。




 時間にして1分も満たなかったと思う。でも、私にとったら気の遠くなるような時間だった。


「───水樹、もう目を開けていいぞ」


 隆兄ちゃんの声に、おずおずと目を開ける。

 そこは、一面ステンドグラスに囲まれた空間で、床一面が水になっている。そこに隆兄ちゃんは私を抱えたまま立っていた。────そう、水の上に立っているのだ。つま先すらも水には浸からずに。

 おずおずと隆兄ちゃんを見つめる。隆兄ちゃんの髪の色は、ブラウンアッシュ色になっていた。

 その時、すとんと胸に落ちた。ここは 別世界────所謂、異世界と呼ばれるところだった。 

 そしてこれこそが隆兄ちゃんの最大のカミングアウトだったのだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる

田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。 お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。 「あの、どちら様でしょうか?」 「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」 「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」 溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。 ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。

処理中です...