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エピローグ
青空に響く福音②
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「…………弱ったなぁ」
真っ白なタキシードに身を包んだもう一人の主役であるあなたは、部屋に足を踏み入れた瞬間、そう言いながら苦笑を浮かべた。
「あらあら、お困りごとですか?レイディックさん」
すかさず問うた祖母にレイディックはとても言いにくそうに視線を下げながら口を開く。
「実はヴェルフィア卿、まだバージンロードを歩く練習してるんですよ。そろそろ時間だから移動した方が良いんですが、どう声を掛けて良いのか…………ちょっとわからくて…………」
「まぁ」
「え?」
同時に声を上げたのは、私と祖母。でも、ティシャも驚いて目を丸くしている。
でも、それは一瞬で、祖母は少女のようにくすくすと笑いながら、口を開いた。
「ふふっ、あの人ったら、困った人ね。ではちょっと、わたくし様子を見てきますわ。───……ティシャもいらっしゃい。アッシャー役のシルヴァさんに会いたいでしょ?」
「はっ、はいっ」
ぱっと笑顔になったティシャは私にブーケを渡し一礼すると、祖母と一緒に部屋を後にした。
残されたのは、私とレイディックの二人だけ。
「綺麗だよ、アスティア」
「あなたも、とっても素敵よ。レイ」
互いに向かい合って、そんなことを言い合えば、妙に照れ臭い。
レイディックも同じ気持ちなのだろう。口元に手を当て、少し視線をずらす。でも、また私に視線を向け、ずらす。
それを何度か繰り返した後、彼は気持ちを切り替えるように、小さく咳払いをしてから口を開いた。
「…………本当は3人で式を挙げたかったんだけど、残念だったなぁ」
「もうっ、レイったら…………」
ぽつりと寂しそうに呟いたその言葉に、私は思わず苦笑を浮かべてしまう。
3人といったのは、私とレイディックと私達の間の子供のこと。
実は、叔母の婚約誓約書を覆すことができたあの誓約書だけれど、後日談できいたところ、なかなか祖父はそれにサインをしてくれず、かなり骨の折れたそうだ。
レイディックは何度も手紙を送り、使者を送り…………とうとう最後は『孫にも会わず、ひ孫にも会う気はないのですか?』という内容の手紙を送りつけたそうだ。
そしてそれが決定打となり、祖父は誓約書にサインをしてくれてたのだ。
でも、まるで私達の子供が現存するかのような内容の手紙には、少々複雑な気持ちになってしまうのが本音。
それとなくレイディックを詰ってみたけれど、彼は『早いか遅いかの違いなだけじゃん』と無邪気な笑みを浮かべるだけだった。
その笑みを見て、この笑みがとっても危険なものだということを、私は学んだ。
「さぁ、アスティア。時間だから、僕達もそろそろ行こう」
苦笑を浮かべていた私だったけれど、レイディックがちょっと気取って腕を差し出したのを目にして、今度はくすりと笑ってしまう。
でも、それは照れ隠し。赤くなった頬を見られないように、ちょっとだけ俯きながら彼の腕に自分の腕を絡めた。そして二人並んで廊下を歩きだす。
「こんな仰々しいドレスを着るなんて、夜会以来だから、コケてしまわないか、心配だわ」
無言で歩くのも照れ臭くて、ぽつりと本音を漏らせば、彼は声を上げて笑った。
「ははっ。大丈夫だよ、アスティア。ヴェルフィア卿が付いているんだから…………と、言いたいけれど、あの人もかなり緊張しているからなぁ」
「ふふっ、お爺様ったら」
それを想像したら、思わず吹き出してしまった。
ヴェルフィア卿こと私の祖父は、無口だけれど、祖母と私には、とても優しい人。決して声を荒げることはしないし、自分の考えを押し付けたりもしない。ぎこちなさはあるけれど、目が合えば常に笑みを向けてくれるその姿は、好々爺と呼んでもいいくらいに。
けれど、レイディックが死神伯爵という異名をもつように、祖父もそれなりの異名を持っている。
ただそれも、祖母が気付かないふりをしているように、私も知らないふりをしようと決めている。
「───…………じゃあ、一旦ここでお別れだね」
真っ白で豪奢な扉の前で、レイディックは足を止めた。
新郎はバージンロードの先で新婦を待つので、ここが分岐となる。そんな当たり前のことなのに、かなり寂しそうな顔をする彼に、再びくすりと笑いが漏れる。
「ふふっ、すぐに会えるでしょ?」
「一時でもアスティアと離れるのは寂しいんだけどなぁ」
今度はちょっと拗ねた顔になった彼が、堪らなく愛おしい。そして、気付けば私は、組んでいた腕を離し、彼の小指をそっと握っていた。
「…………ねえ、レイ」
「なんだい?アスティア」
問いかけてくれる彼の声は、穏やかでどこまでも優しい。私は、そんな彼に身体ごと向き合い口を開く。
「あのね、神父様に誓いを立てる前に、あなたに誓うわ」
「…………っ」
驚いて彼が目を見開けば、今日と同じ青い空の中、花嫁衣裳を見に包んだ私が映る。
「健やかなる時も病める時も、嬉しい時も 悲しい時も、富める時も貧しい時も、 あなたを愛し敬い慰め助け、この命ある限り、愛しぬくことを…………レイ、あなたに誓うわ」
凛と背筋を伸ばして言い終えた瞬間、レイディックはおもむろに膝を付いた。
そして私の手をそっと持ち上げ、そのまま口づけを落とす。
「アスティア、ありがとう。愛しているよ」
見上げる彼を見つめ、私は奇跡のようなこの出会いと共に、これから先ずっと、例え雨天だろうが、曇天だろうが、私にはこの美しい空色の瞳を持つ彼がいることに深く深く感謝の念を抱く。
「私も、愛してるわ。レイ」
私のその言葉に、空色と同じ瞳を持った世界で一番愛しいあなたは静かに立ち上がる。
そして、幼い頃から変わらない、今にも泣きそうな、それでいて幸せを形にしたようなとても不思議な笑みを浮かべ、私に優しい口付けを落としてくれた。
...。oо○...。oо○ おしまい ○оo。...○оo。...
真っ白なタキシードに身を包んだもう一人の主役であるあなたは、部屋に足を踏み入れた瞬間、そう言いながら苦笑を浮かべた。
「あらあら、お困りごとですか?レイディックさん」
すかさず問うた祖母にレイディックはとても言いにくそうに視線を下げながら口を開く。
「実はヴェルフィア卿、まだバージンロードを歩く練習してるんですよ。そろそろ時間だから移動した方が良いんですが、どう声を掛けて良いのか…………ちょっとわからくて…………」
「まぁ」
「え?」
同時に声を上げたのは、私と祖母。でも、ティシャも驚いて目を丸くしている。
でも、それは一瞬で、祖母は少女のようにくすくすと笑いながら、口を開いた。
「ふふっ、あの人ったら、困った人ね。ではちょっと、わたくし様子を見てきますわ。───……ティシャもいらっしゃい。アッシャー役のシルヴァさんに会いたいでしょ?」
「はっ、はいっ」
ぱっと笑顔になったティシャは私にブーケを渡し一礼すると、祖母と一緒に部屋を後にした。
残されたのは、私とレイディックの二人だけ。
「綺麗だよ、アスティア」
「あなたも、とっても素敵よ。レイ」
互いに向かい合って、そんなことを言い合えば、妙に照れ臭い。
レイディックも同じ気持ちなのだろう。口元に手を当て、少し視線をずらす。でも、また私に視線を向け、ずらす。
それを何度か繰り返した後、彼は気持ちを切り替えるように、小さく咳払いをしてから口を開いた。
「…………本当は3人で式を挙げたかったんだけど、残念だったなぁ」
「もうっ、レイったら…………」
ぽつりと寂しそうに呟いたその言葉に、私は思わず苦笑を浮かべてしまう。
3人といったのは、私とレイディックと私達の間の子供のこと。
実は、叔母の婚約誓約書を覆すことができたあの誓約書だけれど、後日談できいたところ、なかなか祖父はそれにサインをしてくれず、かなり骨の折れたそうだ。
レイディックは何度も手紙を送り、使者を送り…………とうとう最後は『孫にも会わず、ひ孫にも会う気はないのですか?』という内容の手紙を送りつけたそうだ。
そしてそれが決定打となり、祖父は誓約書にサインをしてくれてたのだ。
でも、まるで私達の子供が現存するかのような内容の手紙には、少々複雑な気持ちになってしまうのが本音。
それとなくレイディックを詰ってみたけれど、彼は『早いか遅いかの違いなだけじゃん』と無邪気な笑みを浮かべるだけだった。
その笑みを見て、この笑みがとっても危険なものだということを、私は学んだ。
「さぁ、アスティア。時間だから、僕達もそろそろ行こう」
苦笑を浮かべていた私だったけれど、レイディックがちょっと気取って腕を差し出したのを目にして、今度はくすりと笑ってしまう。
でも、それは照れ隠し。赤くなった頬を見られないように、ちょっとだけ俯きながら彼の腕に自分の腕を絡めた。そして二人並んで廊下を歩きだす。
「こんな仰々しいドレスを着るなんて、夜会以来だから、コケてしまわないか、心配だわ」
無言で歩くのも照れ臭くて、ぽつりと本音を漏らせば、彼は声を上げて笑った。
「ははっ。大丈夫だよ、アスティア。ヴェルフィア卿が付いているんだから…………と、言いたいけれど、あの人もかなり緊張しているからなぁ」
「ふふっ、お爺様ったら」
それを想像したら、思わず吹き出してしまった。
ヴェルフィア卿こと私の祖父は、無口だけれど、祖母と私には、とても優しい人。決して声を荒げることはしないし、自分の考えを押し付けたりもしない。ぎこちなさはあるけれど、目が合えば常に笑みを向けてくれるその姿は、好々爺と呼んでもいいくらいに。
けれど、レイディックが死神伯爵という異名をもつように、祖父もそれなりの異名を持っている。
ただそれも、祖母が気付かないふりをしているように、私も知らないふりをしようと決めている。
「───…………じゃあ、一旦ここでお別れだね」
真っ白で豪奢な扉の前で、レイディックは足を止めた。
新郎はバージンロードの先で新婦を待つので、ここが分岐となる。そんな当たり前のことなのに、かなり寂しそうな顔をする彼に、再びくすりと笑いが漏れる。
「ふふっ、すぐに会えるでしょ?」
「一時でもアスティアと離れるのは寂しいんだけどなぁ」
今度はちょっと拗ねた顔になった彼が、堪らなく愛おしい。そして、気付けば私は、組んでいた腕を離し、彼の小指をそっと握っていた。
「…………ねえ、レイ」
「なんだい?アスティア」
問いかけてくれる彼の声は、穏やかでどこまでも優しい。私は、そんな彼に身体ごと向き合い口を開く。
「あのね、神父様に誓いを立てる前に、あなたに誓うわ」
「…………っ」
驚いて彼が目を見開けば、今日と同じ青い空の中、花嫁衣裳を見に包んだ私が映る。
「健やかなる時も病める時も、嬉しい時も 悲しい時も、富める時も貧しい時も、 あなたを愛し敬い慰め助け、この命ある限り、愛しぬくことを…………レイ、あなたに誓うわ」
凛と背筋を伸ばして言い終えた瞬間、レイディックはおもむろに膝を付いた。
そして私の手をそっと持ち上げ、そのまま口づけを落とす。
「アスティア、ありがとう。愛しているよ」
見上げる彼を見つめ、私は奇跡のようなこの出会いと共に、これから先ずっと、例え雨天だろうが、曇天だろうが、私にはこの美しい空色の瞳を持つ彼がいることに深く深く感謝の念を抱く。
「私も、愛してるわ。レイ」
私のその言葉に、空色と同じ瞳を持った世界で一番愛しいあなたは静かに立ち上がる。
そして、幼い頃から変わらない、今にも泣きそうな、それでいて幸せを形にしたようなとても不思議な笑みを浮かべ、私に優しい口付けを落としてくれた。
...。oо○...。oо○ おしまい ○оo。...○оo。...
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