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不完全な婚約

ジャンからの暴露②

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 村長の息子であるジャンは、私より5つ年上で、今年で22歳。

 一応、村で一番の権力者の息子らしく、レイディックと同じようにジャケットとタイを身に付けているけれど、残念ながら品の良さは欠片もない。

 それに、サイズが合っていないせいで、大柄な身体がとても窮屈そうだった。

 ………とても同情してしまう。この男にではなく、服に。

 そんな服以下の価値しかない男は、この年で過去3人、妻を娶っている。

 ただ、その妻達は、今はジャンのそばにはいない。嫁いだ女性は、全員心身ともに深く傷つけられてしまったから。

 ある人は、精神を病み家から一歩も外へ出れなくなってしまった。またある人は、家族とともにこの村から姿を消した。そして残る一人は、今は冷たい土の中にいる。

 嫁いだ女性の中には孤立した私とティシャに優しくしてくれた人もいた。こっそりお菓子を運んでくれた人もいた。嫁ぐ直前に、次はあなたかもしれないから逃げなさいと助言をしてくれた人もいた。

 けれども、その助言虚しく、私はここに留まることを選んだ。その結果────私は、この男の4人目の妻となる予定だった。



 
 そんな最低な男は、私を自分の持ち物のように、下から上に舐めるように見つめる。その視線が耐えられないほど気持ち悪い。

 思わず顔をしかめたけれど、ジャンは気にする素振りも見せず口を開いた。

「最近、姿を見かけないと思ってたけど、へぇー、ここは農家になったのか、俺に断りもなく、勝手な真似をするなよ」
「………………」

 答える義理がない私は、無言のままティシャの方を向く。向いた先にいる彼女は、ジャンに向かって敵対心むき出しで、睨みつけていた。

 その気持はとても良くわかる。けれど、今は一刻も早くここを去るべきだ。

「行きましょう、ティシャ」
「はい」

 私が手を引いて促せば、すぐに頷き歩き始めた。けれど───。
 
「お前さぁ、あの晩、強姦されただろ?」
「………………っ」

 すれ違った瞬間、ジャンからそんなことを耳打ちされ、不覚にも足を止めてしまった。すかさず、ジャンは私に向かってあり得ない言葉を吐いた。

「あれ、俺だ」
「え?…………っぷ。冗談を言うのはやめて」

 ジャンのその言葉に堪えきれずに、豪快に噴き出してしまった。

 冗談は顔だけにしろと言わないだけの理性は、まだ私に残っていたことが幸いだ。

 でも、本当に冗談にしては趣味が悪すぎる。あのフード男はジャンなんかじゃない。私はもう、それが誰だかわかっている。

 何度も抱かれれば、あの人だって隠しようがないのだろう。その手付きも荒い息遣いも、あの晩と重なることばかりだった。

 それに私は女だ。誰のものを受け入れているかは、身体が一番良くわかっている。

 ただそれをあの人に伝えないのは、彼がどうしてそんなことをしたのか、未だにわからないから。できれば彼の口から言ってほしいと思っている自分が居るから。

 だから私は今も、知らない男から純潔を奪われたと思うようにしているのだ。

 そんなふうによそに意識を向けていたけれど、強い視線を感じてそこに移せば、怒りに顔を赤く染めるジャンがいた。

 どうやらジャンは、私にひどく侮辱されたと思ったのだろう。馬鹿なジャンでもさすがにそれは理解したようだ。

 けれど、残念ながら彼は大人しく身を引くことを知らない人間だった。

「嘘じゃねえぞっ。それに証人だっているんだ」
「証人ですって?」

 まだそんなことを言うのかと呆れたわたしだったけれど、その後のジャンの言葉に思わずオウム返しに問うてしまう。すると、ジャンはもったいぶった笑みを浮かべ、ゆっくりとこう言った。

「お前の叔母だよ」
「………………っ」

 さすがにその事実に動揺を隠すことができない。

 そして、顔色を失くした私に、ジャンは一歩近づき、ここぞとばかりに事の真相を語り出した。

「はっ。なんて顔だよ。でもな、悪く思うなよ。悪いのは、お前なんだだからな。いつまで経っても、お前が俺との結婚に煮え切らない態度を取るから、身内から夜這いの段取りをされるんだからな」
「……………………」

 感情を殺すのが精一杯だった。

 今、目の前にいるこいつに、少しでも取り乱したり、狼狽えたりしたら、更に酷い言葉を口にするだろう。最悪、力づくでどうにかされてしまうかもしれない。

 震える手を誤魔化すために、ティシャの手を強く握る。そうすればティシャもぎゅっと強く握り返してくれた。

 けれど、私の足は地面に植え付けられてしまったかのように動かなかった。そして私とティシャを見つめるジャンは勝ち誇った表情を浮かべ再び口を開いた。

「なあアスティア、いい加減、医者の真似事なんてやめろよ。みっともない。お前は、俺に媚でも売ってればいいんだよ」

 絶対に嫌だ。

 その気持ちは露骨に顔に出てしまっていたのだろう。ジャンは更に一歩近づいて、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。

「俺、知ってるぞ。お前、今、伯爵様の妾になっているんだろ?はっ、良いご身分だぜ。言っとくけどな、俺だって使用済みのお前を娶るなんて、最悪だよ。でも、まぁ伯爵様のお下がりなら、話は違うけどな。それに、生娘を抱きたいなら、お前じゃなくても良いしな」

 それは暗に浮気をするとほのめかしているのだろうか。
 
 どうぞお好きにしてくださいと思う。ただ、この村の人間以外にして欲しいとは切に願うけれど。

 そんな風に心の中で悪態を付いて感情を殺していても、やはり胸の悪いジャンの言葉を聞けば、ぎりぎりと歯ぎしりするのを止められない。

 そして限界を迎えた私が口を開こうとしたその瞬間────。

「アスティアさま、お戻りが遅いので、お迎えにまいりました」

 抑揚の無い男性の声が割って入った。

「…………シルヴァ」

 突然の乱入者の名を紡いだのは私ではなくティシャの方だった。

 ゆるゆると声のするに視線を向ければ、落ち着いた深緑色の従者の制服を着た青年がこちらに向かって来る。

 そしてあっという間に、私とジャンの間に身体を滑り込ませた。

「失礼、アスティア様はお約束がございますので、失礼させていただきます」

 優雅に一礼する青年は、レイディックと同じ都会の香りがした。

 そして、それは常日頃から田舎者というコンプレックスを抱えているジャンにとって、一番弱いものだった。

 あっという間に、形勢逆転したジャンは、すぐさま去って行った。捨て台詞すら吐かずに。 

「あの………ありがとうございました」

 ジャンの姿が完全に消えたのを確認して、私は未だにこちらを庇うように立つ青年に頭を下げた。

「い、いえっ、とんでもありません」

 ついさっきまで、威圧的と感じるほど落ち着き払っていたのに、急に慌てた様子になる青年に思わず笑みが零れる。

「あと、こんなところでお伝えするのも変ですが、薬草園の整備、ありがとうございました」

 再び頭を下げた私に、ついさっきまで、どうして良いのかわからずオロオロとしていたティシャもぺこりと頭を下げた。

 そうすれば、シルヴァはとんでもないと恐縮してしまったけれど、照れくさそうに笑みを浮かべてくれた。けれど、すぐに私達を馬車へと促した。 

 素直に馬車へと足を向ける私だったけれど、ゆっくりと歩いていれば、必然的に二人の背を見つめることになる。そして───。

「………そっか。そういうことだったね」

 2人には気付かれないよう、私は、ぽつりと呟いた。
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