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過去と未来の間の蜜月
花祭りの朝①
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レイディックの屋敷で過ごす日々はとても平穏だった。…………屋敷の中、という限定はされているけれど。
彼は私の外出を相変わらず、ひどく嫌っている。それはまた再びジャンと会うかもしれないことを危惧しているから。
ただそれだけじゃないような気がするけれど、それを直接本人に問うても、彼は無邪気な笑みを浮かべて、いつもはぐらかしてしまう。
そんなふうにレイディックが私に対してまだ壁を作っていることは、やっぱり寂しい。
でも、だからといって私が彼になにか隠し事をしようとは思わないし、無理に聞き出そうとも思わない。
やっぱり私達には、まだまだ時間が必要なのだ。それがどれほど要するのかは、わからないけれど………。
とはいえ、閉じ込められていると思わなければ、使用人たちは皆、相も変わらず親切に接してくれるし、私を屋敷の旦那様の婚約者という態度を崩さない。
そして、庭限定ではあるが、レイディックは時間を見つけては私と共に過ごしてくれる。
お茶をしたり、手入れの行き届いた花壇を歩くだけだったれど、思い出話をしながら彼と過ごすだけで私は満ち足りていた。
ただ、そんな日々も、春の香りが強くなり、この村で一番の賑わいを見せる頃になると、私は何かに追われているような漠然とした恐怖から、そわそわと落ち着かない気持ちになってしまっていた。
なにせ、花祭りが終わったら、私は本当ならジャンと婚約するはずだったから。
────そして、その不安を抱えたまま、花祭りの当日を迎えてしまった。
「アスティア、今日は花祭りだったね。一緒に見に行こう」
いつも通り朝食を終えて、食後のお茶が目の前に置かれた途端、レイデリックはそう言った。
「………………え?」
かなりの間の要したけれど、私は間の抜けた返事しかできなかった。
彼の言っていることは理解できている。けれど、内心、とても戸惑っていて、複雑なこの気持ちを、どんなふうに言葉にして良いのかわからないから。
だって花祭りと言えば一年に一度の村の大きなお祭り。
村の中央にある春を司る女神の彫刻像を中心に沢山の花を飾り、村のほとんどの人達が、夜通し踊りあかすのだ。
幼い頃、レイディックは身体が弱くて、一度もそのお祭りに参加したことはない。だから、彼から誘ってくれたのはとても嬉しい。
でも、きっとそこにはジャンも、叔母一家も参加するのだろう。そんなところに私達が足を向けたらどうなるか…………。
楽しさよりも、不安なことばかり考えてしまう私をどう受け取ったのかわからないけれど、レイデリックはちょっと首を傾げながら口を開いた
「どうしたの?アスティア、お祭り嫌いになっちゃった?昔は………………あんなに、はしゃいでいたのに」
最後の一文は、とても寂しそうだった。
そんな彼の表情を見て、とても申し訳ない気持ちになる。
お酒もふんだんに振舞われ、素行の良くない村人も参加するあの夜は、身なりが良く、しかも病弱だった彼を屋敷に閉じ込めておくのは、懸命な判断だったし、そうせざるを得なかったと思う。
けれど、レイディックにとったら、かなり寂しかったのだと思う。
そして私は、医師である父とその助手の母とそろって外出できるのは、この夜だけだったから、年に一度のお祭りには、私だけは参加していたから。
「ねえ、アスティア。それとも、僕と一緒にお祭りに行きたくないの?」
「違うっ、そんなわけないじゃない」
ほんの少しだけ、両親と共に過ごした祭りの夜を思い出していたけれど、レイディックの少し険の含んだ問いに、慌てて首を横に振る。
「違うの…………あなたと一緒にお祭りに行けるなんて、小さい頃の夢が叶って、とても嬉しいわ。………でも、会いたくない人にまで会いそうで、ちょっと怖いの」
もじもじとしながら、なんとか素直に気持ちを伝えた途端、レイデリックは嬉しそうに破顔した。
そして、少し表情を引き締めた。
「そんなことはアスティアが、気にすることじゃないよ。大丈夫、僕と一緒に行くんだから、何も怖くないよ。あのね、こう見えても、僕はシルヴァより強いんだよ。何かあったら僕が守ってあげるから。ね?アスティア、お願い。僕と一緒にお祭りに行こう」
生真面目な表情を浮かべ、言い含めるように語っていたレイディックだったけれど、最後はくるりと甘えるように私に眼差しを向けた。
その視線を向けられたら、やっぱり嫌とはいえない。それに何より、私もレイディックとお祭りに行きたい。
花々が篝火に照らされたあの幻想的な空間で、彼と手を繋いで歩けたらどんなに幸せだろう………と、思った時には、もう私は笑みを浮かべて頷いていた。
「良かった。じゃあ、決定だね。僕は少し仕事が残っているから、君はゆっくり時間をかけて準備して。あっ、でも、ごめん。ドレスは僕が選んじゃった。実は、今日の為に用意してあったんだ。気に入ってくれると、嬉しいな」
そう言ってレイディックは席を立ち、私のすぐ横に立つ。
「ねえ、アスティア。花祭りの時は、女の子は髪に花を飾るんだよね?」
椅子に腰かけたままの私に目線を合わせるように膝を付き、問いかけながら私の髪を優しく梳く。
そして、私がこくりと頷くと、彼はちょっといたずらっ子のような目を向けて口を開いた。
「後で、庭に行っておいで。今日の為に、庭師に命じてとっておきの花を用意させたんだ」
「どんな花?」
「今は内緒。行けばわかるよ」
そう言って、レイディックはくすくすと笑う。
けれど、何度問うても、結局花の種類は教えてもらえなかった。───優しい触れるだけの口付けは何度もしてくれたけれど。
彼は私の外出を相変わらず、ひどく嫌っている。それはまた再びジャンと会うかもしれないことを危惧しているから。
ただそれだけじゃないような気がするけれど、それを直接本人に問うても、彼は無邪気な笑みを浮かべて、いつもはぐらかしてしまう。
そんなふうにレイディックが私に対してまだ壁を作っていることは、やっぱり寂しい。
でも、だからといって私が彼になにか隠し事をしようとは思わないし、無理に聞き出そうとも思わない。
やっぱり私達には、まだまだ時間が必要なのだ。それがどれほど要するのかは、わからないけれど………。
とはいえ、閉じ込められていると思わなければ、使用人たちは皆、相も変わらず親切に接してくれるし、私を屋敷の旦那様の婚約者という態度を崩さない。
そして、庭限定ではあるが、レイディックは時間を見つけては私と共に過ごしてくれる。
お茶をしたり、手入れの行き届いた花壇を歩くだけだったれど、思い出話をしながら彼と過ごすだけで私は満ち足りていた。
ただ、そんな日々も、春の香りが強くなり、この村で一番の賑わいを見せる頃になると、私は何かに追われているような漠然とした恐怖から、そわそわと落ち着かない気持ちになってしまっていた。
なにせ、花祭りが終わったら、私は本当ならジャンと婚約するはずだったから。
────そして、その不安を抱えたまま、花祭りの当日を迎えてしまった。
「アスティア、今日は花祭りだったね。一緒に見に行こう」
いつも通り朝食を終えて、食後のお茶が目の前に置かれた途端、レイデリックはそう言った。
「………………え?」
かなりの間の要したけれど、私は間の抜けた返事しかできなかった。
彼の言っていることは理解できている。けれど、内心、とても戸惑っていて、複雑なこの気持ちを、どんなふうに言葉にして良いのかわからないから。
だって花祭りと言えば一年に一度の村の大きなお祭り。
村の中央にある春を司る女神の彫刻像を中心に沢山の花を飾り、村のほとんどの人達が、夜通し踊りあかすのだ。
幼い頃、レイディックは身体が弱くて、一度もそのお祭りに参加したことはない。だから、彼から誘ってくれたのはとても嬉しい。
でも、きっとそこにはジャンも、叔母一家も参加するのだろう。そんなところに私達が足を向けたらどうなるか…………。
楽しさよりも、不安なことばかり考えてしまう私をどう受け取ったのかわからないけれど、レイデリックはちょっと首を傾げながら口を開いた
「どうしたの?アスティア、お祭り嫌いになっちゃった?昔は………………あんなに、はしゃいでいたのに」
最後の一文は、とても寂しそうだった。
そんな彼の表情を見て、とても申し訳ない気持ちになる。
お酒もふんだんに振舞われ、素行の良くない村人も参加するあの夜は、身なりが良く、しかも病弱だった彼を屋敷に閉じ込めておくのは、懸命な判断だったし、そうせざるを得なかったと思う。
けれど、レイディックにとったら、かなり寂しかったのだと思う。
そして私は、医師である父とその助手の母とそろって外出できるのは、この夜だけだったから、年に一度のお祭りには、私だけは参加していたから。
「ねえ、アスティア。それとも、僕と一緒にお祭りに行きたくないの?」
「違うっ、そんなわけないじゃない」
ほんの少しだけ、両親と共に過ごした祭りの夜を思い出していたけれど、レイディックの少し険の含んだ問いに、慌てて首を横に振る。
「違うの…………あなたと一緒にお祭りに行けるなんて、小さい頃の夢が叶って、とても嬉しいわ。………でも、会いたくない人にまで会いそうで、ちょっと怖いの」
もじもじとしながら、なんとか素直に気持ちを伝えた途端、レイデリックは嬉しそうに破顔した。
そして、少し表情を引き締めた。
「そんなことはアスティアが、気にすることじゃないよ。大丈夫、僕と一緒に行くんだから、何も怖くないよ。あのね、こう見えても、僕はシルヴァより強いんだよ。何かあったら僕が守ってあげるから。ね?アスティア、お願い。僕と一緒にお祭りに行こう」
生真面目な表情を浮かべ、言い含めるように語っていたレイディックだったけれど、最後はくるりと甘えるように私に眼差しを向けた。
その視線を向けられたら、やっぱり嫌とはいえない。それに何より、私もレイディックとお祭りに行きたい。
花々が篝火に照らされたあの幻想的な空間で、彼と手を繋いで歩けたらどんなに幸せだろう………と、思った時には、もう私は笑みを浮かべて頷いていた。
「良かった。じゃあ、決定だね。僕は少し仕事が残っているから、君はゆっくり時間をかけて準備して。あっ、でも、ごめん。ドレスは僕が選んじゃった。実は、今日の為に用意してあったんだ。気に入ってくれると、嬉しいな」
そう言ってレイディックは席を立ち、私のすぐ横に立つ。
「ねえ、アスティア。花祭りの時は、女の子は髪に花を飾るんだよね?」
椅子に腰かけたままの私に目線を合わせるように膝を付き、問いかけながら私の髪を優しく梳く。
そして、私がこくりと頷くと、彼はちょっといたずらっ子のような目を向けて口を開いた。
「後で、庭に行っておいで。今日の為に、庭師に命じてとっておきの花を用意させたんだ」
「どんな花?」
「今は内緒。行けばわかるよ」
そう言って、レイディックはくすくすと笑う。
けれど、何度問うても、結局花の種類は教えてもらえなかった。───優しい触れるだけの口付けは何度もしてくれたけれど。
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