転生錬金術師令嬢は全てを識るホムンクルスなので最強ですが、残念ながら竜にしか興味がございません。

忍丸

文字の大きさ
上 下
14 / 15

転生令嬢のお薬は大変優秀でございます。

しおりを挟む
 商人ギルドは、大きな街には必ずある商人たちの組合である。
 商売上の損害があったときに助け合ったり、取り扱っている商品をギルドを通して卸したり――商業活動に於いて、重要な意味を持っている。

 商人ギルドは、何もひとつだけと言うわけではない。
 商人たちの間にも、「派閥」と言われるものがあり、この小さな国の王都に於いても、複数の商人ギルドが存在していた。


「ハトハルには大きな商人ギルドがふたつあってな。そのうちのひとつがうちだ」


 日焼けした頭をつるりと撫でたギルドマスターは、オルバとがっちりと握手した後に、私にそう説明してくれた。ここのギルドの名は「ホルス」。そこのギルドマスターだからか、彼の榛色の瞳はまるで鷹のように鋭く、筋骨隆々な姿は、商人の筈なのに歴戦の勇士のような雰囲気を持っていた。


「オルバには、うちに薬を卸して貰っていてな。他の錬金術師のものよりも上質だもんで、貴族連中にもお得意様がいるんだ。うちも随分と助かっている」


 オルバの薬を買うついでに、他の商品――それも、高級な品々を買ってくれる貴族は、このギルドにとっては大きな顧客らしい。オルバの薬は、そういう意味でも重宝されているようだ。ギルドマスターは私を見るなり、顎髭を指で扱くと、オルバにちらりと視線を投げた。


「それで、このお嬢ちゃんが?」
「ああ。僕の娘さ。将来は後を継いでもらうつもりだよ」
「そうか、そうか。嬢ちゃんがなあ……。どうぞよろしくな、今後共うちのギルドと末永く付き合ってくれると助かる」


 ギルドマスターは私の前にしゃがみ込むと、目線を合わせて、白い歯を見せて笑った。
 彼はかなりの強面だ。更にはスキンヘッド。幼女的には、恐怖感を感じずにはいられない。別に何をされたという訳ではないけれども、思わず身構える。けれども、彼の目の奥には優しい光が宿っているのに気がついて、私は体の力を抜いた。


「あいつにどことなく似ているな。……なあ、アンジェリカだったか。なにか困ったら、おじさんに頼るんだぞ」
「……はあ」
「オルバは、錬金術に関しては一流だが、それ以外は適当だからな……」


「あいつ」って一体誰だろう。
 そんな疑問がよぎったけれど、私はギルドマスターににこりと微笑むと、スカートの裾を摘んで挨拶をした。


「ありがとう、ギルドマスター。なにかあったら、よろしくお願いするわ」
「可愛いお嬢さんだな、オルバの娘とは思えない。欲しいものはあるか? なにか一つプレゼントしよう」


 ギルドマスターの言葉に、私は一気にテンションが上がった。
 興奮気味に、両手で熱くなった頬を押さえて、欲しいものを指折り挙げていく。


「あのね、私――竜をこよなく愛しているの! 出来れば、竜に関するものがいいわ。竜の匂い袋、1分の1スケールの竜人形、竜の抱きまくら、竜の天井絵、竜なりきりグッズ、竜鑑賞ツアー……ああ。選  べ  な  い」
「やっぱり、お前は間違いなくオルバの娘だな」


 ギルドマスターは呆れたように大きく嘆息すると、「なにか気に入りそうなものを用意しよう」と苦笑いを浮かべた。そんなギルドマスターに、オルバが声を掛けた。


「ギルマス、すまないね。今日、来たのは娘の薬を幾つか買い取ってくれないかと思ってきたんだ。大丈夫かな」
「……ああ、そうなのか。そうだな……お前の娘の品であれば、買い取るのは吝かではないが、今は少し間が悪いな」
「何故だ?」


 するとギルドマスターは大きく首を振ると、しんどそうに顔をしかめて、自分の腰を擦った。


「最近、うちのギルドの扱いの品だと言って、粗悪な薬が王都で出回っているんだ。そのせいで、薬の売れ行きが芳しくなくてね。高値での買い取りはできないかも知れない。まったく……この間、腰をやっちまって辛いっちゅうのに。頭まで傷んできたぜ」
「それは『バステト』の連中かい?」
「いや、わからねえ……が、あいつらの仕業だとは思いたくはねえな。『鷹』と『猫』はお互いに競争し合ってここまででかくなったんだ。そのスタンスは、これからも変わらない。……そうあって欲しいと、俺は思ってる」


 ギルドマスターは、はあ、とため息を吐くと、また腰を擦った。
 そして、「じゃあ、買い取ってほしい薬を出しな」と投げやりに言った。私がオルバの方を見ると、彼は苦笑しつつも頷いてくれた。私はカーラに鞄を持ってきて貰うと、その中からひとつの瓶を取り出した。


「……? 飲み薬か?」


 ギルドマスターは、薬を見て怪訝な表情を浮かべている。
 私は小さく首を振ると、徐に瓶の蓋を開けた。その瞬間、瓶の中身がぬらりと蠢いた。


「――いいえ、これは塗り薬・・・よ」


 私の言葉と共に、青い薬効スライムが瓶から溢れ出す。薄く広く体を伸ばしたスライムは、ギルドマスターを包むように襲いかかった。


「むごっ……! むうー! ぐうーっ!!」
「ちょ……アンジェリカ! 大丈夫なのか!?」


 オルバは青いネバネバに覆われているギルドマスターを見て、大いに慌てている。
 私はまるでB級のホラー映画のようになっているギルドマスターを指さして、「問題ない」と笑った。


「大丈夫よ。見ていればわかるわ」
「ほ、本当に……?」
「ご主人様、お嬢様の作ったお薬に間違いがあるはずがございません」
「カーラのそういう盲目なところ、私時々怖いわ」
『そもそも、こんな薬を作り出すお前の方が怖えよ……』
「ポーチ風情が、なにか言っておるわ……」
『くっそ、人を勝手にポーチにしたくせに、何なんだ、くっそ!』


 それからおよそ三分後。
 青い薬効スライムは、ギルドマスターの肌に染み込み、姿を消した。


「……はあ。はあ。はあ」


 ギルドマスターは、床に這いつくばって、荒い息を吐いている。


「お、オイ……なんだったんだ、コレ。はあ……死ぬかと思ったぜ」
「ふふふ。どうかしら、私の薬の力……」
「一体何なん……はっ!! これは」


 ギルドマスターは自分の体の変化に気がつくと、驚愕の表情を浮かべた。


「……肌がモッチモチ……!! キメが細かくなってる。しかも、若干白くなっているように見える……!! そこら辺の商売女よりも、よっぽど綺麗な肌になってらあ! それに、俺の腕に生えていたジャングルみたいな腕毛がねえ……!! 綺麗に除毛されてやがる!」


 ギルドマスターは勢いよく立ち上がると、自分の体を確認して喜色満面で言った。


「全身の毛がさっきのスライムに喰われたってことか? ……おいおいおい、それに腰もなんともねえぞ……! 古傷も消えてる。これはエリクサーか!? すげえ!」
「本物のエリクサーになんて、到底及ばない劣化品よ。私、エリクサーを研究しているのだけれど、これはその過程で完成した副産物」
「劣化品でこれかよ! 最高だな!!」


 ギルドマスターは大笑いすると、私に向かって歩いてきた。
 するとその時、丁度ギルドマスターの部屋がノックされた。そして、間髪あけずに扉が開いた。

 扉から、ひょいと顔を覗かせたのは、受付にいた女性だ。


「ギルドマスター……そろそろ、会議のじか……」


 すると、女性は「ひっ!」と顔を引き攣らせると、口を手で覆った。


「変態……!! ギルドマスターの露出狂~!!」
「んん? あ?? ちょっと待て、オイ!!」


 バタバタと激しい足音を立てて去っていく女性を、ギルドマスターが慌てて追っていく。
 私は、ギルドマスターの真っ白なお尻が扉の向こうに消えるのを眺めながら、眉をぎゅっと顰めた。


「……プロトタイプ薬効スライム『BIHAKU(美白)』。肌の老廃物を取り除き、肌を蘇らせる。細かい傷くらいなら消える。腰痛、打撲等の痛みにも効く……今後の課題としては、興奮作用を抑えることと、どうやって服を溶かさないようにするかよね」
『……ギルドマスター……可哀想に』


 ……遠くで、女性たちの悲鳴が聞こえる。


「……後で滅茶苦茶謝ろう」


 オルバの決意の籠もった声が、ギルドマスターの部屋に響いていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

竜王の花嫁は番じゃない。

豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」 シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。 ──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

処理中です...