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転生令嬢は、推しに関しては妥協を許しません。

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 私は、未だぶうぶう文句を言っているイフリートの生首を抱きしめると、上機嫌で馬車の外を眺めた。

 馬車はとうとう門を超え、町中に入って来た。

 この国は、他国に比べると然程大きな国ではない。王都の他に、主要都市が数箇所あるくらいだ。竜の亡骸に棲みついた一族が起こした国だけあって、素朴で独特の文化が息づいている。

 王都ハトハルのある場所は、荒野のど真ん中。暑く乾いた風が常に吹き込み、時折、竜巻が襲ってくるこの場所は、嘗て竜の棲み家だっただけに、中々過酷な環境下にある。
 環境に合わせたのだろう、簡素な家の造りや、布を巻き付けただけの格好は中々に異国情緒があって、見ていて飽きない。

 馬車はゆっくりと大通りを進む。するとそこに、ひとりの男が近寄ってきた。両手に大きな籠を持っており、そこには色鮮やかな木製のおもちゃらしきものが山盛りになっていた。どうやら土産物を売っているらしい。

 男は馬車に並走すると、よく日焼けした顔をしわくちゃにして笑った。


「可愛いお嬢さん、ハトハラ名物のドラゴン人形は如何かな」
「えっ!? 人形!?」
「そうさ、木彫りの人形なんだけれどね、お守りになると評判だよ」
「見せて!!」


 私は興奮気味に馬車の窓から身を乗り出すと、その「竜の人形」とやらを受け取った。
 それは丸いフォルムをした、小さな木彫りの人形だった。
 すると、オルバが私の後ろから手元を覗き込んで来た。


「ああ、これ。観光客目当てに、良く売っているよね。エンシェントドラゴンを模しているらしいけれど。お、これは他で売っているのより上手だね。愛嬌がある」
「……そう」


 確かに、この人形の造りはかなり上出来と言えた。粗悪な木材を使っているのにも関わらず、ドラゴンを模しているのだとひと目でわかる。……と言っても、大量生産の土産ものとしてはクオリティが高いと言う、ただそれだけのことだ。

 私は目の前の土産物売りを見つめた。
 途端に、黒いウィンドウが宙に出現した。そして、物凄い勢いで「彼」の情報を羅列し始める。
 「彼」の「名」は――ああ、そう言うのはいい。私が知りたいのは、彼の「素質」と「レベル」だ。
 そして、私は探し求めていた情報を見つけて、僅かに微笑みを浮かべた。

 私は、オルバに馬車を止めるようにお願いする。そして、土産物売りの切り傷だらけの手を見て言った。


「これは貴方が彫ったのね?」
「……あ? ああ、そうだが」
「そうなの……。木っ端で作ったの?」
「なんだ? 木っ端だから価値はないって言いたいのか? 一つ作るのに、どれだけ時間が掛かっていると思っているんだ。俺のは他のよりも出来がいいと評判なんだぞ!」
「そうね、そうなのかもしれないわね」


 私は、不快そうに眉を顰めている土産物売りに向かって、にこりと微笑む。すると、彼はぽっと頬を染めて戸惑いの表情を浮かべた。私は、徐に一つの瓶をポーチから取り出す。そして、彼の目の前で蓋を開けた。


「――行け」
「ぴぎゃああー!!」


 するとその中から、緑色の薬効スライムが飛び出した。スライムは、勢いよく土産物売りの口に飛び込んでいく。


「む、ぐ……っ!? なんだコレ!?」


 土産物売りは、唐突に口の中にジェル状の何かが侵入してきたので、目を白黒させている。
 次に私は、カーラに目配せをして、私の荷物の中からとあるものを出してもらった。それは、小さな香木だ。錬金用に使う、白檀によく似た香りがする香木は、高級な彫刻の材料にも用いられる。

 私は彼の手に香木を持たせると、艶然と微笑んだ。


「これに彫りなさい」
「なに、を……うう……腹の奥で何かが暴れてる」
「それは気にしなくていいわ。さっきのはお薬よ、私特製のね」


 土産物売りは、ひたすら困惑の表情を浮かべている。そんな彼に、私は自信たっぷりに言った。


「貴方には才能がある! けれど、技術が追いついていない。彫師としての貴方のレベルは、まだまだ上がるわ。彫刻が好きなのでしょう……?」
「ぐ……そ、それは」


 ――私は識っている。

 彼には「彫刻師」として最上級の「素質」がある。けれども、彼には「環境」と「レベル」が圧倒的に足りない。日々、土産物を作ることによって「彫刻師」としてのジョブが与えられ、レベルは13まで上がっている。けれども、それは決して彼の「素質」に見合ったレベルではない。宝の持ち腐れにも程がある……!

 私は大きく両手を広げると、彼に向かって熱弁した。


「さあ、その木にエンシェントドラゴンを彫って頂戴。これは依頼よ。勿論、報酬も出すわ!!」
「で、でも……こんな、高級そうなもんに、俺なんかが」
「貴方だからいいのよ。失敗したっていい。すべてをぶつけるのよ!!」


 すると土産物売りは、自分の手をまじまじと見つめて、驚愕の表情を浮かべた。


「なんだ……? 体の底から創作意欲が湧き出てくる……!」
「ふふふ、さっきのは、私の特製薬効スライムよ。やる気と集中力を増す効力がある。……お味は如何だったかしら?(*尚、危ない成分は配合されておりません。全て自然由来の成分です)」
『おい、娘。なんで自分で注釈付けているんだ、アホか』
「世知辛い世の中なの。黙っていて」


 私はイフリートの口を手で封じると、ちらりと土産物売りの様子を見た。彼は、神妙な面持ちで自分の手を見つめていたかと思うと、腰にぶら下げていた仕事袋から彫刻刀を取り出す。そして、地面に座り込み猛然と木を彫り始めた。

 その様子を、彼のように土産物を売り歩いていた子どもや仲間たちが、遠巻きにして見つめている。
 私は馬車を降りると、彼の横に立って細かく指示を出す。エンシェントドラゴンの特徴は四連の角、飛膜に長い尻尾だ。すると、彼は私の指示に従って、見事な手付きで木を彫って行った。


「……これは、完成するまで動けない感じだね?」
「そうでございますね。ご主人様、お茶に致しましょうか」
「ああ。そうだ、本を持ってきてくれるかい」


 カーラとオルバは顔を見合わせると、馬車を往来の邪魔にならないように端に寄せて、各々思い思いの時間を過ごし始めた。

 ――それから三時間後。


「……凄い」
「なんて迫力だ……!!」


 土産物売りの手の中には、見事なエンシェントドラゴンの人形が出来上がっていた。そのクオリティたるや、まるで生きているようだ。まだまだ、細部は甘いところはあるものの、先程のドラゴン人形とは比べ物にならない仕上がりだ。

 私は彼の上部に浮かんだウィンドウの情報を見て、大きく頷いた。
 ――レベル15。
 行動の結果得られる経験値は、出来上がったもののクオリティによって上下する。
 彼のレベルは、最高級の素材を使った彫刻を作成したことによって、一気に2も上昇していた。

 私は彫刻を彼の手から受け取ると、ぽん、と肩に手を置いた。


「――最高だわ。これが貴方の才能よ。この先、この調子で努力を続ければ、もっともっと素晴らしいものを作り出せるようになる。自身の創作物とは言え、土産物にすら誇りを持っている貴方は、もっと上に行けるはずよ。……頑張りなさい」
「は……はいっ……!!」


 私は人形を懐に入れると、彼の手に金貨の入った袋を握らせた。
 そして颯爽と馬車に戻り、発車させる。ちらりと窓から土産物売りの姿を見ると、彼はずっしりと重い袋を手にして、感極まって泣いていた。その彼の周囲には、仲間たちが集まって彼を褒め称えている。

 ――あのお金があれば、きっと今よりいい環境で彫刻に臨めるだろう。


『……中々、イイコトするじゃねえか。娘』


 私はイフリートの言葉に、少し照れくさくなって顔を逸した。


「この木の香り、竜のフェロモンの匂いに似ているのよね。推しの匂いがする推しの人形。素敵じゃない?」
『相変わらず、欲に塗れてんな、お前……!!』
「嘘。木彫りのエンシェントドラゴンが、不細工だったのが気に入らなかっただけよ」
『……素直じゃねえな、まったく』


 私はイフリートのツッコミに小さく笑うと、木彫りの竜をそっと撫でた。

 ――これがきっかけとなり、後に名人と呼ばれる神彫師が誕生したのは、また別のお話。

 *

 おまけ

「カーラ、先程の彫師に美少女の像の依頼を……」
「わたくし、お嬢様の傍から離れる訳にはいきませんので、ご自身でどうぞ」
「おうふ……!! お前の主人って僕じゃないのかな!?」
「可愛い可愛い天使と、眼鏡の変態と……どっちを優先すればいいか、よく考えて下さいませ」
「……天使に決まっているよね」
「可愛いは正義でございますね」
「まったくだ、HAHAHAHA! ……んん?」

 そんなメイドとご主人様の日常会話。
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