転生錬金術師令嬢は全てを識るホムンクルスなので最強ですが、残念ながら竜にしか興味がございません。

忍丸

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転生令嬢はバカではありません。

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 ――朝、目が覚めたら、白髪赤目の美幼女に転生していた日常。


「そんな日常ないわああああああ!」
「あっはっは! 君、上手いねえ!」


 人が、状況が理解できずに頭を抱えているのにも関わらず、ベッドサイドに腰掛けている眼鏡の男性は、私を指差して朗らかに笑っている。私はギロリとその男性を睨みつけると、混乱する頭のままその人の胸ぐらを掴んで揺さぶった。そのせいで、男性の掛けている丸メガネが落ちそうになっている。


「状況を説明しろ眼鏡。どうなってんだ眼鏡。私の買った『魔物狩人ワールド』どうなった眼鏡! お腹空いた眼鏡!!」
「いやあ、元気で良かった良かった。あ、パンケーキ食べる?」
「食べる」


 私は、喜々として眼鏡が用意したパンケーキに齧りついた。

 ……あっ、蜂蜜がたっぷり掛かってて美味しー! ふわふわもちもち……幸せ。

 糖分を摂取して人心地ついた私は、改めて周囲を見回す。
 どうやら、私は今まで眠っていたらしい。

 ベッドの前には姿見が設置されていて、そこには長い白髪を持ち、ルビーのように色鮮やかな紅の瞳を持つ幼女――大体、5歳くらいだろうか――が、パンケーキをまるで栗鼠のように頬を膨らませて食べているのが見える。

 室内を見回すと、怪しげな実験道具が所狭しと並んでいる。瓶詰めになった目玉やら、おかしな色の煙を上げるフラスコ。鳥かごの中には、見たこともない生き物が、じっと息を顰めてこちらの様子を伺っている。

 私は、三枚目のパンケーキをごくりと飲み込むと、恐る恐る男性に問いかけた。


「もしかして――あなた、変態か変人?」
「なんで、そう言う突飛な考えになるかな!?」
「え? ”マッド”的な看板を掲げる、薄暗い部屋の中で、にやにやしながら実験するのが好きな人なのでは?」
「あながち間違ってないのが辛い!」


 男性は、ほんの僅かな間項垂れると、勢いよく顔を上げた。
 そして、得意げな顔になって語りだした。
 その話を、私は5枚目のパンケーキを食べながら話半分に聞く。


「僕は、この世界きっての天才錬金術師、オルバ!」
「へー」
「君は、僕の創り出したホムンクルスだ! 名前はアンジェリカ! 僕の可愛い娘……!」
「ほー」
「ねえ、聞いてる!? 結構、重要なことを話していると思うんだけどね!?」


 私は、涙目になってしまった男性――オルバをちらりと見ると、6枚目のパンケーキにフォークを突き刺して言った。


「オルバが変態なのは十分にわかったよ」
「どうしてそういう結論になるのさ!?」
「だって、初対面の幼女に、僕の娘って……ふおお。ヤバさしかないよね」
「ちょっぴり自覚があるだけに、耳が痛い!」


 オルバはぷるぷると震えると、急に脱力して椅子に座り込んだ。
 そして、少し疲れたような顔をして私を眺める。見ると、翡翠色の瞳の下には濃い隈が出来ていた。もしかしたら、もう長いこと十分に寝ていないのかもしれない。


「……長年の研究の末、やっと容れ物だけは完成したんだ。でも、魂はどうしても創れなかった。だから、他所の世界から魂だけ召喚したのに……。娘に、そんなこと言われるなんて」


 すると、オルバは悲しそうに瞼を伏せてしまった。
 流石に言い過ぎてしまったかと後悔していると、急にオルバがカッと目を見開いた。
 その瞳は、興奮で爛々と輝いている。


「控えめに言って、最高だよね!」


 そして、ぐっと親指を突き立てて、「ヘヘッ」と、照れくさそうに鼻の下を掻いた。


「やっぱり変態だったーー!!」


 私はベッドの端に逃げると、シーツを体に巻き付けた。
 美幼女、転生していきなりの大ピンチ。まさか、こんなにも早く絶体絶命のピンチが――って、あれ?

 その時、私は漸く気が付いた。転生したということは、私って死んだんだろうか。

 最後に残っている記憶は、頼んでおいた「魔物狩人ワールド」をコンビニで受け取って、帰宅する途中――。急に、視界が閃光に包まれたところまでだ。

 その後の記憶がふっつりと途切れている。一体、どういうことだろう。
 訳も分からず首を捻っていると、オルバがどうしたのかと尋ねてきた。


「いや……ええと、私ってどうして死んだのかなって」
「ああ! それかい?」


 すると、オルバはいやに楽しそうに言った。


「君の住んでいた星ね、彗星と衝突して爆散したんだよ。ぱーんって」
「ぱーん」
「そう。ぱーん」


 ……な、なんぞそれえええええええ!!

 衝撃の事実に頭が真っ白になる。けれど、よくよく考えると、あの日はどこかおかしかった。
 会社はガラガラだったし、出社していた同僚は「俺は、最期まで日常を貫き通す」とか、いい感じのことを言っていたし、電車は終日止まっていたし……。いや、私チャリ通勤だから、関係なかったけど。

 コンビニの店員さんも、涙目で「最期のひと狩り……いってらっしゃい!」って激励してくれたし、流石売れているゲームは、売る方も力の入れ具合が違うなあ、なんて感心していたんだけど。


「……あー。あれ、世界が終わるから、変だったんだあ」
「えっ。知らなかったの」
「ニュースもテレビも見ないし。ツイットランドも、最近、終末思想の呟きが多くて……皆、疲れているんだな! って思ってた」


 すると、オルバはなにかに納得したように頷き、眼鏡をキラリと光らせて言った。


「――君はあれだね。バカだね?」
「ば、バカじゃないもん! バカじゃないよ……!?」


 ――変態に言われたくない! 
 そう思って涙を滲ませていると、オルバはやれやれと肩を竦めて、私の肩にぽんと手を置いた。


「バカでも可愛いよ」
「触れてくれるな下郎!」


 その瞬間、私の抉るようなアッパーがオルバの顎を襲った。
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